中国で出会ったチベット族の人たち

      チベットというと一般的には中国のチベット自治区を指す場合が多いが、チベット族が住む
     エリアは青海省、四川省、雲南省、甘粛省まで広がり、さらにチベット文化圏になるとインド
     北部、ネパ-ル山岳地帯、ブ-タンに及ぶ。
     この項では、チベット自治区、青海省、四川省の旅で出会った人たちについて披露させて
もら
     うことにした。

        青海省

      2007年7月チベット族が暮らす青海省を訪ねたとき、大草原の中にポツンと置かれたテントの
     そばで、小高く積み上げられたヤクの糞を小さな手で小箱に詰め込む
幼い娘がいた。
     4~5歳ぐらいだろうか...

     ”お手伝いしてるの?、えらいね”と話しかけると、はにかんでニコッと笑顔を見せてくれた。
     何とも愛らしい。その姿を見ていると、
     「ここの自然は厳しい、しかし、遥かなる大草原がある、清冽に流れる小川もある、春から
     夏には可憐な花が咲く、小鳥のなき声も聞こえる、そして友達の馬やヤク、羊もいる…
     ここが君の故郷なのだ、どうか丈夫に育っておくれ」...そう願わずにはいられないような気持
     になつた...

                                   青海省の草原で出会った遊牧民の娘  2007.7.15    

                            

      2012年7月青海省のパンチン.ゴンパの本堂に案内されたとき、すでに読経は終わろうとして
     いたが、読経の最後を飾る
かのように大太鼓が鳴らされ、シンバルが叩かれ、トランペットの
     ようなラッパの
音が高らかに鳴り響いていた。
      大太鼓を打ち鳴らしていた少年僧は、私たちの方を振り向き
人なつっこい笑顔を見せてくれ
     た。観光客などめったに来ないと思われる青海省の
最奥部のこの寺に突然訪れた私たちに驚い
     たのか、好奇心をもったのか、それとも歓迎の笑顔だったのか

      それにしても祭の時はともかく、普段の読経勤行のなかに、楽器が取り入れられていることを
     初めて知った。
     “チベット仏教もなかなか明るいところがあるではないか”そんな晴れ晴れした気分でこの寺
     をあとにした。

                                       大太鼓を打つ少年僧  パンチン.ゴンパ  2012.7.25

                    

                   シンバルを叩きラッパを吹きながら、読経に合わせる僧侶たち 2012.7.25

             

     長江、黄河、メコン河3つの大河の源流はチベット高原にあり、それを記念する三江源碑が
     玉樹
郊外につくられていた。
     この大河の源流は、長江がチベット高原のタングラ山脈、黄河が星宿海からさらに西へ遡った、
    アムネマチン山脈とバヤンカラ山脈の間のチベット
瀾滄江(メコン河)がやはりチベット高原
    のタングラ
山脈の一角とされている。

     2012年7月私たちが三江源碑を訪ねた日、チベット僧たちが観光に来ていたので、写真をとらせ
    てもらった。

               三江源碑に観光に来ていたチベット僧  2012.7.25

           

       私は異国にきて、近くで人の顔を撮るのはできるだけ控えるようにしている。ぶしつけだし
    その人に失礼だと思うからだ。しかし花石峡のレストランの前で見かけたこの男、なぜか撮って
    みたいと思った。軽く会釈してカメラを向けると、嫌がるどころか誇らしげにポ-ズをとって
    くれるではないか。


                     粋なハットにサングラス、白いワイシャツにチョッキ、上着はあでやかな
        ジャケット、手には財布らしき高級そうなバッグ、上から下まで見事に装って
        いる。実にオシャレである、ダンディである、絵になる男である。そして
        なによりも凄みを感じる。
 レストラン前ではきらびやかな民族衣装を着た、
        若い女性たちの姿も見られた。 

                    チベットとくにアムド地方に住むチベット族の人たちは、身のまわりに随分
        お金をかけるらしい。遊牧民もヤクが高値で取引されるためか、生活に余裕が
        できているのかもしれない。

             この男しばらくすると、ホンダのピカピカのバイクに乗って遠く草原の方に
        走り去っていった。


                 花石峡レストラン前で見かけたチベット族の男  2012.7.22

                      
              オシャレなチベット族の父子 2012.7.22    チベット族の母子清水河 2012.7.24

        

 

       今回の青海省の旅で最初から最後までガイドしてくれたのがチベット族の才さん、
               日本語が話せる。私はチベット族の日本語ガイドはほとんどいないと思っていただけに、
      大いに驚いた。

