思い出の映画 

      私は子供の頃、近所の芝居小屋で上映される映画を時々見に行った。もちろんその頃、お金はもって
     いない。18歳も年上の姉に連れられて行くこともあったが、映画が上映されはじめると、大抵は入口で
     番をしていたオバさんがいなくなり、そのスキをねらってモグリで見ることもあった。

      高校生になると姉からもらった映画代を握りしめ、3本立ての映画をよく見にいったものだ。その頃から
     私は映画が好きになり、社会人になってからも、見たいと思う映画は必ずといっていいほど見に行った。
     私の青春の心をいちばん満たしてくれたのは、映画だったのである。そのためか古い映画でも、感動した
     ものは今でも忘れられないでいる。その中でどの映画がいちばん良かったですか、と聞かれても困って
     しまうが、やはり一番に上げたくなるのは「カサブランカ」ということになるだろう。
      私はこの映画を20代の頃に見て以来、リバイバルで上映される度に映画館に足を運んだ。テレビやビデオ
     でもくりかえし見ている。それほど魅せられてしまうのが、映画「カサブランカ」なのである。

                映画  「カサブランカ」    

                        リックとイルザのラブシ-ン

              


      映画「カサブランカ」は1942年につくられたアメリカ映画。日本では1946年に公開されている。

      第二次世界大戦時下、ナチの侵略から逃れるため人々はアメリカを目指したが、経由地リスボンまでが
     棘の道であった。そこで亡命者たちは別のル-トを選択した。パリからマルセイユへ、地中海を経て
     アルジェリアのオランへ、そこから列車か自転車か徒歩でカサブランカに行き、リスボンまでの渡航ビザを
     手に入れようとした。

      金持ちかコネのある運のいい者はリスボンへのビザを手にすることができたが、多くの亡命者たちは
     モロッコのカサブランカに来るまでに持ち金の大半を使い果たしていたため、そこに留まって何らかの
     方法で渡航費用を工面するしかなかった。自分の指輪や首飾りなどを売って費用の足しにしたり、中には
     賭博に手を出す者もいた。
      ただ金さえあれば簡単にビザが手に入るわけでもなかった。モロッコはフランス統治下にあるとはいえ、
     ナチに抵抗する地下組織などにドイツ政府の眼が光り、フランス警察の検察も必要だったからである。
     そうした人たちを狙って街にはスリやひったくりが横行し、法外な値段でビザを売りつけようとする悪徳
     業者もいた。
      そんな時、ドイツ政府関係者2名がオランダ発の列車内で何者かに殺害され、通行証入りの重要書類が
     奪われた。それさえあれば公然と渡航できる、ドイツ政府サイン入りの通行証である。犯人はその通行証を
     狙ったものらしい。しかしカサブランカの市場で逃げ出そうとして警官に射殺された。不審な男の所持品
     からは通行証は見つかっていない。

          リスボン行きの飛行機を見上げる若い夫婦        不審な男が射殺される瞬間

               

      ドイツ政府の役人が殺害されたのを機に、ドイツの将校シュトラッサ-少佐がカサブランカにやって
     きた。
       この殺人事件に、ナチに抵抗する地下組織が関係していると睨んだらしい。早速空港に出迎えた
     カサブランカ警察のルノ-署長にこう切り出した。

     「例の話しはどうなってる?」
     「と言いますと?」
     「あの事件の犯人だ」
     「容疑者が大勢挙っております、犯人は特定済みです」
     「逮捕したのか」
     「今晩リックの店で」
     「よく聞く店の名前だな」

      場面はリック・アメリカン・カフェに移る。リックは、パリからカサブランカにやってきたこの
     カフェのオ-ナ-。その晩、店員が賭博場に入りたいとする客をオフィスに連れて来た時、彼は客の顔を
     一目見るなり首を振って断る。店員がリックの指示を見て
     「ここには入れません」…伝えると、客は顔色を変える。
     「賭場だろう?、なぜ入れないんだ、そんな話はない!」…店員ともめていると、リックが
     「どうした?」…おだやかに話しかける。
     「今までの賭場で締め出されるなんて一度もないぞ」…その時”やあ、リック"と言いながら二人の間を
     割って入ってくる男がいた。名前はリックの知人でウガ-テという。…それには構わず客に
     「バ-ならいいですよ」
     「私を誰だか知ってるか?」
     「だから言ってる」
     「何と無礼な!報告してやる!」…そう大声を出しながら客は立ち去って行った。客はリックの嫌いな
     ドイツ人らしい。…ウガ-テがリックに話しかける。
     「いつも今の調子でやってるのかい?」
     「君も知ってる男だろ、ところで何の用だ」…リックが言うと、ウガ-テ近寄り彼の耳元にささやく。
     「ドイツ人が殺されてね」
     「どうでもいい役人だ、死んでせいぜい名を上げたさ」
     「相当な皮肉屋だな」
     「言いすぎなら謝るが」
     「一杯どうだ」
     「断る」
     「そうだったな、俺を軽蔑しているのか」
     「そうかもな」
     「どうして?俺の商売が気に食わないのか、哀れな亡命者たちを助けているだけだ、彼らの出国ビザを
      手配してやってるんだ」
     「どうせぼったぐりだろ?」
     「ルノ-の金額よりは随分安いぞ、俺くらいになると半額で提供できる」
     「やりかたが気に食わない」

            ウガ-テの話を聞くリック          書類の包みを出すウガ-テ

              

        その時、ウガ-テは急に改まった顔でこう切り出した。
      「リック、俺は今夜を最後に足を洗ってここを出る」
      「ルノ-をワイロで買ったのか?」
      「いや無駄金を使うのが嫌でね」…そして声の調子を変え”リック”、と言って内ポケットから何か取り
      出す。
      「これ何だと思う?君ですら見たことないものだ…ドイツ発行の通行許可証だ、これで顔パスも同然だよ」
      ウガ-テはその包みをリックに見せて言葉をつなぐ。
      「今夜これがとてつもない額で売られる…それでオサラバさ、君が俺を軽蔑しているからかえって信頼
      できるんだ、…預かってもらえるか?」
      「いつまで?」…リックが聞く。
      「1時間ちょっと」
      「日付が変わるまでだ」…リック包みを受け取る。
      「大丈夫だ、それは約束する、やはり俺の見込んだ男だな」…そのとき入って来た店員に告げる。
      「ある人を待ってるんだ、来たら教えてくれないか」…そしてリックに
      「俺のことを見直したかい?ル-レットで運試しだ」…そう言いながらウガ-テが出て行こうとすると
      リックが止める。
      「待て、殺されたドイツ人は許可証を奪われているよな」…ウガ-テうす笑いを浮かべながら答える。
      「そうらしいな…お気の毒に」
      「読めたぞウガ-テ…お前を見直したよ」

         酒場ではサムのピアノで賑わっていた。サムはリックに仕える黒人ピアニスト。リックと一緒にフランス
      からやって来た彼の忠僕でもある。サムが陽気に歌っている。
     ♪お困りですか?運がない、縁起担ぎにトントントンと木をたたこう、つらいですか?不幸な人、気分転換に
        トントントンと木をたたこう♪…それに合わせ、客も楽しそうにテ-ブルをトントントンと叩いている。

           ピアノを弾くサムの前にきたリック      酒場にやってきた闇市のドン、フェラ-リ

                 

       サムのところにリックがやってきた。主人の前でサムはピアノを弾きながらニコニコしている。リックは
     辺りを見廻し先程の包みをピアノの中にすばやく入れた。そこに闇市のドンと呼ばれるフェラ-リが手を
     上げながらやってきて来てリックに話しかける。
      「君の店を売ってくれ」
      「断る」
      「金は出す」
      「売り物じゃない」
      「サムは?」
      「人間は扱わない」
      「ここでは何でもありだ、サムに聞いてくれないか」…ドンが言うと、リックがサムに聞く。
      「サム、お前を雇いたいそうだ」
      「ここがいいです」…サムが答える。
      「給料を弾むらしいぞ」
      「今のままで十分です」…サムが言うと、リックがドンの顔を見上げ
      「だそうだ」…ドン両手を広げ、諦めのジェスチャ-を見せて帰って行く。サムの返事はリックには
      分かっていたが、フェラ-リの手前聞いてみたのである。

        この酒場にはいろいろな人が来ている。酒を飲みながら陽気に語り合う人もいれば、貴金属などの
      売買や、客にビザを高値で売りつけようとする業者もいる。愛をささやきあう男女もいる。ここにやって
      きた女性を口説こうとする男も見かける。
       カウンタ-に座っている若い女性にバ-テンが話しかけている。
      「おごらせてくれよ、君が好きなんだ」
      「うるさいわね」
      「君の頼みならおごるよ、君のこと愛してるから」

              若い女性を口説くバ-テン       若い女性を帰らせようとするリック

               

       そこにリックがやってくる。カウンタ-に座っている若い女性のイボンヌ、どうやらリックに気がある
     らしい。じっと彼を見ている。しかしリックはまったく相手にしない。バ-テンがリックに伺う。
     「ドイツの小切手ですが」…リックは一目見るや、破り捨ててしまった。イボンヌがドイツ兵からもらった
     ものらしい。彼女はかなり酔っている。
     「もう一杯」…イボンヌがバ-テンに言う。 
     「飲ますな」…リック、とめる。
     「ボスの命令は絶対だ」…バ-テンが彼女に言う。
     「あんたって最低」…彼女キツイ眼でリックを見る。
     「タクシ-を呼べ、もう帰ったほうがいい」
     「触らないでよ」
     「飲み過ぎだ、酔っ払いは家に帰れ」
     「アンタ何様のつもり?、こんな男に惚れて損したわ」
     「家まで送ってやれ、送るだけだぞ」…リック、バ-テンに念を押す。そして彼女を強引にタクシ-に
     乗せた。リックが女嫌いと言われる理由は、こういうところにあるのかもしれない。

       この様子を庭の椅子で見ていた男がいた。カサブランカの警察署長ルノ-である。
     「女はもっと丁寧に扱えよ、イボンヌは俺がもらうよ」…ルノ-が話しかける。
     「女の話になると随分甘くなるんだな」…そのとき爆音が聞こえる。頭上を飛んで行く飛行機を見上げ
     ながらルノ-がリックに言う。
     「リスボン行きだ、行きたくないか」
     「どうして?」
     「アメリカに帰りたいだろ?、戻れない理由でもあるのか?…お偉方のオンナを寝とったか、盗みを
     やったか、それとも人を手にかけたか」
     「その全部だよ」
     「なぜここに来た?」 
     「水がいいと思ってね」
     「水の話か、ここは沙漠の真ん中だ」

                       話しあうリックとルノ-署長

               

        そこへ賭場の係員がやってきて
      「2万フラン負けてしまい、現金が足りません」…リックに報告する。
      「金庫から出すか」
      「申し訳ありません」
      「気にするな、誰にもミスはある」…リックこういうところは寛大である。従業員を大事にしている。
       金庫から帰ってきた彼にルノ-がつづける。
      「ここで今夜捕物が見れるぞ」
      「またか?」…リック感づくが表情には出さない。
      「殺人犯だ、いつもとは違う。知らせるなよ、どうせ逃げられない」
      「巻き添えはお断りだ」
      「それが身のためだ、ここでなくても逮捕できたが君の客を楽しませたくてね」
      「十分楽しんでるさ」
      「シュトラッサ-少佐に見せてやりたい、フランス警察ここにあり…とね」
      「奴がここで何の用だ?、まさかヤジ馬ではあるまい…、何か言いたげな顔だな」
      「すべてお見通しか、実はある男がここに出国ビザを買いに来る。手配してくれるなら大金を積むそうだ」
      「名前は?」…リック真剣な顔で聞く。
      「ヴィクタ-・ラズロ・・・聞き覚えがあるようだな、地下運動の大物だ、表に出ると厄介だ、アメリカには
      絶対行かせない」
      「どう逃げるか楽しみだ」
      「逃げる」
      「そうさ、ナチの手を逃れて強制収容所を脱出した男だぞ」
      「オニごっこは終わりだ」
      「2万フラン賭けよう」…リックが言う。
      「本気か?」
      「さっきの損失の穴埋めだよ」
      「1万フランだ、俺は貧乏だ。いくら逃げ上手でも出国にはビザが必要だ、二人分な」
      「二人?」
      「女が一緒だ、大切な女らしい、ここまで一緒ならこれからも一緒だろう」
      「案外冷酷な男かもしれん」
      「どっちにしろ奴はビザを手にできない」
      「俺がラズロを助けるとでも?」
      「皮肉屋のようだが情にもろいところがある、記録を調べたんだ、二つだけ言おうか…1935年
      エチオピアに武器を売り、1936年スペイン内乱で戦った」
      「金のためにやった」
      「弱い方に加勢した」
      「かもな、ラズロを軟禁するつもりか?」
      「それが命令だ」
      「ゲシュタボの?」
      「甘く見ないでくれ、ドイツとの関係はもちつ持たれつだが、ここのトップは俺だ」

        シュトラッサ-少佐が部下を連れて店に入ってきた。一番いい席に少佐が座ったところでルノ-が
      やってくる。挨拶したあとこう告げる。
      「今夜はとくに重要犯人の逮捕劇をご覧いただけますからね」
      「それは興味深い」

         ルノ-は大勢の警官を店に張り巡らせ、犯人が逃げられないように出口も固めている。すでに準備は
      できていた。
         ウガ-テが賭場から戻ってきたところで、警官の一人が彼のうしろから呼びかける。
      「ウガ-テさんですね、一緒に来てください」…ウガ-テ、一瞬ハットしてうしろを振り向く。
      「チップを換金してからでも?」…警官に聞く。その間辺りの様子を伺っていたウガ-テ、突然走りだし
      拳銃を発射してリックのオフィスに飛び込む。そして
      「リック、助けてくれ!」…必死な形相でリックに助けを求めるが、
      「もう逃げられん!」…彼はとりすがるウガ-テに言う。
      「なぜだ!助けてくれよ!」…なおも必死で懇願するが、そこに警官がやってきてウガ-テは取り押さえ
      られ、 外に連れて行かれた。そのうしろ姿をじっと見つめるリック。…ウガ-テはドイツ役人殺害犯人の
      容疑者として逮捕されたのである。

           警官に取り押さえられるウガ-テ      シュトラッサ-少佐に挨拶するルノ-署長

           

        その間店内は騒然としていたが、しばらくしてリックが店に出て、
      「皆さん、騒ぎは収まりました、どうぞお楽しみください」…客に呼びかける。そこにルノ-が来て
      リックに少佐を紹介する。
      「第三帝国のシュトラッサ-少佐だ」…リックが最も嫌うドイツ軍人である。
      「はじめまして、ぜひご一緒に」…少佐、リックに言う。
      「光栄なことだ、少佐は第三帝国の有力な指導者だよ」…とルノ-。
      「いやに第三を強調するね」…少佐、この呼び方は好きではないらしい。
      「そんなことはありませんよ」
      「一つ質問していいかな?非公式だが」…少佐がリックに聞く。
      「公式でいいですよ」…とリック。
      「国籍は?」
      「酒飲みの国です、生まれはニュ-ヨ-ク」」
      「占領前のパリから来たと聞いたが?」
      「それが何か?」
      「パリでのわが軍の姿は想像できないか?
      「私の中のパリではね」…二人がそんな話をしているとき、ルノ-が横から口をはさんだ。
      「彼はすべてに中立です、女に関してもね」
      「いつも中立とは限らないようだったがね」…少佐、手帳を出して読みはじめる。
      「リチャ-ド・ブレ-ン、アメリカ人で追放者、パリでの所業も分かっている、公表は控えるがね」…
        リック少佐の手帳を覗きこんで聞く。
      「瞳は茶色?」
      「敵が見え隠れするから周りを固めているだけだ」…そして話題はラズロに移る。
      「ラズロの一件は賭けをしているだけです」…リックが言う。
      「逃げるキツネに同情は?」…少佐が聞く。
      「猟犬の気持も分かります」
      「あいつは占領前のチェコで反ナチ運動をしたのだ、我々を中傷する文章をバラまいたのだ」
      「勇敢な男ですね」
      「3度も逃げられ、パリでも運動を続けやがった、もう許せない」
      「すまないが政治に興味はない」…そう言って、リックは席を立っていった。

                     話しあうリックとシュトラッサ-少佐

                 

       シュトラッサ-はリックが危険人物ではないかとさぐりを入れたのだが、ルノ-は彼は心配ないですよ
     と言う。

      その頃、ラズロとイルザが店に入ってきた。イルザはパリにいた時リックとつきあっていた女性、リックの
     かっての恋人である。二人は予約していたらしくすぐ席に案内される。この時ルノ-と少佐が二人に気づく。
     サムも二人が入って来たとき、ハット気づきうしろを振り返る。
     ラズロが周囲を見回しイルザに言う。

      「ウガ-テはいない」…ラズロはウガ-テが手に入れた、ビザを買いにきたのである。
      「出たほうがよさそうだわ」…イルザ、不安な顔でラズロを見る。
      「出たらまずい、彼は席を外しているだけかも」…そこへ一人の男が近づいてくる。
      「アメリカ行きの方々ですか?、この指輪はあっちで高く売れますよ」
      「結構だ」
      「それでは奥さんに」…指輪を二人に見せる。十字架のデザインが入っている。同志の印のようだ。ラズロ
       気づく。
      「よさそうですね、あなたの名前は?」
      「バ-ガ-です」
      「バ-で待っててくれ、指輪は結構です」
      「お買い得なんですがね」…男はそう言いながらその場を離れる。

            店に入って来たイルザとラズロ         男が出した指輪を見るイルザ

           

        男が去る直前にやって来たルノ-が、ラズロに話しかける。
      「ラズロさん?、警察署長のルノ-です」
      「私に何か?」
      「ご挨拶に伺いました、カサブランカへようこそ」
         ルノ-とラズロの話はしばらく続いていたが、頃合いを見てイルザがルノ-に聞く。
      「ピアノを弾いている人に見覚えがあります」
      「サムですか?、リックと一緒にパリから」…ルノ-が答える。
      「リックって?」
      「ここは彼の店です、リックは私が女だったら惚れますね」…ルノ-の言葉で彼女は、リックは
      リチャ-ドのことだと感づく。
        そこへシュトラッサ-がやってきてラズロに話し合いたいと申し込むが、今は無理だと言って断る。
      そしてラズロはイルザを残してバ-ガ-が待っているバ-に行く。

                          話しあうラズロとバ-ガ-

               

      「さっきの指輪が見たい」
      「もちろん、…新聞で写真を拝見しました」…バ-ガ-が言う。
      「収容所で痩せたがね」
      「あなたの死亡記事が5回も…」
      「何とか生き延びた…ウガ-テという男と会う予定なんだが、どこにいる」
      「殺人容疑で捕まりました、今夜ここでね…しかし私たちがいます、ここの地下組織は盤石です。
      明晩会合を開きます、それにお出でになれば…」

        一人になったイルザが
      「ピアニスト呼んでくれる?」…店員に聞く…サムがイルザのところにやってくる。
      「まさかここでお会いするなんて」…とサム。
      「久しぶりね」
      「そうですね…いろいろありました」
      「昔の曲弾いてくれる?…リックは?」
      「今晩は見かけません」
      「いつ戻るの?」
      「今夜はもう家に帰りました」
      「いつもそうなの?…ウソが下手になったわね」…イルザ、ニコッと笑いながらサムを見つめる。
      「あの曲を弾いて、お願い」
      「あの曲とは?」…サム、とぼける。
      「あの曲よ、”時の過ぎゆくままに”」
      「どんな曲か忘れました」
      「こんな曲…♪ララライ~ラララ~、ララライ~ラララ~♪…イルザが口ずさむと、サムもつられて
      静かに弾きはじめる。
      「歌って」…イルザがせがむ。

                       サムの歌に聞き入るイルザ

                  

             イルザとサムの語り合い           ピアノを弾きながら歌うサム

               

      ♪ 覚えていて キスはただのキス  ため息はため息…ただそれだけのこと  時の過ぎゆくままに
        恋人たちがささやきあう  愛の言葉は信じてもいい  将来は将来のこと  時の過ぎゆくままに  ♪

        情感豊かに唄うサムの歌を彼女が聞き入っていたとき、リックが顔色を変えて飛び出してきた。
      「サム、その曲は弾くなと言ったはずだ!」…激しいリックの叱責に、サムは彼の眼を見てイルザの
       方に首を振る。その瞬間リックは彼女と眼が合い…二人は無言のままじっと見つめあう…。

                        見つめ合うリックとイルザ

             

       どちらかが何か言いたそうにしていたその時、ラズロとルノ-がやって来た。ラズロがバ-ガ-と話し
     終えたころにルノ-がバ-に入り、一緒にシャンパンを飲んでいたのである。
        ルノ-が
      「こちらがりックです」…ラズロに紹介する。そしてリックとイルザの様子を見て
      「ご存じなんですか?」…イルザに聞く。彼女は笑みを浮かべただけでそれには答えず、
      「ラズロさんよ」…リックに紹介する。…ラズロが
      「ご一緒にいかがですか?」…リックに言う。
      「ぜひ」…リックが答えると、珍しく客の誘いに応じる彼を見てルノ-が、
      「これは珍しい」…驚いた表情を見せる。
      「ステキなお店ですね」…ラズロがリックに言う。
      「そちらこそ成功なさってる」
      「努力だけでね」
      「大成功でいらっしゃる」
      「こちらの奥方が君のことを熱心にお尋ねになった、前にお会いしたのではと…」…ルノ-がリックの
      顔を見る。
      「どこかで…オ-ロラで…」…イルザの方を見てリックが言う。
      「覚えてらしたのね…パリが占領された日だったわ…」…彼女、リックを見ながら遠い眼をする。
      「忘れられない日です…ドイツの軍服がグレ-であなたのドレスはブル-」
      「あのドレスね、ドイツが負けたらまた着るわ」…彼女明るい笑顔を見せる。

                        明るい笑顔を見せるイルザ

               

      「優しくなったな、あなたのお陰ですよ」…ルノ-、笑みを浮かべながら二人の顔を窺う。
      「せっかくだが失礼する時間だ」…ラズロが立ち上がろうとすると、ルノ-も
      「そうだいくら非番でも飲酒は罰金ものです」…と言って立ち上がる。
      「それでは勘定を」…ラズロが払おうとするが、リックは
      「私に」…と言って伝票を店員に持ってこさせ、ポケットに入れる。
      「これは珍しいことだ、タクシ-を呼んできます」…とルノ-はラズロに伝え、席を外した。
      「また来ます、サムによろしく、彼の”時の過ぎゆくままに”は最高、久しぶりに聴きました」…
      そうイルザはリックに言ってラズロと一緒に店を出て行った。テ-ブルに残りそのうしろ姿を
      じっと見つめるリック…。

           イルザのうしろ姿を見つめるリック          リックと話しあうイルザ

             

      ラズロが店を出ると
      「リックって何者だい?」…イルザに聞くが彼女は
      「パリで会った人かしら」…と答える。

       その夜店を閉めたあと、電気を消したまま一人で飲んでいるリックの姿があった。ひどく酔っている。
      そこへサムがやってきて
      「お休みの時間では?」…心配そうに尋ねる。この時間に彼が飲んでいる理由は、サムには察しが
       ついている。
      「まだだ」
      「眠くないので?」
      「そうだ」
      「絶対に?」
      「ああ」
      「私もです」
      「じゃ飲めよ、いいじゃないか」
      「ここを出ましょう」
      「いや…女を待ってるんだ」
      「関わらないほうが」
      「絶対戻ってくる」
      「ドライブでも行きますか?…釣りでも?」
      「俺のことは放っとけ!」
      「いえ、できません」
      「ウガ-テの捕まった日に…人生いろいろだな…ニュ-ヨ-クはいま何時だ?」
      「分かりません」
      「もう寝てるよな、アメリカ中が…店は多いのになぜ俺の店に!」…リック激しくテ-ブルを叩き、頭を
      抱え込む。その時サム、静かにピアノを弾きはじめる。
      「その曲は?」
      「お嫌いで?」
      「ああ、あれを弾いてくれよ」
      「嫌です」
      「俺の頼みが聞けないのか」
      「でも…」
      「構わん!弾け」…サム、”時の過ぎゆくままに”を弾きはじめる。

                     深夜酒を飲みながらサムのピアノを聴くリック

                 

        リックはサムのピアノを聴きながら、パリ時代の日々を思い浮かべる…。
      イルザとは偶然の出会いだった。二人は急速に親しくなりデ-トを重ねる。スポ-ツカ-でのドライブ、
      頬をよせ合いながら踊ったナイトクラブでの思い出、二人で戯れながら歩いたポプラ並木道、公園での
      散策…彼女は自分の言うことは何でも聞いてくれた、素直についてきてくれた…リックは彼女の美しさ、
      素直さ、そしてキラキラ輝く瞳に惹かれた。彼女が可愛くてしかたがなかったのだ。…それは彼にとって
      夢のような日々だった。…ある時二人はワインを飲みながらこんな話をした。

     「君は何者で今まで何をしていたんだ?」…リックがイルザに聞く。
     「質問しない約束よ」…イルザが言う。
     「君の瞳に乾杯」…二人はワインを入れたグラスを合わす。
     「今考えていることに1フラン」…とイルザ。
     「その価値はないさ、他愛ないことさ」
     「聞けるのならいくらでも出すわ」
     「不思議だな、君のような女性がなんで俺のところに…」
     「他に男がいたって?…一人いたわ…死んだの…」
     「悪かった、約束を忘れてた」
      「私たちに質問はいらないわ」…イルザが彼に抱きつき、二人は熱いキス。

                        ドライブするリックとイルザ

              

                君の瞳に乾杯                 ドライブする二人

              

       しかし二人の幸せはそう長くは続かなかった。ドイツ軍がすぐそこまで来ているというのである。
      リックが使っているホテル前ではすでに一部のドイツ軍戦車が入り、拡声器で明日ドイツ軍がパリに
      押し寄せてくることを予告していた。サムも含め3人はどこかに逃げ出さなければならない。

      「もちろん逃げるよね」…イルザがリックに聞く。
      「要注意人物としてマ-クされているからね」
       フロアではサムが”時の過ぎゆくままに”を弾いている。リックがイルザにワインを注ぐ。
      「全部飲んでしまおう、ドイツ軍に飲まれてしまう前に」…リックが言うとサムが
      「最後の一滴まで飲むのが流儀ですよね」…リックの言葉に合わせ彼も飲みはじめる。
      「君の瞳に乾杯」…リックがグラスを上げる。…イルザもグラスを上げながら、じっとリックを見つめる。

               ホテルで話しあう3人          パリ進攻を伝えるドイツ軍戦車

             

       イルザが窓際に行きリックに言う。
      「ゲシュタポよ、明日パリに来るって予告よ…こんなときに恋に落ちるなんて…」
      「タイミングが良すぎた…10年前は何してた?」
      「10年前?…そうね歯の矯正をしてたわ、あなたは?」
      「仕事を探してた」…抱き合う二人…その時大きな爆音。イルザ身体を離し
      「今のは砲撃?…それとも心臓の音」…と聞いて再びリックに抱きつく。
      「ナチはあなたを狙っていますよ、用心したほうがいい」…サムが言う。
      「逃げも隠れもしないさ」
      「私たちお互いのこと知らなすぎ?」…とイルザ。
      「歯を矯正したことは知ってるよ」
      「あなたはここから逃げて」
      「私たちだろう?」…その言葉にイルザ、ハットしてリックを見つめる、そしてこう言う。
      「いつも一緒よね」
      「4時半にホテルまで迎えに行くよ」
      「…ホテルはちょっと…その前にやり残したことが…駅でもいい?」
      「じゃ4時45分だね…マルセイユで結婚しよう」
      「そんな先のことは…」
      「それもそうだ、じゃあ列車の上ではどうかな?、船長は船の上でできるだろう」…リックの言葉に
       イルザ手で顔をふさぎ涙をぬぐう。
      「どうしたんだい?」
      「幸せすぎて怖い…この戦争さえなければ…何が起こるか分からないわ」…彼女首を振る。そして
      こう言う。
      「もし私たち二人が…離れ離れになっても…私が愛してることは絶対忘れないでね」…二人は抱きあう。
      「これが最後のキスかもしれないわ」…再び熱いキス…。

                        リックとイルザのラブシ-ン

                

      パリの街は騒然としていた。号外の新聞が配られそれに見いる人たち、拡声器のガナリ声、逃げようと
      あわただしく動き人たち、駅に向かう人たちでごった返していた。イルザはリックと別れ彼女のホテルに
      向かった。
      待ち合わせ時間は4時45分、リックは身支度しながら彼女との結婚のことを考えていた。そう言えば彼女、
      マルセイユは、”そんな先のことは”…と言っていたな…まあ、列車の中でも船の上でもいい…考える
      だけでも楽しかった。
      リックとサムは駅に向かうためホテルを出たが、外はドシャブリの雨だった。すこし早めに駅に着いたが、
      イルザはまだ来ていなかった。
      雨の中リックはズブ濡れになりながら、駅の待ち合わせ場所でイルザを待っていた。しかし彼女はなか
      なか現れてこない。待ち合わせ時間は4時45分のはずなのに…もうその時間をはるかに過ぎている。
      何回も時計に眼をやるリック…そこにサムがやってくる。
     「彼女は?」
     「チェックアウトしていました、このメモを残して」…そのメモにはこう書かれていた。
     「リチャ-ド、もう会えません…理由は聞かないで…心より愛しています、お元気で…イルザ」
       じっとメモを見つめるリック…そこに立ったまま動かない主人にサムが声をかける。
     「乗り遅れますよ、いいですか?行きましょう」…茫然とするリックを、サムが抱えるようにして列車に
        乗せる。
      デッキに立ち、待ち合わせ場所の方を見るリック…彼女に裏切られたという思いが胸に突き上げてくる…
       持っていた彼女のメモは破り捨ててしまった。