                彼が話す日本語は外人特有のイントネ-ションがなく、聞き取りやすい。
          12歳頃までは遊牧の手伝いをしていたらしいが、その後日本語学校に通い日本語を習得した
      という。年齢は33歳、長身でたくましい。粋な帽子をかぶり、さっそうと歩いている姿は
      ダンディ-だ。動作も機敏、よく動いてくれた。人と話すときはいつも口元に笑みを浮かべ
      ている。そして素直で、素朴、顔も日本人によく似ていて親しみやすい。

     
          チベット族ガイド 才さん 花石峡のレストラン前 2012.7.22   

                 

                       チベット族ガイド 才さん          花石峡~瑪多の草原にて

                周りはシオガマギクとマメ科の花々 2012.7.22
                      
          


         四川省

       成都から遥か西方にある折多山麓には、広大な草原が広がっている。
     2005年6月この地を訪ねたとき、無数のヤクを放牧していたチベット族の父娘に出会い、
     メンバ-の一人が声をかけると愛想よくカメラに収まってくれた。
      娘は気恥ずかしそうにしていたが、この大地で育った素朴さに満ちていた。

                折多山麓で出会った遊牧民父娘  2005.6.27

           


       さらにこの大草原で、馬術と競馬の腕を競う”賽馬節”と呼ばれるチベット族の祭りにも
     出会った。

      その走る姿を見ていると、彼らの先祖である勇猛な騎馬民族”吐蕃”を彷彿とさせるような
     想いがした。

                    賽馬節                2005.6.27

           

      翌日、やはりこの地域の山間に点在するチベット村の農家を訪ねた。
     案内してくれたのは、華やかな民族衣装を着たこの家の若い娘さん。
     メンバ-の誰かが彼女に
     ”貴方は成都に行ったことがありますか?”と聞くと
     彼女は
     「ハイ、一度だけあります。」 さらに

     ”都会に出たいとは思いませんか?”と問われると、
     「いいえ、出たいとは思いません。」     
     ”どうしてですか?”

     「ここは空気がきれいで、果物がおいしいです。それに友達がたくさん居ますから….
       私はこの村が好きです」 と答えていた。
       都会に憧れない、この故郷を愛しているという、彼女の言葉はとても印象的だった。

                  チベット族の農家の娘さんと  2005.6.28

           

      この家の近くの道端で、小枝をもって座り込んでいる幼い2人の子供がいた。服装はこぎれい
     だ。もしかしたらチャン族の子供かもしれない。この村はチベット族と共にチャン族も一緒に
     暮らしているのである。

                   チャン族の子供?  2005.6.28

           

       2010年6月、5年ぶりにまた四川省を訪ねた。
      大都河沿いに康定から丹巴に行く途中、孔玉村のレストランで昼食をとったとき、そこで働い
     ていた若い娘さんは、1階から2階の私たちのテ-ブルまで何回も上ったり下りたりしていた
     が、その動きは機敏、愛想もよかった。
      聞くとチベット族だという。カメラを向けると、ニコニコしながらポ-ズをとってくれた。
     その笑顔に、旅の疲れが吹き飛ぶような心和む想いがした。

                レストランで働いていた娘さん  2010.6.28

            

          チベット自治区

       2011年5月、西寧から約2000km、23時間をかけてラサに着き、2日後セラ寺を訪ねた。
      セラ寺はゲルク派の開祖ツォンカバの弟子たちによって1419年に創建されたゲルク派の
      大寺院。
本堂では大勢の僧侶たちによる読経の声が響き渡っており、何とも荘厳な雰囲気を
     感じる。

      中庭では若い僧侶たちの問答修行が始まろうとしていた。彼らが問答している近くに座り込み、
          しばらくの間見学させてもらった。


                      問答修行するセラ寺の若い僧侶たち 2011.5.13          

                         

      彼らは二人でペアを組み、立っている方が問題を投げかけ、座っている方がそれに答えて
      いるらしい。よく見ていると、立っている方は左手は軽く前に差し出し、右手を大きく後ろに
      振りかざして左手を叩き、
      ”ヤッ!”とばかりに右手を相手の前に突き出して、
     “人生とは何ぞや!如何にして悟りを!(?)”
      などと問いかけているようだ。答える方は真剣なまなざしで相手を見つめてそれに答えたり、
      時々ソッポを向いたりすることもある。
      始めたばかりの所作はゆるやかだ が、だんだん時間が経つにつれて振りかざす手のテンポも
      激しくなり声も大きくなって熱を帯びてくる。次から次に難問をくりだし投げかけているよう
      に見える。
      経文の一節らしく発している言葉はまったくよく解らないが、若い僧侶たちの熱気がこちらに
      伝わってきて、見ているだけでもなかなか面白かった。

      セラ寺から近くのジョカン寺を訪ねる。

                 ジョカン寺はチベットを統一した吐蕃の王ソンチェン.ガンボの死後、その菩提寺として
     7世紀に建立され、チベット族にとっては最も聖なる寺院である。
          巡礼者たちはチベット自治区内はもちろん、青海省、雲南省、四川省からも長い年月をかけて、
         五体投地しながらこのジョカン寺にやってくる。