        雨に濡れながらイルザの置きメモを読むリック      デッキで悄然とするリック

               

       サムが弾く甘く切ない”時の過ぎゆくままに”を聴きながら、リックはパリでの甘い、しかし最後の日の
       つらい思いを回想していた。
        その時突然暗闇の中から白い服を着たイルザが現れた。入口のところで立ったままリックを見つめて
      いる。…リックも気がつき二人は眼が合う。イルザ近寄ってきて話しかける。

                        暗闇から現れたイルザ

               

      「リック話があるの」
      「待ってたよ.…一緒に飲もう」
      「ダメよ今夜は」
      「なぜカサブランカに来た?」
      「あなたがいると知ったら来なかった…本当に知らなかったの」
      「声だけは昔と同じだ…”あなたの行くところならどこでもついて行くわ”」
      「やめて、…恨んでいるのね」
      「勝手なもんだ…何日一緒にいた?」
      「数えてないわ」
      「俺はすべて覚えている…とくに最後の1日をね.女に捨てられたとも知らず、待ちぼうけを食う男…」
      「一言言わせて」…彼女真剣な顔でリックを見る。
      「どんな結末だ?」
      「分からない」
      「話しているうちに分かるさ」
      「ある女の子がオスロからパリに来て、いつも耳にしていた名前の男性に会ったの、とても勇気ある人よ、
       彼によって新しい知識と世界を得たの…彼は先生のようなものだった…心から尊敬して…それを愛だ
       と思った」
      「泣けてくるね、そんな話は何度か聞いたな、どこかの店で、ピアノの弾き語り付きでね…出だしは
       いつも
       ”若いころ私が出会った人は…だ」…イルザの眼からポロリと涙がこぼれる。
      「…君の話も俺の話もつまらんな…教えてくれ、どの男と逃げたんだ?ラズロかそれとも別の男か…
       聞きたくもないがね」…リック、グラスに酒を注ぐ。

      彼女は思いもかけないリックの言葉に茫然としていた…悲しかった…じっとリックを見ていたが、黙って
      店を出て行く。
      そのうしろ姿を見つめていたリック、テ-ブルにふさり頭を抱える…なぜあんなことを言ったのか…
      どうしてあんな言葉しか出なかったのか…俺は今でも彼女を愛しているのに…しかしなぜ彼女はあの日
      来なかったのか…俺がもっとやさしい言葉をかけてやれば話してくれたかもしれないのに…今日の俺は
      どうかしている…。

                        話し合うリックとイルザ

             

        翌朝警察にシュトラッサ-少佐が来ていた。署長のルノ-に言う。
       「ウガ-テの通行証はリックの手に渡った」
      「すぐに見つかるほどバカではない」…とルノ-。
      「それほど頭の切れる男とは思えないがね」
      「アメリカ人を甘くみると痛い目にあいますよ」
      「ラズロを24時間監視するように」
      「もうすぐここに来ますよ」
        二人がそんな話をしていたとき、ラズロがイルザを連れて警察にやって来た。シュトラッサ-の依頼を
       受けてルノ-が呼び出したのである。ラズロが単刀直入に聞く。
      「要件を伺いたい」
      「あなたはドイツの脱獄囚だ、今までは逃げられてもここからは出られん、今回ばかりは逃がさない」
       …少佐が言う。
      「そういきますかね?」…とラズロ。
      「あなたは地下組織に詳しい、パリ、プラハ、ブリュッセル、オスロ」
      「ベルリンも」
      「指導者たちの情報提供でビザを手配します、明日にでもね」
      「第三帝国への協力ですよ」…ルノ-が言葉をはさむ。
      「ドイツへの協力は収容所で十分やった」
      「協力しないと?」
      「拷問にも耐えたのですよ、それを今さら言うわけない、指導者を全員逮捕しても解決しない、後継者は
       いくらでもいる、ナチの力もおよばない」
      「随分大きく出たもんだが誤りを指摘してやろう、後継者はいるかもしれない、しかし君の代わりは
       いない、逃亡すれば保証はできない」
      「ここではルノ-署長の権限のはずだ、失礼する」…ラズロは席を立とうとしたが、ルノ-に止められる。
      「昨晩ウガ-テについてお聞きですね、何か伝言でも?」
      「話したいだけだ」
      「それは無駄です、死人に口なしですから」…少佐が言う。
      「自殺という報告を受けていますが、射殺されたかも」…とルノ-。
      「失礼しても?」
      「今日のところは」…少佐が言うと、ラズロとイルザは警察を出た。

             警察でのラズロとイルザ          ラズロに聞くシュトラッサ-少佐

               

       リックは闇市のドン、フェラ-リのところに来ていた。彼の店は大きな市場の中にある。
        「フェラ-リ、荷物を取りにきた」
      「やあリック、一杯どうだ」
      「君の荷物はいつも数が足りないね」
      「手数料で取ってるのさ」
      「話したいことがある、ウガ-テが死んだってな」…フェラ-リが言う。
      「奴を惜しんではいるまい?」…とリック。
      「惜しんでいるのは奴の書類だ…行方不明になった、どこかにある、いい値がつくはずだ」
      「それは魅力的だ」
      「持ち主の代理で俺が売ってやる、手数料は勉強させてもらうよ」
      「足代もか?」
      「多少の経費はな、考えておいてくれ」
      「持ち主に伝えとくよ」
      「君自身ではないのか?」
      「俺は疑われる体質らしいな…今店が捜索されてるんだ」
      「俺と組んだほうが得だぞ」

                       話し合うリックとフェラ-リ

             

      「失礼、またあとでな」…リックが席を立って行くと、ラズロに出会う。
      「フェラ-リは奥だよ」…そう言って店を出る。彼はフェラ-リと話していた時、外でイルザが衣類を
       物色している姿を見ていたのである。
      「掘り出し物ですよ、700フランでどうです?」…露店のオヤジ、イルザにさかんに売り込んでいる。
       彼女のうしろからリック声をかける。
      「ペテンだ」…彼女うしろをふり向き一瞬驚く。
      「分かってる」
      「リックの知り合いなら更にサ-ビス、700から200にしましょう」…オヤジ大幅に値下げしてきた。
      「ゆうべはすまなかった」…リック、イルザに謝る。
      「終わったことよ」
      「リック価格ってことで100で?」…さらに値下げしてきたが、イルザ返事しないまま衣類をさわって
      いる。
      「最後の1日の説明をしに来たのか?」…リック、イルザに聞く。
      「そうよ」
      「今日はシラフで聞ける」
      「話したくないの」
      「切符代くらいは聞く権利はあるだろ?」
      「あなたは変わった、昔のあなたなら話せたと思うわ、今は私が憎いだけ…ここを出るわ、それで終りね
       パリのときは互いを知らなかった…思い出だけが残るほうがいいわ…昨晩は忘れて…」 
      「なぜ一緒に来なかった?…追われる生活がつらいからか?」
      「そう思うの」
      「もうお尋ね者じゃない、店で君を待ってるよ、ラズロを騙しても責められはしないさ」
      「いいえ、私はあの人の妻です、…パリでもそうだったの」…そう言うなり彼女は、フェラ-リと話して
       いるラズロのところに行く。

           賑わうカサブランカのス-ク(市場)        立ち話するリックとイルザ

                 

         ラズロはビザを求めにフェラ-リのところに来たのだが、
       「残念ですがお役には立てません」…と断られる。ビザは一枚あるが、ラズロには売れないというので
      ある。ただイルザの分はOKだという。ラズロは彼女だけでも先に行かせ、自分はあとから追いかける
      からとイルザを説得するが、彼女は一緒でないと駄目だと言い張り、結局フェラ-リには断りを入れる
      ことになる。しかし彼から耳よりな情報を聞く。
       「あなたたちは運がいい、お得な情報をひとつ、私に得はないが通行証の話はご存じで?」
       「少しはね」…ラズロが言う。
       「ウガ-テは持っていなかった」…とフェラ-リ。
       「誰の手に?」
       「確信はないがリックに預けたんだと思います」…フェラ-リ、ラズロに伝える。

        その夜、リックの店は大勢の客で賑わっていた。シュトラッサ-少佐も部下を引き連れて入って来ている。
       早速ルノ-がリックのテ-ブルにやってきて話しかける。彼は昼間部下に指示してリックの店を捜索させて
       いた。
       「ご機嫌いかがかな?…フランスワインか」
       「店はガサ入れで台無しだ、礼を言うよ」…リック、ルノ-にワインを注ぐ。
       「シュトラッサ-のために大げさにやったまでだ、ドイツ式だよ…通行証持ってるだろ?」
       「俺を売る気か?」
       「答えにくい質問はお互い遠慮しとこう」
        二人が話している眼の前を、イボンヌがドイツ兵を連れて通り過ぎて行く。ルノ-も気のある女である。
       「手遅れだな」…リック、ルノ-に言う。
       「敵の手に渡ったな、あの女はぢゃぢゃ馬だ…少佐にゴマをすってくるよ」…ルノ-は席を立って行った。

         部下と一緒に店に入るシュトラッサ-少佐     ドイツ兵を連れて店に来たイボンヌ

               

         この店にはいろいろな人がやってくるが、中には出国ビザの資金を稼ごうとして賭博に手を出す者もいる。
       ブルガリアからやってきた若い夫婦の夫は、賭場で持ち金の大半を失おうとしていた。
       その妻が遠慮がちにリックのところに来て話しかける。

       「あの、お話できますか?」
       「どうやって?」…リックが聞く。
       「署長さんに」…リックのところに行けとルノ-に言われたらしい。
       「なるほどね」
       「主人も一緒です」
       「ルノ-も心が広くなったな」
       「飲みますか?…では私だけ」
       「リックさん、署長さんはどんな人ですか?」
       「ごく普通ですよ」
       「信じられますか?」
       「なぜ私に聞くんです?」
       「彼がそうしろと」
       「ご主人はどこに」
       「ル-レットで出国ビザを買うお金を…負けてますけど…」
       「結婚は?」
       「8週間です、ブルガリアから来ました、ドイツ統治下でひどい状況でした、ですから子供のためを
       思うと…」
       「それでアメリカへ?」
       「はい、でもお金が…ここまでの旅費がやっとでした…そこで署長さんが親切にして下さって]
       「なるほど」
       「出国ビザのお金を…でもお金がありません」
       「金がなくとも?…ルノ-はビザを手配すると言った?」
       「彼は約束を?」
       「守るよ」
       「安心しました、もしあなたを愛していて、あなたの幸せを願って過ちを犯したら許せますか?」…
       彼女は女好きなルノ-に自分の身を売ろうとしていたのである。
       「さあね」…リックは、イルザへの今の自分の気持と重ね合わせていたのかもしれない。
       「彼には秘密にしておいたほうが?…どう思います?」

               リックに相談する若い妻          若い妻の話を聞くリック

             

       「忠告します、国に帰れ」
       「アメリカに行くしか道はないの」…彼女、必死な表情で訴える。
       「主人が知ったらどう思うか」
      「私は彼より年上なんです」
      「悩みのない人間などいない、自分が解決することだ」…冷たく突き放すように見えたリック、席を立ち
       近くにある賭場の伝票を見て驚く。彼女の夫は大負けしていたのである。

        賭場ではル-レットを回す係員が客に呼びかけていた。
      「まだ間に合いますよ、どうぞ賭けてください」…大負けして悄然としている若い男にはこう聞く。
       彼女の夫である。
      「続けます?」…彼はうつむいて考えていたが、
      「いや…」…小さな声でつぶやく…そこにリックが入ってきて彼のうしろに回り、
      「22でもう一度」…と声をかける。そして係員の眼を見て
      「22だそうだ」…言われた通り若い男は22にチップを置く。係員はヤッ!とばかりに声を上げながら
       ル-レットを回し、両手を広げて客に見せる。何も仕掛けしてないよ、という意味なのだろう。ところが
       ル-レットが何回転かしたところで、ピタリと22の溝に球が入ったのである。そしてリックは
      「もう一度22に」…若い男に言う。係員ボスの顔にうなずきル-レットを回すと、またもや22に球が
       落ちた。

             若い男に声をかけるリック           ル-レットを回す係員

               

        すべてのチップが若い男のところに集まる。彼はビザが買えるぐらいの金を手にしたのである。
       リックは
      「ここでおやめなさい」…そう若い男に言ったあと係員のところに来て
      「調子は?」…と聞くと、係員シブイ顔して
      「マイナス3000です」…と答える。リックはそうか、と言っただけで何事もなかったような顔をして
       賭場を出たが、若い妻がかけよってきて彼に抱きつき、涙ぐみながら礼を言う。
      「運が良かった」…彼はただそれだけ言って立ち去った。
        リックが賭場を出たあと客の一人が太っちょの支配人のところに来て、
      「今のは八百長では?」…と聞くが支配人は
      「とんでもないです、真剣勝負です」…大真面目な顔で弁解する。

              リックに感謝する若い妻         八百長では?と支配人に聞く客

             

       支配人、感激してバ-テンのところに行き先程のいきさつを耳打ちすると、バ-テンも大感激、何と
      ご立派なと言いながらリックに抱きつくが、彼は
      「うっとうしいな、放せよ」…そっけなく手を払いのける。
       若い夫婦、ルノ-のところに来て
      「ルノ-署長」…と呼びかけるとルノ-は
      「明日10時に署でお話を、よかったですね、運がいいようだが…まあいい、また明日」…彼らに伝える。
        ルノ-は先程賭場にいて、いきさつを知っていたのだ。
      「ありがとうございます」…若い夫婦は、ビザの手配をしてもらうため署まで行くのである。

        ルノ-がリックのところにやってきて言う。
      「やはり情にもろいな」
      「何が?」
      「純愛に胸打たれた?邪魔するな、おかげで俺は負けたよ、まあ今回は許す」…そう言って立ち去る。

        そこにラズロがやってくる。イルザは別の席でサムのピアノを聴いている。
      「お話があります…移動できますか、人に聞かれたくない」
      「いいですよ」…リック、階上のオフィスへラズロを案内する。
      「どうしても出国したい、確かに私は地下運動の指導者として活動してきた、もっと自由な活動する
       ためにアメリカに行きたい」
      「政治に興味はない、私は酒場の主人に過ぎません」
      「あなたの経歴は存じています、エチオピアやスペインで…いつも弱い方の味方をしたと」
      「金儲けのためですよ、失敗しましたがね」
      「10万フランでいかがです?」…リックが持っている通行証のこと。
      「魅力的だが断る」
      「20万フラン」
      「金をいくら積まれても答えは同じです」
      「ダメな理由でも?」
      「それは奥さんに聞いてください」
      「何だって?」
      「奥さんに聞けと」
      「私の妻に?」

                        話し合うリックとラズロ

             

        二人がオフィスから出ると、階下ではシュトラッサ-と部下たちがドイツの歌を大声で唄っていた。
      周りの人たちは迷惑顔である。それを見たラズロ、階下に降りて楽団の前に立ち、
      「ラ・マルセイズ」を、と声をかける。一瞬楽団員は階上にいるリックの方を見るが、彼はうなずき
      OKのサイン。
       ラズロの指揮で「ラ・マルセイズ」のオ-ケストラが響き渡るとピアノのサムやギタリストが合わせ、
      さらに皆が手をたたきながら大合唱しはじめた。故里を思い出しているのか涙ぐんで唄っている
      人もいる。イルザはその歌に聞き入り、イボンヌは涙を流しながら唄っていた。

                      オ-ケストラを指揮するラズロ

                

                歌に聞き入るイルザ         手を叩きながら大合唱する人たち

             

        その大合唱でドイツの歌はかき消されてしまった。多勢に無勢、ドイツ兵は唄うのを止めざるを
      得なかったのである。腹の虫がおさまらないシュトラッサ-は
      「やはりラズロは目にあまる、放っておけない危険分子だ、すぐ店を閉鎖しろ!」…とルノ-に命じた
      あとイルザのところに来て
      「ラズロさんに残された選択肢は二つ、フランスの強制収容所送りかカサブランカに骨を埋めるかだ、
       アメリカには絶対行かせない」…そう言い残して立ち去る。

        ラズロとイルザはホテルに帰る。尾行されているため寝たと思わせ、電気を消して話す。
      「リックとはどんな話をしたの?」…イルザが聞く。
      「許可証を持っていた」
      「それで?」
      「僕には絶対売れないそうだ」
      「理由は?」
      「君に聞けと」
      「私に?」
      「そう言っていた、なぜか知らんが…イルザ…僕が収容所にいるとき寂しかったかい?」
      「寂しかったわ」
      「よく分かるよ、言いたいことは?」
      「いいえ、ないわ」
      「愛してるよ」
      「分かってるわ…信じてくれる?…私は…」
      「言わなくていい、信じてるよ…行くよ」
      「気をつけて」
       ラズロ、同志の会合に出かけて行く。

             話し合うラズロとイルザ          同志の会合に出かけるラズロ

           

      店を閉めたあとリックと支配人が話し合っていた。
      「売上好調ですよ」…帳簿を見ながら支配人が言う。
      「どのくらい閉められる?」…リック聞く。
      「2~3週間は大丈夫」
      「金で落とし前つける、給料は心配するな」
      「よかった、金を借りてるもので、安心です」

      リックが支配人との話を終えて階上の部屋に入ると、イルザが暗闇の中にいた。ラズロが会合に出かけた
      あとやって来たものらしい。一瞬驚くリック。
      「どこから入った?」
      「非常階段から」
      「来るとは思ったが早かったな…座って話すか?」
      「リチャ-ド…」
      「昔の呼び方だな」
      「お願い」
      「許可証がほしくて来たんだろ?…目的は分かってるさ」
      「どうしても売ってほしいの」
      「話はついている…断ったはずだ」
      「個人的な感情は別にして何とか売ってほしいの」
      「また旦那様の偉大さを拝聴させるのか?」
      「目的は同じでしょ?同じ理由のはずよ」
      「俺は自分のためしか戦わない、他人ごとに興味はない」
      「愛し合った仲でしょ?…あの日々があるから」
      「もう終わったことだ」
      「お願い聞いて、あの日何があったか…」
      「勝手にしろ、許可証のためだけだ」…リックの言葉にイルザ顔色を変える。
      「被害者ぶってるのね、こんな時に個人的な感情で動いて…仕返ししたいのね、なんと卑劣な男…
       ごめんなさい…謝るわ…あなたの助けがないとラズロはここで死ぬわ」…イルザ涙ぐむ。
      「カサブランカは死ぬにはいい場所だ」
       この時イルザ、突然拳銃を出してリックに向ける。
      「無理を聞いて…許可証を渡して…お願い」
      「ここにあるよ」…リック自分の胸を指す。
      「テ-ブルに置いて」
      「ダメだ」…首をふるリック。
      「早くテ-ブルに」
      「ラズロや大義名分がそんなに大事か?…撃てよ…遠慮なく撃ってくれ」…言葉とは違い、リックの顔は
      先程よりはやさしくなっている。彼女つぶっていた眼を開け
      「できないわ…こんなところで再会するなんて…」…彼女の頬に涙が流れ落ち、背を向けて泣きはじめる。

        ”撃てよ”と言いながらイルザの眼を見るリック         涙を流すイルザ

                

       リックが近寄ると、イルザ彼の胸に顔を埋める。
      「あなたと別れた日…本当につらかった、どれほど愛していたか…今でも愛してる」…二人は抱きあって
       熱いキス。
      「それで?」
      「結婚してヴィクタ-はチェコに戻ったの、でもゲシュタボに見つかり収容所に収監されたって新聞に
       出たわ、その後もっと悪い知らせが…射殺されたって…自暴自棄になっていた時、私があなたに
       出会った」
      「なぜ結婚を黙っていたんだ?」
      「ヴィクタ-がそうしたのよ、親しい友人ですら知らなかった、ゲシュタボから私を守るためだったの、
       彼の仕事を知ってるから」
      「いつ生存が分かったんだ?」
      「二人でパリを出ようとしたあの時よ…病気で弱っていると知らせを受けたの、あなたに真実を言ったら、
        あなたも捕まると思ったの…これが真実よ」
      「エンディングは?…今は?」
      「今?…分からない…あなたをまた傷つけるなんて」
      「ラズロも?」
      「彼は助けてあげて…お願いよ、仕事に命をかけてるの」
      「分かった、君は渡さない」
      「もう無理よ…昔と同じことはできない…何をすべきなのか分からない…代わりに考えて…3人のために」
      「分かった。…君の瞳に乾杯」…リックは彼女を強く抱きしめた…もう君を離さないと…。
      「こんなに愛してるのに…」
       二人は頬を寄せ合いながら、一緒にアメリカに行くことを誓いあったのである。

                        リックとイルザのラブシ-ン

              

       その時、支配人がラズロを連れてリックの店に逃げ込んできた。同志の会合中に警官が踏み込んできた
      らしい。リックが気がつき階下にいた支配人を呼び、イルザを非常階段から送らせた。そしてリックは
      階下に降りてラズロに聞く。

      「危機一髪か、命をかける価値はあるのか?」
      「なぜ呼吸するのか、という質問と同じだ、やめれば死だ」
      「苦しみも終わりがくる」
      「どうしてだ、人それぞれに運命がある」
      「なるほど」
      「あなたは自分自身から逃げようとしている、無理だ」
      「随分俺に詳しいな」
      「知ってるさ、愛してる女が誰かもね…偶然同じ女を愛した、初めて会ったときから気づいていたよ、
       責めるつもるはこちらにはない、ただ一つお願いしたい…私はいい、妻は助けてくれ、彼女と一緒に
       ここを出てほしい」
      「それほど…」
      「私だって妻は心配だ、妻を心から愛してる」

      そこへ警官が踏み込んでくる。
      「ラズロか?、お前に逮捕状が出ている」
      「容疑は?」
      「それはあとで説明する」…ラズロは警察へ連行された。

        リックの店に逃げ込んできたラズロと支配人       話し合うラズロとリック

             

       翌朝リックは警察に出かけて行く。

      「有罪にするだけの証拠がないだろ?罰金と1ヶ月ぐらいの拘留がいいところだ」…リック、ルノ-に
        言う。
      「ラズロを逃がす気じゃあるまいな、奴が逃げれば…」
      「俺がなぜ逃がす?
      「1万フランの賭けがある、通行証も持っている、そのうえ君はシュトラッサ-が嫌いだ」
      「なるほどな」
      「俺の友達ってことを当てにするなよ、賭けもしているしな、繊細さには欠けるが君は切れ者だ」…
       とルノ-。
      「あの通行証は俺自身のものだ、今晩の飛行機で出発する、君好みの美女を連れてね」
      「誰だ?」…ルノ-が聞く。
      「イルザ・ランド、ラズロを助けるつもりはない、アメリカには絶対行かせん」…リックが言う。
      「それなら何故ここに?、黙って行けたじゃないか、なぜラズロに関心が?」
      「俺はここを出る、関心はそれだけだ」…とリック。
      「通行証を持っていても足止めはあり得るからな」
      「胸騒ぎでも?…ラズロの女だ、いろいろ知ってるから捕まる可能性だってある…奴をワナにかけて
       君が捕まえる。面白い取引だと思うがな…大手柄だろ?」…リックが言う。
      「そりゃそうだ、ドイツも大喜びだな」
      「彼を釈放して店まで来てくれ、ラズロが通行証を取りに来る。その時に捕まえろ…いい筋書きだろ、
        これですべてがうまくゆく」
      「ひとつ腑におちない、確かに彼女は美人だが、君は女嫌いだっただろ?」
      「彼女は別だ」
      「そうか、信じていいのか?」
      「ラズロと話をさせてくれ」
      「ワルの仲間の旅たちか、寂しくなるな…行けよ」
      「店には一人で来いよ、見張りもつけるな、用心は必要だ」

                        話し合うリックとルノ-

                

        リック警察を出てフェラ-リのところに行く。彼の店をフェラ-リに売り渡すことにしたのである。
      「握手で十分か?、書類をつくりたいが時間がない」…リック、フェラ-リに言う。
      「ついにアメリカ行きか。幸運な奴だ」
      「サムには売り上げの26パ-セントをわけていた」…とリック。
      「その価値はあるな」…フェラ-リが言う。
      「カ-ルたちのことも頼んだ」…支配人のこと。
      「もちろん面倒みるよ」
      「じゃあな、」…二人は握手、リックはフェラ-リの店を出た。

                 リックの店の売買について話し合うフェラ-リとリック

              

       ルノ-、リックの店に来る。
      「ラズロはホテルを出たらしい」…ルノ-が言う。
      「一人か?、尾行はナシだぞ」…とリック。
      「君とお別れは残念だ」
      「フェラ-リに八百長は頼んでおいた、準備は?…通行証はここだ」…リック、胸のポケットを指す。
      「どこに隠してた?]
      「ピアノの中に」
      「芸が細かいんだな」
      「オフィスに隠れてろ」…リック、ルノ-に言う。
      そこにラズロとイルザがやってくる。彼女リックのところに走り寄って来てささやく。
      「彼は二人で行けると思ってるわ」…彼女はリックと一緒にアメリカに行くと思っている。
      「落ちつけ、すべて大丈夫だから…飛行場で話す。あとは俺に任せろ」
      「ええ…」…彼女心配そうである。

                      リックにラズロのことを告げるイルザ

              

       ラズロがリックのところに来て
      「感謝している」
      「これからが本番だ」
      「取っておけ」…ラズロ代金の入った包みをリックに渡そうとする。
      「約束はいいんだ、リスボンの方は?」…リックが言う。
      「手配してある」
      「通行証だ、あとは名前を書くだけだ」…リックがラズロに通行証を渡した時、隠れていたルノ-が
       出てくる。
      「ラズロ、逮捕する、ドイツ政府関係者殺人の共犯者として…リックはこういう男なんだ、シットに
       狂ったのさ」…そう言いながら、ルノ-は通行証を取り上げる。
      「早とちりするな、逮捕にはまだ早い」…リック、拳銃をルノ-に向けて言った。
      「本気なのか、銃を下ろせ」
      「近寄ると撃つぞ」
      「ここに座ってやるよ」…ルノ-椅子に座る。
      「手をテ-ブルに」
      「お前も捕まるぞ」
      「分かってる、話しはあとだ」
      「ハメやがったな」
      「飛行場に電話だ、じゃないと心臓をブチ抜く」
      「鉄の心臓をな」…と言いながらルノ-は通行証をテ-ブルに置き、受話器を取り上げて電話する。
      リック、通行証を取り上げポケットに入れる。

               空港に?電話するルノ-          ルノ-に拳銃を向けるリック

           

      「飛行場か?署長のルノ-だ、通行証を持った二人を乗せろ、以上だ」…ルノ-は飛行場に電話したと
      見せかけたが、相手はシュトラッサ-だった。
      「もしもし?…」…ヘンな電話だと感づいたシュトラッサ-、部下に車を手配させ電話する。
      「シュトラッサ-だ、飛行場へすぐ警官たちを派遣しろ」

        リックたちが空港に着くと
      「リスボン便10分後に離陸、視界約2.5km、薄い霧はあるが視界良好」…のアナウンスあり。
      「ラズロ氏を案内してくれ」…リック、ルノ-に言う。
      「了解、…荷物をお運びしろ」…ルノ-空港の職員に指示。
      「こちらに名前を書いてやれ」…リック、通行証を出してルノ-に言う。拳銃はまだ彼に向けたまま。
      「気配り上手だな」…とルノ-。
      「ヴィクタ-ラズロ夫妻だ」…通行証に記入する名前である。イルザ驚いてリックに聞く。
      「どうして?」
      「君が乗るんだよ」
      「あなたは?」
      「俺は残る、君たちを見送る」
      「何言ってるの!」…イルザ、真剣な眼差しでリックを見る。
      「3人のために考えた…俺の答えはこれだ…君がラズロと行くのが一番いいんだよ」
      「そんな…」
      「聞いてくれ、彼が残って何がある?…強制収容所行きが眼に見えるよな?」
      「私が嫌いなの?」
      「愛してる、だから行ってほしい…君は彼の一部なんだ、行かないときっと後悔する…今は違っても
       きっと生涯後悔しつづける」…リックはイルザを諭すように説得する。
      「あなたは?」
      「君とのパリの思い出に生きる…ゆうべ気づいた…
      「離れないと誓ったわ」
      「分かってる…俺にも仕事がある、君は俺の一部ではないんだ、俺は粗野な男だが、こんな狂った世の中
       を見過ごせない…いつか分かる」…そして彼女の顎の下を手でさわり、
      「さあ、君の瞳に乾杯」…茫然とする彼女を、抱きかかえるようにしてラズロのところに押しやった。

                        イルザを説得するリック

                

             イルザを説得するリック       どうして?という表情でリックを見るイルザ

             

       リックはラズロに近より
      「出発前に言うことがある」
      「それは必要ない」
      「聞いても損はない、イルザと俺のことだ、昨夜彼女が俺の店に来た、通行証を欲しいと言ってね…
       そうラズロに言ったあと
      「そうだな?」…イルザに聞く。
      「ええ…」
      「とにかく必死だったよ…俺を愛してるとさえ言った、もう終わったことなのに…お前のためについた
        ウソだ」
      …これはリックの本音ではない、ラズロを気遣っての言葉である。またイルザの幸せを願うリックの
       思いやりでもある。イルザは背を向けて泣いている。…リック、ラズロに通行証を渡す。署名はルノ-
       が代行してくれている。
      「そうか…ありがとう、感謝する、お前の力があれば俺たちの勝ちだな」…ラズロ、リックに礼を
       言ったあと
      「行こうか」…イルザにうながす。
      「そうね…お元気でリック…」…イルザ、リックを見つめて言う。
      「急いだ方がいい」
       ラズロとイルザは空港の霧の中に消えて行った…そのうしろ姿を見つめるリック…。

               空港で話しあう3人          飛行機に向かう二人を見送るリック

              