               ジョカン寺正門の前や路上では、大勢の人たちが五体投地をくりかえしていた。
         両手を上げて頭上で合掌、そのまま口元から胸と下ろしてゆき膝を折り、最後は両手を広げて
         飛び込むようにして身体を地面に投げ出している。老いも若きも男も女も、同じ動作をただひた
         すらに、ひたむきにくりかえしているのだ。そのパワ-と逞しさにはただただ驚くばかりである。

                   ジョカン寺前の路上で五体投地するチベット族の女性 2011.5.13

                     

                   

      ガイドの陸さんによるとチベット仏教の信者たちは、一生に10万回の五体投地を目標に
     しているという。それを聞いた時にわかには信じられない気がしたが、そばに近寄りがたい
     ほどの真剣な表情で五体投地をくりかえしている彼らの姿を見ているうちに、それがまさに
     本当のことであろうと信じられるほどに、その熱い雰囲気に圧倒されてしまった。
 
     そのひたむきな姿に畏敬の念さえも覚えたのである。

      次に訪ねた尼寺はジョカン寺と共に7世紀に建立された寺院で、現在も130人の尼僧が修行
     しているという。
      尼寺はお布施が ほとんどないため、彼女たちは茶館を経営して生計を立てているのだ。
     その茶館でミルクティ-をいただく。
中庭にはいろいろな花が植えられ心和む。彼女たちは
     ニコニコと優しい笑顔で接してくれて、気持の良いひとときを過ごすことができた。


                                             尼寺で修行する尼僧たち  2011.5.13

                      

      尼寺からそのまま歩いて、ジョカン寺の周囲をとりまく八角街のバザ-ルを散策する。
     そこには日用品や 衣類、宝石、仏具、燈明用のバタ-を並べた店がところ狭しと立ち並ぶ。
     大勢の人たちがジョカン寺の周囲を歩いているが、その多くはチベット族の人たち。
     手にマニ車をもち、”オム.マニ.パドメ、フム”と
     唱えながらその周囲を巡り 歩いている。何周も何周も一日中日が暮れるまで、いや日が暮れて
     もひたすらに歩き続けているのであろう。
     ある場所でぼんやり眺めていると同じ人たちに何度も出会ってしまう。ここだけはチベット族
     の熱気とエネルギ-が、溢れんばかりに吹きだしていた。

                                 八角街で手に法輪を持って歩くチベット族の人たち 2011.5.13
   

                    
                                                                                                                                               
      翌日ヤルツァンポ河の支流ラサ河沿いに走り、チベット族の民家に立ち寄る。
     迎え入れてくれたのは中年の婦人。突然の訪問にもかかわらず、ニコニコしながらバタ-茶と
     ツァンパをふるまってくれた。


                            チベット族民家の婦人     2011.5.14          チベット族民家の応接室

             

      お茶をいただいたあと、仏像や曼荼羅画が飾られている仏間、客室、台所を見させてもらった。
     どの部屋もこぎれいに整理され、なかなかシャレている。主人はラサでドライバ-として働き、
     娘は大学で法律の勉強をしているという。

        この辺りに住むチベット族では、中流よりやや上の家庭らしい。この家の自慢は、中庭に
     置かれたパラポナアンテナの形をしたソ-ラ-パネル。これで湯を沸かし、身体を拭いたり
     料理にも使うという。身ぶり手ぶりで説明してくれる彼女の表情からは、何とも心やさしい
     雰囲気が伝わってくる。その昔、子供の頃田舎の農家で見かけた、気さくで優しいオバさんと
     いうイメ-ジをもつ。
     40分の滞在時間を忘れるほど、楽しく心温まるひとときであった。

      5月15日シガチェのシャル寺を見学してからの帰り、車窓から農村風景を眺めていた。
     ヤクや小型トラクタ-、シャベルなどを使いながら小石がゴロゴロするこの荒れた土地を
     耕していたのである。米ができるところではない、作物はおそらく麦、ジャガイモ、トウ
     モロコシなどだろう。ここの標高は約3900m

                     シガツェ郊外の農村風景   2011.5.15

                       

        

      5月16日、上海から5000kmと表示してある石碑の前で休憩していると、ヨ-ロッパ風の
     青年男女2人がサイクリングしながらやってきた。すると、道端で遊んでいた4~5人の子供
     たちが彼らのところに走りより戯れていた。実にワイルドでたくましい。
     それにしてもこの青年たちはどこからやってきたのか、そしてどこに行くのだろう…

                         ヨ-ロッパの青年男女

                


                             ― 了 ―   2022.1.15記