        ルノ-がやって来てリックに言う。
      「情にもろいヤツだ」
      「動くな…何の話だ」
      「あの二人にしたことだよ、お前のウソを彼女は分かっていた」
      「借りができたな」
      「これからが厄介だ、君を逮捕する」
      「離陸するまで待ってくれ」…リック、ルノ-に言う。

        飛行機がまさに離陸しようとしたその時、シュトラッサ-が空港に着いてルノ-に聞く。
      「さっきの電話は?」
      「ラズロが逃げました」…ルノ-、少佐に告げる。
      「なぜヤツを逃がすのだ!」
      「リックが…」
       その時シュトラッサ-が電話機のところに行き受話器を上げた。管制塔に離陸停止を指示しようとした
       のである。
      「待てよ!」…リック、拳銃を少佐に向ける。
      「だまってろ!」
      「やめないと撃つぞ、電話を切れ!切れ!」…大声で叫ぶリックに、少佐は銃を向け撃とうとしたが、
       一瞬リックのほうが早かった。少佐は受話器を持ったままその場に倒れる。

        リックに撃たれ倒れようとするシュトラッサ-  リックがシュトラッサ-を撃った瞬間

               

        この直後警官隊がやってきた。彼らにルノ-が指示する。
      「少佐が撃たれた、犯人を探せ」
      リック意外な表情でルノ-を見つめる。そして笑みを浮かべながら
      「お前にも愛国心があるらしい」…ルノ-に言う。
      「そうだな」…そう言いながらルノ-はそこにあった瓶の水を飲もうとしたが、ドイツ製のラベルを
       見て屑かごに投げ捨てる。その時爆音が聞こえ、イルザとラズロを乗せた飛行機が離陸、リスボン
       に向けて飛び立って行った。…これで良かったのだ…そんな思いでリックは機影を見つめていた。


                 イルザとラズロを乗せた飛行機を見上げるリックとルノ-

             

      「しばらく雲隠れしろよ、逃亡先の口をきいてもいいぞ」…ルノ-がリックに言う。
      「通行証をくれるのか?…賭けの1万フランを忘れるな」
      「俺たちの金だろ?」
      「俺たち?」
      「持つべきものは友達だな」…とルノ-。
       二人はそんな話をしながら暗闇の霧の中に黒い影となって消えた…。

                 話しながら暗闇の霧の中を歩いて行くリックとルノ-

              

                                         ー 完 ー

      私はこの映画を初めて見た時、最後のどんでんがえしに驚いた。リックはてっきりイルザとアメリカに
     行くものだと思っていたし、ルノ-がリックを助けるとはまったく予想していなかった。ルノ-はドイツの
     やりかたを苦々しく思っていたのにちがいない。瓶の水を飲もうとしたが、ドイツのラベルを見て屑かご
     に投げ捨てるラストシ-ンでそれが分かる。またリックの巧妙な作戦にひっかかってしまうのだが、最後は
     それを許し、逃亡先まで手配してやろうとするところにも、リックが友だちであったにせよ、彼がドイツ
     嫌いだったことが伺える。

      「カサブランカ」は、私が今まで見た映画の中のベストワンに挙げたい。ヨ-ロッパ第二次世界大戦下
     の混乱した世相の中での人間模様、そこで生まれるラブロマンスが感動的に描かれているだけでなく、
     テンポよく展開される画面に、スリルとサスペンスも感じられるからである。最後になって初めてこの物語
     のスジが分かるのだ。見ていてとても面白い。

      さらにこの映画の魅力は自分の気持をおしころして愛する女の幸せを願う、リックの男気にある
     だろう。リックがイルザを諭すように説得するラストシ-ンは感動的だ、あの言葉がいい、リックのあの
     声もいい。何回か出てくる「あなたの瞳に乾杯」はこの映画を象徴するセリフ、私は「カサブランカ」を
     初めて見たときこのセリフに感動、以来忘れることができない。
      ハンフリ-・ボガ-ド演じるリックは、表面は冷たいそぶりをしながらも情にもろい男なのである。
     賭場で大負けしていた若い男にイカサマで勝たせてやるところは、その妻から切ない事情を聞き情に
     ほだされてしまったからだろう。ここにも弱い者に味方する、リックの男気が描かれている。

      そして何といっても、インブリッド・バ-グマンのため息が出るような美しさに見とれてしまう。
     ほれ惚れとするような美しさだ。その美しさに吸い込まれそうなときもある。さらに彼女の眼の輝きは
     すばらしい。ときどき見せるひたむきな表情にも惹かれる。
     バックに流れる”時の過ぎゆくままに(アズ・タイム・ゴ-ズバイ)”のメロディ-も私の胸をうった。

      映画「カサブランカ」がつくられたのは1942年、すでに71年の歳月が流れている。言いかえれば71年を
     経た今でもこの映画は生きているのである。
     監督のマイケル・カ-ティスも、主演のハフリ-・ボガ-ドも、イングリッド・バ-グマンも亡くなって
     久しい。
     しかし、「カサブランカ」はこれからも大勢の人に愛され、生き続けていくにちがいない不朽の名画である。


        監 督      マイケル・カ-ティス

        役 名           俳  優

        リック        ハンフリ-・ボガ-ド
        イルザ       イングリッド・バ-グマン
        ラズロ       ポ-ル・ヘンリ-ド
        ルノ-       クロ-ド・レインズ
        シュトラッサ-   コンラ-ト・ファイト
        サム        ド-リ-・ウイルソン

                                        2014.1.15 記



               映画  「第三の男」


              映画 「第三の男」のシ-ン(鉄橋に集まるハリ-・ライムの仲間)

                
         
      映画 「第三の男」の舞台は、第2次大戦で破壊され荒廃したオ-ストリァのウイ-ン。当時ウイ-ンは
     米、英、仏、ソの四ヶ国の共同統治下に置かれていたが、混乱に乗じて地下組織で闇屋が横行するなど戦争
     の影が色濃く残っていた。
      この映画は当時の暗いウイ-ンの街を背景に、闇で暗躍する悪人を執拗に追いつめていく男たちと、悪人
     である彼への愛を断ち切れない若い女の、切なくも悲しい女心が描かれた作品である。バックに流れる、
     心に沁みるようなチタ-の音とともに映しだされる、サスペンス調の映像に惹かれる。

      アメリカの売れない小説家ホリ-・マ-ティンスが、親友ハリ-・ライムの招きでウイ-ンにやってきた
     が、ビルの門衛からライムは交通事故死したと知らされる。マ-チンスはライムの友人と名乗る男から、
     遺体は自分ともう一人の友人二人で運び、医師の検視を受けたと説明を受ける。ところが門衛は、ビルの窓 
     から現場にもう一人男を目撃したと証言するのだ。つまり事故現場には3人目の男が居たというのである。
     いきなり不審な事件を思わせるミステリアスなスタ-トに、見る者は画面の中に引き込まれてしまう。
       
                      ハリ-・ライムの葬儀に来ていた
 
         ハリ-の恋人アンナとホリ-・マ-チンス        ハリ-・ライムの仲間

               

      ハリ-・ライムの葬儀が行われた墓地に来ていたのは、ライムの恋人であった舞台女優のアンナ・シュミット、
     ライムの仲間二人、イギリス軍のキャロウエイ少佐そしてホリ-.マ-ティンス。
     マ-ティンスはそこで知り合ったキャロウエイ少佐から、ライムはペニシリンを軍病院から盗み、薄めて量
     をふやし売りつける悪質な闇商人、そのため大勢の妊婦や子供たちが犠牲になっている、彼は殺人者も同様
     だと告げられる。しかしライムとの友情を信じるマ-ティンスは、事件の真相をつきとめようと動きはじめる。

      ライムの仲間の話と、門衛の話は明らかに食いちがっている。現場に居たのは二人か、三人か…。
     事情を知ろうとアンナを訪ねるが、彼女はまったく知らないらしい。ライムは事故で死んだと思っている。

      マ-ティンスから、事件現場にはライムの仲間二人の他に、もう一人不審な人物が居たらしい、と聞いた
     キャロウエイ少佐も捜査を始め、アンナは取り調べをうける。

            門衛から話を聞くマ-ティンス    キャロウエイ少佐から取り調べをうけるアンナ

             

      アンナの容疑は偽造旅券、チェコから身分をかくしてウイ-ンにやってきた。偽造旅券はライムに
     つくってもらったものらしい。ばれるとソ連のMPに逮捕される。それはともかくキャロウエイ少佐の知り
     たいのは、事件当日のライムの行動。アンナはいろいろと事情を聞かれるが、ライムが不利になることは
     一切しゃべらない。
      マ-ティンスもアンナの家を訪ねるようになり、ライムに出会ったいきさつなどを聞こうとするが、逆に
     アンナはマ-ティンスからライムとの思い出話をねだられる。その話からアンナは初めて笑顔を見せる。
     そして「愛は切れても彼は私の一部なの…」とつぶやく。
             

               マ-ティンスが話す、ライムとの思い出話に耳を傾けるアンナ

           

      ある日、現場に第三の男がいたという証言をしていた門衛が何者かに殺害される。口封じのための、
     ライム・グル-プの犯行らしい。マ-ティンスは事件現場に近づき周りの人に事情を聞こうとするが、逆に
     彼がその犯人だと疑われ夜の街を逃げていくはめになる。その時、事故死したとされるライムが突然彼の
     前に姿を現す。
     ウイ-ンの夜の闇の中からライムの顔が浮かび上がり、友人の前で何とも言えない表情を見せる。

                      ウイ-ンの地下下水道                        夜の闇に浮かびあがるライムの顔
                              
             

      マ-ティンスはライムを追いかけるが、彼は地下下水道に逃げ込み姿を消す。しかし死んだと思われて
     いたライムが生きていたのだ。これを機に事態は急転回していく。墓地が掘り返され遺体が確認される。
     殺されていたのはライムの配下の者だった。軍病院からペニシリンを盗み、薄めて売りつけていた男が
     替玉にされていたのである。

      その後マ-ティンスはライムの居所をつきとめ、大観覧車のある公園で再会する。その観覧車の中で
     彼はライムが偽薬を売っていることを非難するが、ライムは皮肉をこめて反論する。

                      再会して話し合うマ-ティンスとライム

               

      ライムが生きていることを知ったキャロウエイ少佐は、マ-チンスに彼をおびきだしてくれるよう要請
     する。マ-チンスは交換条件として、ソ連のMPに連行されているアンナを釈放し、彼女の故郷のチェコ
     へ送還するよう提案、受け入れられる。

      アンナは当局の指示にしたがい一旦はチェコ行きの列車に乗るが、その窓から駅舎の中にマ-ティンスが
     居るのを見つけ不審に思う。そのいきさつに感づいたアンナは、チェコ行きの通行証を破り捨てる。激しい
     怒りとライムへの想いが胸にこみあげてくる。そしてマ-ティンスにこう言う
     「裏切り者の情はうけないわ!、可愛そうなライム…本当はいい人なのに….」。

      まもなく”アンナに会わしてやる”と連絡をとったのだろう、ライムがおびき寄せられ、アンナのところに
     ライムが来る…「ライム逃げて!外に警官がいる!」アンナが叫ぶ。

            ライム逃げて!と叫ぶアンナ               ライムがアンナのところにやってきた瞬間

               

      ライムはウイ-ンの夜の街を走り、巨大な地下下水道の中に逃げ込む。必死になって地下道を駈けまわり
     出口を探そうとする。しかし、いくつかある出口付近はすべて大勢の警官が警戒、脱出できない。追いつめ
     てゆく警官、逃げまどうライム。やがてマ-テインスはライムのうしろ姿を見つけ、
     「ライムもう逃げられない、諦めろ!」と叫ぶが…。

                地下道内を逃げるライム          追いかけるマ-ティンス

                           

      それでもライムは彼の制止をふりきり、脱出口を見つけようと暗闇の中を走りまわり、やっと天井から
     もれる光を見つけて壁をよじ登っていく。網目状になった天井の格子戸に手をかけ、必死でもがいていた
     ところにマ-ティンスがやってくる。見つめ合う二人….。

                  地下下水道内で見つめ合う、マ-ティンスとライム

             

      短い時間が過ぎた…その瞬間、バ~ン!、地下洞内に銃声の音が鳴り響いた…撃ったのは
      マ-ティンスだった。

                     ポプラ並木を歩いてやってくるアンナ

              

      今度は本物のライムの葬儀が墓地で行われた。墓地に来ていたのはマ-ティンスとキャロウエイ少佐、
     そしてアンナ。葬儀が済むとすぐにアンナが歩きはじめる。その直後マ-テインスを乗せたキャロウエイ
     少佐のジ-プが走り出す。アンナを追い抜こうとしたところで、マ-ティンスは少佐に
     「ここで降ろしてくれ、このままでは帰れない」と言ってジ-プから下りる。そして道端の木材に背を
     もたせ、アンナがやってくるのを待っているが…。
     遠くから冬景色のポプラ並木の中を、アンナがまっすぐに歩いてくる。その姿がだんだん大きくなる。
     まもなく彼の前にやってくるが、彼女の視線は依然まっすぐ遠くを見ている。そして彼の前を通り過ぎて
     いった…。   

         マ-ティンスの前を通り過ぎてゆくアンナ            タバコに火をつけるマ-ティンス

               

      そこに残されていたのはタバコに火をつけるマ-ティンスの姿と、冬景色のポプラ並木だった…。

      この映画を最も効果的にしているのは、アントン・カラスのチタ-の音色だろう。そのもの悲しい
     メロディは胸に響いて心に沁みる。アンナの切ない心を奏でているようでもあり、暗いウイ-ンの街を奏で
     ているようにも聞こえる。
      映像も光と影を効果的にとりいれ、サスペンス調の雰囲気がよく出ている。とくに夜の闇の中にライムの
     顔が映し出されるシ-ンは、この映画の最も印象的なところである。
     そしてポプラ並木のラストシ-ン…まもなくENDの字幕とともにチタ-のメロディが流れる。このラスト
     シ-ンの余韻を言葉で言い表すことはとてもできない。

      ライム演じるオ-ソンウエルズの表情もいい。アンナ演じるアリダ・ヴァリの、ライムに想いをよせる
     切なく悲しい女心もよく描かれている。これもまた言葉で表現するのは難しい。ただ言えるのは、ライムが
     いかに悪人であってもアンナにとっては恋人、彼女が彼によせる想いを断ち切ることは誰もできない、
     ということだろう。

      「第三の男」は1949年につくられたイギリス映画、映画史に残る傑作である。

      監督  キャロル・リ-ド
      音楽  アントン・カラス
      撮影  ロバ-ト・クラスタ-

      主なキャスト          役  名           俳  優

                ホリ-・マ-ティンス    ジョセフ・コットン
                ハリ-・ライム       オ-ソン・ウエルズ
                アンナ・シュミット              アリダ・ヴァリ
                キャロウェイ少佐       トレヴァ-・ハワ-ド

                                        2013・9・14 記
          
           
             映画 「誰がために鐘は鳴る」


                                                    ロベルトとマリアのラブシ-ン

              

      「誰がために鐘は鳴る」の舞台は、1937年スペイン内戦下の山岳地帯。当時スペインは急進的な改革に
     のりだそうとしていた共和派政府軍と、ファシストと呼ばれていたフランコ将軍率いる反乱軍とが、激しい
     戦闘を繰り広げていた。

      反ファシスト政権の活動に身を 投じていたアメリカ人、ロベルト(ゲイリ-・ク-パ-)は、共和派の
     ゴルツ将軍から、敵の輸送路を断つため山峡に架かる橋を爆破するように命じられる。彼は案内人と共に
     山岳地帯に向かい、そこに住むゲリラたちに交渉、この作戦の協力を求めていく。
     山峡の橋爆破のためにゲリラたちと作戦を練り、彼らが敵軍に立ち向かい勇敢に戦っていくシ-ンがダイナ
     ミックに展開されていくなかで、ロベルトはそこで知り合った19歳の娘マリア(イングリッド・バ-グマン)
     と激しく惹かれあう。
      命をかけて戦う男たちの姿と、戦場で芽生えたつかのまのラブロマンス、しかし最後は身を挺して娘と
     ゲリラたちを救う、ロベルトの姿が感動的に描かれている。映画の面白さという点では第一級の作品と言え
     るだろう。
   
      ゲイリ-・ク-パ-の、温かく人を包み込んでしまうような風貌に魅せられる。憂いのある眼もいい。
     そして一途にロベルトを慕う、イングリッド・バ-グマンの表情も清々しい。彼女は「カサブランカ」の
     撮影を終えると髪をバッサリ短く切り落とし、この映画に備えたという。当時の彼女の年齢は28歳だが、
     19歳の初々しい娘を演じている。原作はア-ネスト・ミラ-・ヘミングウエイ。

      ロベルトは、案内人のアンセルモとともに現地の橋近くにやってきて周辺の様子をうかがう。橋爆破は
     共和軍の攻撃開始と同時にしなければなならい。それ以前ではダメなのだ。これはゴルツ将軍の厳命で
     ある。作戦は3日後にせまってきている。時間に余裕はない。
     橋上に見張り小屋、急流の川岸には製材小屋、いずれにも数人の哨兵が厳しい眼で警戒しているが、彼ら
     をすべてかたづけなければ、橋に爆破装置をとりつけることはできない。
     ロベルトは橋の構造をスケッチしたあと、ゲリラたちが住んでいる洞窟に向かう。

                 山峡の橋周辺の様子をうかがうロベルトとアンセルモ

                            

      その途中岩陰からゲリラの頭目パブロが現れる。彼は共和派の筋金入のゲリラだったが、この山岳地帯に
     きてからは弱気になっている。ロベルトの橋爆破作戦に強硬に反対する。それを実行すればここに住めなく
     なってしまうというのがその理由である。飲んだくれのズル賢い男で仲間に人望はない。
     ジプシ-のラファイロは兎とりの名人、時々コミカルなところを見せてこの映画の面白さを引き立たせて
     いる。

         ロベルトの前に現れたゲリラの頭目パブロ           ジプシ-のラファエロとアンセルモ

               

      洞窟前でロベルトとマリアが初めて出会い、二人は一目で惹かれあう。マリアが食事皿をロベルトの前に
     置くと彼は思わず彼女を見つめた。この山岳地帯に若い娘がいたのに驚いたのである。髪の短い娘だが
     なかなか美しい。彼女もニコリと彼に微笑んだ。
     「きみは、なんていうの?」
     ”マリアというの、あなたは?”
     「ロベルト、…山へきて、もう長いの?」
     ”3ヶ月よ”
      彼は娘の短い髪に眼をやった。彼女は困ったように自分の頭をなでた。実は彼女は3ヶ月前ファシスト派の
     男たちに髪を剃られ列車で運ばれていたところを、ゲリラたちがその列車を襲い、助け出されてここに連れ
     られてきていたのである。髪は剃られて丁度3ヶ月目に当っていたのだ。

      ピラ-ルは豪快な女丈夫、気性激しく言葉も荒い。男たちからは一目も二目もおかれているが、心根は
     やさしいところのある女性。マリアを男たちの手から護ってきたのは彼女である。また気が弱くなった
     パブロに代わって、ゲリラグル-プの実質上の指揮者でもある。

             初めて出会ったロベルトとマリア          パブロの妻 ピラ-ル

             

      ロベルトは洞窟内でゲリラたちと話し合い橋爆破作戦の協力を求めたが、パブロは頑として応じない。
     そこでピラ-ルがみなの意見を聞いたところ、他のゲリラたちは橋爆破に賛成する者が多かった。
     ピラ-ルもファシスト派打倒に燃える筋金入りのゲリラ、うまく仲間をまとめてくれたのである。パブロも
     しぶしぶ承諾する。しかしそれは表面上だけだったことがあとで判る。彼はロベルトがもってきた起爆装置
     を川に投げ捨ててしまったのだ。

              橋爆破に反対するパブロ          ゲリラたちと交渉するロベルト

                

      翌日ロベルトはピラ-ルとマリアと一緒に、もう一つのゲリラグル-プの頭目つんぼオヤジ
     (エル・ソルド)のところを訪ねた。彼らに橋の周辺にいる哨兵の攻撃と、橋爆破をしたあと全員が逃亡
     できるように馬を用立てしてもらうためである。今現在17人のグル-プに馬は9頭しかいない。不足分
     8頭を補うためには危険をおかして馬を奪い取るしかなかったが、つんぼオヤジは快く引き受けてくれた。
     そばにいるホアキンはつんぼオヤジの配下の者。列車襲撃の時、マリアを助け出し洞窟まで背負ってきて
     くれた男たちの一人である。

                                     つんぼオヤジとホアキン          つんぼおやじと交渉するロベルト

               

      帰り道、 ピラ-ルはロベルトとマリアをおいて一人で帰ってしまった。男をマリアに近づけさせなかった
     彼女だったが、二人の様子をみて気をきかしてくれたのである。
            二人は高原の草地のなかを歩いていた。さわやかな風が吹きわたり、やわらかい日差しがマリアの
     小麦色の髪に、かわいい顔に、美しいのどもとの曲線に光をあてていた。ロベルトは彼女の首をあお向けに
     させ、しっかりと抱きよせて接吻した。そのとき彼は彼女がふるえているのを感じた。

     「きみが好きだよ、マリア」、ロベルトは彼女にささやいた。
     ”わたしもロベルトが好きよ、… でもわたし貴方を愛する資格がないわ”
     「どうして?」
     ”実はわたしの眼の前で、共和派だった父と母が撃たれてしまったの、その時私も撃たれようとした…
      でも男たちはわたしを部屋の中に連れ込み…そして…”
     「もういいマリア、それ以上は…」、と言ってロベルトは彼女の口をふさいだ。そして髪をなでながら
      彼女にささやいた。
     「きみの身体はきれいだよ、誰よりもきれいだ」
     ”うれしいわロベルト、貴方を愛してもいいの?”
     「もちろんだ、きみはかわいい、ぼくはきみに出会えてとてもうれしい」

            マリアの口をおさえるロベルト       マリアとロベルトのラブシ-ン

                          

      敵軍の偵察機が頻繁に上空を飛び交うようになり、地上軍も周囲をうろつきはじめるようになった。
     今までに見られなかった敵軍の動きである。ロベルトはゲリラたちを連れて敵の動きをさぐりに出かけ、
     岩陰の茂みに銃を構え様子をうかがう。彼はゲリラたちに、相手がこちらに気づくまでは発砲しないように
     命じていたが、前方から、斥候らしき一人の兵がこちらにやってきた。相手がすぐそばまで近づき、こちら
     に気づいたのか銃の引き金に手をかけようとした瞬間、ロベルトの銃が先に火を吹き相手を倒した。

                    敵軍の様子をうかがうロベルトとゲリラたち

                 

      しかし雪に覆われた山中に大軍が現れ、だんだんこちらに近づき眼の前を通り過ぎていった。どうやら
     つんぼオヤジたちが奪い取ってきた馬の足跡を追跡してきたらしい。彼らは山の上の方に登っていった。

                                 積雪の山中に現れてきた敵軍

                 

      つんぼオヤジたちは次第に山頂に追いつめられてゆく。果敢に応戦し山頂手前で彼らを食い止めては
     いるが、依然周囲を取り巻かれて身動きできなくなっている。敵の将校が投降を呼びかけるが頑として
     応じない。一時はメンバ-の自決を見せかけ、将校をおびきよせ倒してしまったのだが … 。

            敵軍と戦うつんぼオヤジのグル-プ              つんぼオヤジたちを追いつめる敵軍

                 

      ちょうどその時、丘の上の連中は敵機が来襲する爆音を耳にした。つんぼオヤジはそれが聞こえなかった
     が、数機の爆撃機が悠然と近づいてくるのを見て気づき、「機関銃をホアキンの肩にすえろ、俺が撃つ!」、
     そして他の者には「あお向けに寝て撃て!」と叫んだ。しかし頭上にきた敵機は、丘の上に爆弾を落とした。
     その瞬間、凄まじい轟音とともに大地が揺れ動き赤黒い火柱が燃え上がった。さらに敵機は低く舞い降りて
     きて、丘の上を機銃掃射して飛び去り、遠く空のなかに消えていった。

                           爆撃された山頂

                                         

      大きな爆音が轟き火柱が稜線の上に立ち昇るのを見て、みな丘の上で戦っているつんぼオヤジの安否
     を心配した。敵機が飛び去ったのちもしばらく拳銃の音が聞こえていたが、やがて銃声はすっかりやんで
     しまった。そして手榴弾の音を最後に辺りはすっかり静かになった。ロベルトはこれですべてが終わった
     ことを知った。つんぼオヤジのグル-プは全滅したのである。
  
               つんぼおやじたちの安否を心配するロベロト、マリア、ゲリラたち

                           

      敵の偵察機が頻繁に上空を飛ぶようになり、ファシスト派の増援部隊がこちらにやってきつつあるという
     情報を耳にしたロベルトは、こちらの計画が察知されていると考え、ゴルツ将軍に作戦中止の書面をゲリラ
     の一人に託す。しかし連絡員の行く手に起こった様々な障害のため時間切れとなり、橋爆破は予定通り決行
     することにした。

      決行前夜、ロベルトがいつも寝ているところにマリアがやってきた。

     ”いよいよ明日ね”マリアが言った。
     「ウン、もうまもなくだ、明日未明にここを出発する。きみにお礼をいわなければならない、とても楽し
     かった」
     ”そんなこと言わないで、… マドリ-ドにはいつ行くの?”
     「仕事が終わってからだ…」
     ”気をつけてね、もし貴方が負傷したらわたし介抱してあげる、包帯巻いて…そして神様に祈るわ、早く
      治りますように…無事に帰ってきてね”
     「ウン、帰ってくる、必ず帰ってくる、マドリ-ドに行くのはそれからだ」
     ”うれしいわ、わたし待っている、ロベルトが無時に帰ってきますように…神様に祈っている…”

                                            橋爆破決行前夜、ロベルトとマリアの語らい

                          

      決行日未明マリアには馬の番をさせ、ロベルトはパブロ、ピラ-ル、アンセルモ、ラファエロ他数名の
     ゲリラとともに洞窟を離れた。パブロに起爆装置を捨てられていたが、他の起爆方法を考え準備している。
     いくつかの岩山を乗り越え、川岸伝いに橋に近づく。ロベルトとゲリラたちは、製材小屋、橋上の見張
     小屋に忍びより、銃撃戦でそこにいた哨兵をかたずける。そのあとロベルトは、橋上を走って橋の手すりの
     下へ這い降り、針金の束を腕にかけ橋桁に起爆装置をとりつけはじめた。真下には激流が岩をかみながら
     奔騰している。一歩足を踏み外せば命はない、決死の作業である。アンセルモは、ロベルトがとりつけた
     針金を橋の袂まで引っ張ってゆく役目。

                     橋に起爆装置を取り付けるロベルト

                

      橋の袂で針金をもっていたアンセルモは、対岸の斜面から列をなして下りてくる戦車が眼に入った。
     トラックもあとに続いている。「ロベルト、戦車がくる!早く早くロベルト!」アンセルモは必死で叫んだ。
     その声で、反対側の橋桁にも起爆装置をとりつけ終えたロベルトは急いで橋上に上がり、もう一つの針金
     の束をうしろ向きにたぐりよせながらアンセルモの近くまできて、彼に向かって「吹っ飛ばせ」と怒鳴り、
     自分も針金を強く背後に引っ張った。

                          起爆装置をつけた針金をもつアンセルモ                 対岸の斜面を下りてくる戦車

                     

      その瞬間、雷鳴のような大音響とともに火柱が燃え上がり、橋は真っ二つに折れ崩れ、通過していた
     戦車は橋もろとも激流に落下していった。つづいて鉄片が飛び散り、その破片が橋の上や辺りに散乱した。
     ロベルトは橋の袂で頭をふせていたが、幸い怪我もなく生きていた。しかしアンセルモは、輪にした針金を
     右手にもったまま、橋石のかげにうつぶせに倒れて死んでいた。

                   山峡に架かる橋が爆破され、落下していく戦車

               

      マリアはロベルトが無時帰って来たのを見て、彼のところに走りより抱きついた。”よかった、ロベルト!”
     彼女はロベルトの胸に顔を埋め、泣いて喜んだ。
     しかし問題はこれからだ。もはやこの地に留まることはできない。どこか安全なところに逃げ伸びなければ
     ならないのだ。逃げ道を知っているのはパブロだけだった。そのためには、敵が待ちかまえる道路を横切り、
     その先の岩陰まで走り抜かなければならない。残ったメンバ-は6人、パブロ、ピラ-ル、マリア、ロベルト、
     あとゲリラ二人。
     道路の右手には大勢の敵の銃が向けられている。爆破された橋の向うとはいえ、射程範囲内である。

          無時帰ってきたロベルトに抱きつくマリア ロベルトに一緒に道路を渡ろうとせがむマリア

               

      メンバ-はそれぞれの馬で走り抜けることにした。先にパブロが行き、ゲリラ二人が行き、ピラ-ルが
     続いた。残ったのはロベルトとマリア。しかし、マリアはロベルトに一緒に行きたいとせがむ。
     ”わたし一人ではいや!”
     「ダメだ!先に行くのだ、マリア!」、ロベルトがマリアの馬の背を強くたたくと、馬は走り出した。
     道を渡るところで敵からの銃が乱射されていたが、マリアはそこをうまく切り抜け、岩陰まで走りぬくこと
     ができた。それを見たロベルトは、もう一頭裸の馬を連れて走りだした。しかし道路を渡ろうとしたその
     瞬間、ロベルトは黄色い閃光がはしるのが見え、砲弾が足許に落ちる音を聞いた。弾丸が馬に当り、彼は
     大地に投げ出されてしまったのである。それを見ていたマリアは
     ”ワア-!”大きな叫び声をあげた。そしてすぐに馬から飛び降りて彼のところに駈けよって行った。
    
            馬を撃たれ投げ出されるロベルト          ロベルトが倒れた瞬間叫び声をあげるマリア

                            

     ”どうしたの、ロベルト!”
     「左の足をやられたよ、マリア」彼は、痛みをこらえながら言った。左足の大腿骨が完全に折れ、まったく
      動けなくなっていたのである。
     ”わたし包帯してあげる、すぐ持ってくるから”
     「いや、大丈夫だ、いいんだよ、それよりもパブロに話したいことがある、すこしの間さがっていてくれ
      ないか」

       パブロがやってきて、
     「ひどく痛むかね」と聞いた。
     「どうも足をやられたらしい、これでは無理だ。俺にかまわず先に行ってくれ、いいか、わかったな …
       すこしの間マリアと話がしたい」
     「わかっているだろうが、あまり時間がないぜ」
     「わかっている」
      
                   マリアを諭すようにように説得するロベルト

                  

       ふたたびマリアがそばにやってきた。

     「いいかいマリア、よく聞くんだよ。もうマドリ-ドには行けなくなった」…マリアはその声を聞いても
      彼の眼を見つめたまま茫然としていた。しばらくしてからようやくその意味を理解したのか、それまで
      こらえていた涙が一気にあふれだした。そして声をだして泣きはじめた。
     「泣いちゃいけないマリア、ぼくたちはマドリ-ドに行けなくなったが、ぼくはどこへだってきみのところ
      について行く、わかったね?」
     ”いや!わたしロベルトと一緒にここに残るわ” 彼女は泣きながら彼に抱きすがり、頭を彼の頬におしつけた。
     「いけないよマリア、ぼくがこれからやる仕事は、一人でなければできないんだよ、きみがいては足でまとい
      なのだ。」
     ”でもわたしここに残る、わたしにとっては行くほうがつらいのよ、ロベルトはわたしの気持がわかってくれ
       ないんだわ”
     「わかっている」と彼は言った。「きみにとってそれはつらいさ、だが、今ではぼくはきみでもあるんだよ …
      ぼくたち二人のためにきみは行くんだ」
      マリアはむせび泣きながら首をふった。    こ
     「わがままを言ってはいけないよ、きみはいい娘だ、ぼくたちは別れるのではないのだ、いつも一緒にいる
       のだ、きみはぼくのなかに生きている、いつまでも生きている … さあ、お立ちマリア」 彼はさとすように
       マリアにささやいた。

              泣きじゃくるマリア            マリアを見つめるロベルト

             

     「いつかこのつぎ、マドリ-ドに行こうね、マリア、ほんとうに行こう、ふたりで行こう、いまきみは、
      ぼくでもあるのだ、ぼくの未来のすべてなのだ、さあ立って行こう」… 彼女はようやく泣きながら
      立ちあがった。しかしまた、彼のそばにくずれるようにうずくまった。
     「お立ちよ、マリア」、もういちどロベルトに言われ、今度はピラ-ルが彼女の腕をささえて立ちあがら
      せた。
      ロバ-トはピラ-ルが娘を歩かせるのを見ながら、おだやかに話して聞かせるように言葉をつづけた。
     「ふりえかってはいけないよ、さあ、足をかけて、そうだ、足をかけるんだ、ピラ-ル手伝ってのせて
      やってくれないか、」と彼は言った。
     「しっかり鞍にのせてやってくれ。さあのるんだ」そして娘のほうに視線をもどし、
     「マリア、さよならではないんだ、さあ、行っておくれ」その声で彼女はふり向こうとした。
     「ふり向いてはいけない、マリア」ロベルトはもういちど言った。

                   ピラ-ルに支えられながら立ちあがるマリア  

                      

       その様子を見ていたパブロは、親指を立て出発の合図をし、馬の尻を革紐ではげしく打った。マリア
     は馬からすべりおりそうに見えたが、ピラ-ルがささえてやった。馬が動きはじめたとき、マリアは馬の
     上からのけぞりながら、
     ”オウ-、ノウ-、ノウ-!、わたしも残らせて!、ロベルト、ロベルト、ロベルト!”と悲痛な叫び声を
     上げた。しかし無情にも馬は走りはじめた。ロベルトは遠くなっていくその姿をしばらく見ていたが、
     それもやがて彼の視野から消えていった。

             むりやり馬に乗せられるマリア      動きはじめた馬の上からのけぞるマリア

                            

      彼らが去ったあと辺りは静かになった。空を見上げると白い大きな雲が浮かんでいた。先程まで吹いて
     いた風もピタリやみ、静寂が辺りを包み込んでいた。彼は岩壁にもたれながら、マリアの顔を思い浮かべ
     ていた。
      彼女も他の連中もうまく逃げ伸びてくれてくれるだろう、マリアのことはピラ-ルが面倒をみてくれるに
     ちがいない…俺の人生はまもなく終えようとしている、これでよかったのだ… もう彼らのことは何も考え
     なくてもよいのだ。

      ロベルトは先程まで激しい痛みに耐えていたが、それも次第に感じなくなり、意識が朦朧としてきた。
     何も考えられなくなってきた。しかし、まだ気を失うわけにはゆかない、敵軍はまもなくやってくるだろう、
     ここでやつらを食い止め、マリアたちをできるだけ遠くへ逃がさなくてはならないのだ。

                  痛みに耐えながらマリアたちのことを想うロベルト

               

      彼は気力をふりしぼって機関銃を松の樹幹にもたせかけた。やがて馬の蹄の音が聞こえてきた。橋を
     爆破したため、やつらは上流のほうで谷をわたり、迂回してやってきたのにちがいない。
     ロベルトは、木陰に身をふせて彼らが近くまでくるのを待っていた。そしてその集団がすぐ近くにきたとき、
     最後の力をふりしぼって引き金を強く引いた。
     ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ…機関銃の音が辺りに鳴り響き、山峡の谷間にコダマしていった … 。

                        敵軍に機関銃を撃つロベルト
 
              

      この映画の最後を象徴するかのように教会の鐘が鳴りはじめ、THE ENDの字幕がでる…。

     「誰がために鐘は鳴る」の鐘の響きはロベルトの死をいたむ弔鐘を意味すると思われるが、それは未来
      への明るい希望に通じるものかもしれない … 。

      私は随分前、映画館で初めてこの映画を見終えたとき、しばらくの間席を立つことができなかった。
     テンポよく展開されるダイナミックな画面とドラマの面白さに茫然とし、とくにラストシ-ンに感動して
     しまったからである。そのラストシ-ンの映像は今でも私の頭に焼きついて離れない。
     その後私は、映画館で、テレビで、ビデオでこの映画を何回も見てきた。そして久しぶりに今回この映画
     をビデオで見たのだが、その感動は当時といささかも変わることはなかった。

      今回手に入れたビデオは字幕がほとんで見えないため、原作を参考にし、文章もセリフの一部も、
     私なりに気持を入れてコメントしてみた。おおざっぱなイメ-ジだけでも感じとっていただければと思う。
      
      「誰がために鐘は鳴る」は1943年制作のアメリカ映画。日本の初公開は1952年10月。

      監 督  サム・ウッド

     キャスト 役  名         俳  優

          ロベルト    ゲイリ-・ク-パ-
          マリア      イングリッド・バ-グマン
          パブロ     エイキム・タミロフ
          ピラ-ル     カティナ・パクシノウ
          アンセルモ    ウラジミル・ソコロフ
          エルソルド   ジョゼフ・カレイア

                                         2013.10.2 記
                                                          

                    
              映画  「自転車泥棒

                   ラストシ-ン  父親の手を握るブル-ノ君

                

      第二次世界大戦で敗戦国になったイタリアでは大勢の失業者を抱え、連日職業安定所は大混雑していた。
     長い間職業に就けなかったアントニオ・リッチは、家財道具の一部を売ったり質屋に入れたりしながら
     ほそぼそと食いつないでいたが、ある日職業安定所から役所のポスタ-貼りの仕事を紹介された。
     2年間待ちつづけやっと与えられた仕事だったが、そのためには自転車が必要だと言われる。しかし貧しい
     アントニオはすでに自転車を質に入れていた。妻に相談したところ、彼女は二人で寝ていたベッドのシ-ツ
     を予備のものと併せ質に入れ、自転車を取り戻すことを提案する。

          ベッドのシ-ツをはがすアントニオの妻      質屋の窓口で交渉するアントニオの妻

             

      そして二人は質屋に出かけ、値段の交渉もうまくゆき自転車が返ってきた。アントニオは嬉しかった。
     妻も喜んでくれた。この仕事は半月で6000リラがもらえるのだ。生活も楽になるだろう。二人は手をとり
     あって喜んだ。6歳になる息子のブル-ノ君も、嬉しそうなパパの顔を見て心を躍らせた。返ってきた
     自転車に触りながらはしゃいだ。明日パパが出かけるときには、きっとボクを乗せてくれるにちがいないと。

         自転車をかついで自宅に向かうアントニオ           喜びあう二人

               

      アントニオはブル-ノ君を自転車に乗せ、意気揚々と自宅を出て息子をガソリンスタンドに降ろした。
     ブル-ノ君も、ガソリンスタンドでお手伝いしながら働いていたのだ。そして現場に行き、先輩からポスタ-
     の貼りかたの手ほどきをうけるが、初めてなのでシワができてなかなかうまくゆかない。

         ブル-ノ君を自転車に乗せて走るアントニオ    ポスタ-貼りの仕事をするアントニオ
      
               

       先輩が離れ、彼は梯子の上に乗りながら夢中でポスタ-貼りの仕事をつづけていた。自転車は下の壁に
     横倒しにして置いてある。その時、近くでうろつきながら自転車を盗ろうとしてスキを窺っていた少年が
     いた。自転車のそばには見張り役のような男もいる。少年はそろそろと近づき、パッと自転車に乗り
     猛スピ-ドで走りはじめた。瞬間アントニオは気づき
     「ワァ-、何をするんだ、コラ-!」と大きな声で叫んだ。そして梯子から降り、
     「ドロボ-、ドロボ-、誰か捕まえてくれ!」と言いながら少年を必死で追いかけて行く。

          自転車を盗られたことに気づくアントニオ       自転車を持ち去ろうとする少年

             

      逃げる少年、追いかけて行くアントニオ、しかし相手は自転車、その距離はどんどん離されていく。
     彼は走ってきた車を止めて跳び乗り、少年のうしろ姿を追跡して行くがトンネルの中で姿を見失ってしまう。
     やむなく車から降り、なおも探しつづけるが少年は見当たらない…茫然とするアントニオ。

           車に飛び乗り追跡してゆくアントニオ    少年の姿を見失い茫然とするアントニオ

             

      途方にくれたあげく警察に届けて捜索を願い出るが「質屋に出たら連絡をとるようにしておく。しかし
     「まあむつかしいだろう、自分で探すことだな」と冷たくあしらわれる。
      それでも諦めきれない彼は何とか探し出す手立てはないものかと友人に相談したところ、明日一緒に広場の
      市場に探しに行こうということになった。その市場には盗難車が売り出されることもあったからである。

      翌朝アントニオはブル-ノ君を連れて市場に向かう。彼は友人たちと店先に出されている自転車を一つ
     一つ見てまわるが、彼の自転車は見つからない。もしかしたら自転車はすでにバラバラにされているかも
     しれないと考え、フレ-ム、ペタル、車輪など手分けして探そうということになり、屋台、店先に置かれて
     いる部品をつぶさに見ていったところ、塗装されようとしていたフレ-ムを見つけた。
     店主が怒るのもかまわず自転車番号を調べたが、自分のものとは違っていた。ブル-ノ君は屋台の自転車
     部品を30分もいじくりまわし、とがめられる始末。
     
                   盗まれた自転車を探すアントニオとブル-ノ君

             

       アントニオもそこの市場はあきらめて友人の知り合いのタンクロ-リに乗せてもらい、次の市場で探すこと
      にした。ブル-ノ君も一緒についてくる。
      市場に着く頃から大雨になり、二人はドシャ降りの中をズブぬれになりながらを歩いて行く。彼はブル-ノ君
      と古びたビルの陰で雨宿りしながら周囲を見ていたところ、突然自分の自転車を盗んで逃げた少年の姿が
      眼に入った。まさしくあの少年にちがいない。老人と一緒である。少年は何か言いながら老人に札を手渡し
      ている様子。彼はつかつかと少年のそばに近寄って行った。

          自転車を盗んだと思われる少年と老人        少年を見つめるアントニオ

               

      少年はアントニオの顔を見て一瞬驚いたようにみえたが、すぐ老人から離れ自転車に跳び乗った。
     自転車は彼の自転車とは違っていた。アントニオは少年の自転車の後ろまで行き、
     「オイ、キミ、俺の自転車はどうした、どこにある!]
     [知らない、何のことかわからない」 
      と言うやいなや少年はスピ-ドを上げ走りはじめた。アントニオは「オイ、待て!待たんか!」と大声で
     叫び、ひどい雨の中を走りながら必死で追って行くが、まもなく少年の姿を見失ってしまう。
      
                   少年のあとを必死で追いかけてゆくアントニオ親子

               

      せっかく犯人を見つけたというのに、また逃げられてしまった…悄然としながらトボトボと歩いていると、
      教会の前であの老人に出会った。すぐに声をかけ少年のことについて聞いてみた。

     「先程話していた少年のことだが、彼は今どこに住んでいる?教えてくれないか」
     「少年のこと?ああ、アレか、初めて会った子だよ、道を聞かれただけだ、私の知らない子だよ」
     「ウソをつくな!先程少年からお金を受け取っていたではないか!」
     「お金?とんでもない、お前さん夢でも見ているのではないのか」
       と言いながら老人は教会の中に入っていったが、アントニオも追いかけてゆき老人の隣の椅子に座り、執拗
       に問いつめる。
     「俺はあの少年に自転車を盗まれたのだ、頼むホントのことを言っておくれ、少年の居所だけでもよい」
      「ヘンないいがかりをつけなさんな、私は何も知らない」
       老人は知らない、知らないの一点ばりだったがさらに激しく問いつめたところ、何とか少年が住んでいる街
       だけは聞き出すことができた。

                    老人に少年のことを問いつめるアントニオ

               

      ところが教会はミサの最中、あまりに大きい声が周囲のひんしゅくをかい、二人は係員から外に出て行く
     ように言われる。しかし教会の外に出ようとした時に再び係員に呼び止められ、眼を放したスキに老人に
     逃げられしまったのだ。教会の外に出て探してみたが、老人はどこにも居なかった。茫然とするアントニオ…。

      そのときブル-ノ君も一緒に探していたが、父親の顔を見上げ
     「パパがぼんやりしていたからだ、だから逃げられたんだ」と言った。父親の不手際を責めたのである。
     瞬間カットきたアントニオは
     「何を言うか、バカ!」いきなり息子のホッペをぶってしまった。ブル-ノ君は予期しない父親の一撃に
     ビックリした。大好きなパパにぶたれたのだ。ひどく悲しかった。悲しみが胸にこみあげてきた。そして
     泣きだした。

            父親にぶたれ泣きだすブル-ノ君       息子に責められ怒るアントニオ

               

      アントニオは息子をぶったことを後悔していたが、スネてしまったブル-ノ君は父親からどんどん離れ
     どこかへ 行ってしまった。息子の姿が見えなくなり、心配した彼は河岸のほうに探しに行った。そこでは
     多勢の子供たちが何やらワイワイやっていた。どうやらおぼれている子供を助け出そうとしているようだ。
     もしや、と彼は思った。しかし、運ばれてきた子供の顔をのぞき見て胸をなでおろした。息子ではなかった
     のである。

      ふと後ろをふりかえると、ブル-ノ君が高い石段の上に座ってこちらを見ているではないか!。
     アントニオはすぐ息子のところに駆けより、話しかけた。
     「くよくよしてもしかたがない、自転車のことを考えるのはもうよそう、これからおいしいものでも食べに
     行こう、どうだ、ブル-ノ!」
     「ワアッ!」一瞬ブル-ノ君の顔がほころぶ。どうやら機嫌をなおしてくれたようだ。
     「でも、お金だいじょうぶ?」
     「だいじょうぶだよ、そのくらいの金はあるさ」、アントニオはポケットからなけなしの札を出して見せた。

       ブル-ノ君はレストランに入って眼を丸くした。今まで見たこともない豪華なレストランだったのだ。

                   レストランで語りあうアントニオとブル-ノ君

               

      そこで食事していた客はみんなお金持ちに見えた。みなフルコ-スで食べている。アントニオは肩身の
     せまい思いだったが、ブル-ノ君は屈託がなかった。眼に触れるものがみな珍しい。ときどきパパが話し
     かけてくるが気もそぞろ、キョロキョロと辺りを見廻す。後ろの席にいる同じ年頃の子供が気になって
     しかたがない。食べながら何度もうしろを振り返る。バイオリン弾きのオジさんが、ブル-ノ君に顔を
     近づけおどけてみせる。思わず笑ってしまう。楽しくてしかたがない。

      アントニオはそんな息子の様子をみて嬉しかった。周りの者が食べているような豪華なものではなかった
     が、おいしそうに食べてくれている。
      しかし自転車のことは頭から離れない。彼はすっかり機嫌のよくなったブル-ノ君に話しかける。

     「おいしいか?ブル-ノ、もっと食べてもいいよ」
     「ウン、おいしい!、でもこれでいいよ」
       「ポスタ-貼りの仕事が続けられればもっと生活は楽になるんだ、ブル-ノは来年小学校だね、ランドセル
      も買ってあげるよ、シ-ツも買える、こんなおいしい食事もできる、そのためにはどうしても自転車が
      要るんだよ、だからゼッタイ諦めるわけにはいかないのだ、わかるかブル-ノ」
     「自転車を盗っていったドロボ-の居る所わかったの?」
     「ウン、住んでいる街だけはわかった、これから行こう、そうだ!その前に占い師のところを訪ねてみよう」

      よく妻が行っていたところだが、妻にはあれはペテン師だ、インチキだ、イカサマだ、などとさんざん
     コキおろしていた占い師のところである。ワラをもつかみたい思いだったのだろう。

                   自転車のことを占い師に尋ねるアントニオ

                

      ところが占い師からは、
     「すぐ見つかるか、出てこないかだ」と言われるだけ、何の役にもたたない、期待したものは何も得られ
     なかった。あとは老人から聞いた街を訪ねるだけだ、ウソかホントか判らないがそこに行ってみるしか
     ないのだ。

      二人は占い師のところを離れ、その街の方に歩いて行った。何とかあの少年を見つけたい、そして
     自転車を取り戻したい…そんな淡い期待を抱きながらその街角に来た時、偶然にもまたあの少年を
     見つけたのだ!。
      今度は自転車ではなく歩いていた。アントニオは足早に後をついて行き、少年の前に立ちはだかり
     いきなり少年の襟首をつかんだ。

            自転車を盗んだと思われる少年     少年の襟首つかみ問いつめるアントニオ

             

     「オイ、俺の自転車を盗んだのはお前だろう、どこにある、どこに隠した!」
     「どこの自転車だよ、知らないよ、しつこいぞ」
     「こいつ殺されたいのか、白状しろ!」
     「ボクが何をしたというんだ、何を見たというんだよ!
     「俺はお前が自転車を盗って逃げたところを見ていた、たしかにお前だ、お前に間違いない!」
     「そんなに言うのなら証拠でもあるのか!」、 二人がもみあっていたところ、
     「なんだ、なんだ、どうしたんだ!」、
      とワイワイ言いながら大勢の街の人たちが集まってきた。少年は万人の味方を得て  
     「この男がいいがかりをつけているのだ、ボクは何もしていないのに・・・、苦しいその手を放せ!」
     「黙れ、また逃げる気か!」
        と言いながらグイグイ少年の首を締めあげようとした時、突然少年が倒れてしまった。テンカン発作を
      起こしたようである。少年は周囲の人に抱きかかえられ、その場に寝かせられた。
      今度は周りの人が騒ぎはじめた。
     「罪もないのに犯人扱いするな、この男は気ちがいだ、こいつのためにこの子は死にかけている!」
      と口ぐちに罵声を浴びせかけてきた。そしてアントニオに掴みかかろうとする者もいた。さらにサングラス
      の男が彼にに近よってきて、
     「証拠もないのにいいがかりをつけるな!帰ったほうが身のためだ」とスゴまれる。

             アントニオに罵声を浴びせる群衆       アントニオに凄むサングラスの男

                 

      その時警官がやってきた。父親がみんなからモミクチャにされているのを見たブル-ノ君が、機転を
     きかして呼んできたのだ。アントニオは警官に事情を話し、一緒に少年の家に立ち入れさせてもらうこと
     にした。
      しかし自転車はおろか証拠らしいものは何も見つからなかった。部屋を見たあと警官に、
     「ここでは仲間が都合のいい証言をするだけだ、貴方は少年が自転車を盗んで逃げたというが、後ろ姿を
     見ただけで証人がいない、盗品も見つからなかった、これでは調べようがない、あきらめるしかないだろう」
      と説得される。

          少年の家を見てまわるアントニオと警官       アントニオを説得する警官

                 

      二人は群衆から激しくなじられながら、追い立てられるようにして街を出ていった。
      これで最後の望みは断たれてしまったのか…これで手がかりはすべて失くしてしまったのか…
      悄然と肩を落として歩いて行くアントニオ…その父親の顔を心配そうに見上げるブル-ノ君…。

      トボトボとあてもなく歩いて行くとサッカ-スタジアムの前に出た。疲れはてた二人はそこで座り
      込んでしまう。
       眼の前には観客が乗ってきた何百台もの自転車が置かれていた。のどから手がでるほど欲しい自転車だ。
      うしろをふり向くと、人気のないビルの壁に一台の自転車が立てかけてある。何としてもほしい…いや
      やめとこう。しかしあきらめきれない…。
      彼は胸の良心と何か葛藤しているように見えたが、ついにある事を決心したらしく、ブル-ノ君に
     何がしかの金を渡し、「用事を思いついたから先に電車で帰っていろ」と言う。

      ブル-ノ君の姿が見えなくなると、自転車が止めてあるビルのほうに恐る恐る近づいて行った。そして
     辺りを見廻し人気のないことを確かめてから、パット自転車に跳び乗った。と同時に猛スピ-ドで走り
     はじめたが、すぐに気づかれ数人の男に追いかけられる羽目になる。

                    自転車を奪って逃げるアントニオと追いかける男たち

                   

      追いかけていく男たちの人数も、「ドロボ-!、自転車ドロボ-!」と言う声でだんだん増えていく。
     彼は必死で逃げきろうとしたが、ついに取り押さえられてしまった。そして地面にころがされ袋だたきに
     あう。
      その様子を電車に乗ろうとしていたブル-ノ君が見ていたのだ。ビックリした、パパが自転車を奪って
     逃げていくではないか!。

              逃げてゆくアントニオ          その様子を見ているブル-ノ君

               

     「パパどうしたの、パパ、パパ!」、ブル-ノ君は泣きながら父親とところに駆け寄っていき、取り囲んで
     いる男たちにとりすがり中に入ろうとした。パパを助けたかったのである。

           男たちにとがめられるアントニオ       泣きながらとりすがるブル-ノ君

               

      男たちは「警察に突き出してやろうか、」などとワイワイやっていたが、そこに自転車の持ち主が現れた。
      彼はそばで泣いていたブル-ノ君をじっと見つめていたが、何か感じたのかもしれない、
     「今回は見逃してやる」と言った。

      解放されたアントニオだったが、やりきれない気持だった、あの少年と同じことをやってしまったのだ…。
      つらい、悲しい、苦しい、そして何よりも恥ずかしかった。息子に現場を見られたのだ…。
      絶望的な気持が胸の中でうずまいていた、これからの生活を考えると苦しい思いが胸を突き上げていた。

      そんな父親の表情を見上げていたブル-ノ君は、そっと帽子を差し出した。それは男たちから取り押さえ
     られ落ちたときに拾っていたパパの帽子だった。そしてパパの手を握った。さらに強く握りしめた。パパも
     握りかえしてくれた。そのとき、パパの眼から涙がこぼれ落ちるのが見えた。

      今世界中で父親の気持をいちばん理解しているのは、おそらくブル-ノ君だけだろう…そうにちがいない、
      パパは悪いことをしたかもしれないが、でもしかたがなかったのだ…。

          涙ぐみ悲しそうな表情で歩くアントニオ       父親の手を握るブル-ノ君

               

      親子は手を握り合ったまま、暮れようとしている街の雑踏の中をトボトボと歩いて行く。二人の黒い
     うしろ姿の影がこの映画を象徴するかのように映しだされ、FINEの字幕が出る。

      この作品は1948年に公開されたイタリア映画。日本でいえば終戦から間もない昭和23年。当時の
     日本の社会はイタリアのそれと重なり合う。イタリアも日本も敗戦国。終戦直後は食糧難にあえぎながら、
     みな貧しい生活を強いられていた。私は当時ブル-ノ君と同じ年頃だったが、その頃の生活の苦しさは
     よく覚えている。そうした意味では、この映画はどこか郷愁を感じ共感を呼ぶ。

      私は島根県の田舎生まれだが、当時自転車をもつ家は少なく、私の家にも自転車はなかった。
     ただ10歳年上の次兄はそのころ郵便局に勤めはじめ、電報配達で赤い自転車を乗り回していた。自転車が
     仕事用に使わていた時代である。私が自転車をもつようになったのは高校3年生のとき、兄が使っていた
     古い自転車を通学用にもらったものだが、とても嬉しかったことを覚えている。
      
      この映画は当時のイタリアの一庶民の小さな事件をとりあげて、戦後の貧困にあえぐイタリア社会を
     リアルに描きだしている。テンポよく展開されるドキュメンタリ-風な画面に惹かれる。
      自分の自転車を盗んだ少年と同じことをしてしまうアントニオだが、人間は貧しさにあえぎ追いつめ
     られたときには、衝動的にこうした心理状態になってしまうものだ。それは当時のイタリアで普通に
     見られるような情景であったかもしれない。

      すべての映画に共通するものだが、とくにこの映画は最後まで見終わってからそのよさが解る。胸を
     うつのである。
      ブル-ノ君が父親の手を強く握りしめるラストシ-ンが、このドラマを感動的なものにしている。
     父親もブル-ノ君の手に救われたにちがいない。その手が、絶望していた彼の胸にほのかな灯りを当てた
     のだ。

      この作品は1948年、アカデミ-外国語映画賞を受賞したイタリア映画の秀作である。

        監 督  ヴィットリオ・デ・シ-カ

       キャスト 役  名                俳  優

            アントニオ      ランベルト・マジョラ-ニ
            ブル-ノ       エンツォ・スタヨ-ラ
            マリア(妻)      リアネ-ラ・カレル


                                        2013.10.29 記


                 映画 「鉄道員」

                     末っ子サンドロ君を抱き上げるマルコッチ

              

        映画 「鉄道員」の舞台は1956年イタリアのロ-マ。

      鉄道機関士マルコッチの末っ子サンドロ君は、特急列車を運転しているパパが誇らしかった。
     クリスマスイブの日、サンドロ君が駅に出迎えに行ったところ、マルコッチは
     「こりゃ驚いた!」と言いながら息子を高々と抱き上げた。サンドロ君は嬉しくなり
     「ボク、パパのような運転手になりたい!」と言うと、
     「そうか、お前はR48号の機関士の息子だよ」と頬ずりしながらまた息子を抱きしめた。マルコッチは、
     遅くに生まれたこの子が可愛くてしかたがなかったのだ。
     
                   サンドロ君に話しかけ抱きしめるマルコッチ

               

      自宅に向かう途中、サンドラ君が話しかけた。
     「今日はリベラ-ニさんも連れてきてね、とママが言っていたよ」
      「せっかくだがクリスマスだから遠慮しとくよ」とリベラ-ニが断ると
     「よせよ、今さら遠慮するな、俺の家で一杯やろう」とマルコッチが半ば強引に誘った。リベラ-ニは
      マルコッチの同僚、無二の親友でもある。

      サンドラ君はそんな話を聞いていたが、いつものウ-ゴさんの店の前を通りかかると二人は急に気が
     変わったらしく、
     「まだ早い、少しやっていくか」ということになり、パパとリベラ-ニさんは店の中に入って行った。
      ボクは家に帰ってそのことをママに伝えると、
     「今日はジュリアとレナ-ドが来ているのよ、迎えに行って来なさい」と言われたので、またウ-ゴさんの
      店に行った。ジュリアはマルコッチの長女、レナ-ドは食料品屋の息子である。

           マルコッチのギタ-で唄う仲間たち      その様子をそばで見つめるサンドロ君

             

      店に入ると、みんなパパのギタ-で合唱しながら楽しそうにしていた。パパに
     「家に姉さんとレナ-ドさんが来ているよ」と言ったが、パパは
     「いいんだ、いいんだ」と片目でウインクしただけだった。そのうちボクも楽しくなり、家に帰るのも
      忘れてみんなと一緒に唄った。
      そして閉店になりパパと一緒に帰ってみたが、家には誰もいなかった。テ-ブルの上にあったママの
      置き手紙を読んでみると、みなレナ-ドさんの家に行っているということだった。ボクは酔い潰れて寝て
      しまったパパをおいてレナ-ドさんの家に走って行ったところ、苦しそうに声を上げている姉さんの声が
      聞こえた。
      実はジュリアは妊娠していたのだ。しかし父親のマルコッチは、ついこの間まで何も知らなかった。

                      ジュリアを問いつめるマルコッチ

             

      ある日の夕食時、ジュリアの様子がどうもおかしい。あまり食べない、時々吐くようなしぐさをする。

     「どうしたんだ、ジュリア、何かあったのか?」
     「なんでもない、ちょっと気分が悪いだけ」、ジュリアは下を向いたままそれ以上話そうとしない。
     「どこか身体でも悪いのか、正直に言いなさい」、マルコッチは問いつめていく。見かねた母親のサラが
     「実はジュリアは妊娠しているのです」と言った。それを聞いた瞬間マルコッチは烈火のごとく怒った。
     そして
     「バカもの!、相手は誰だ!」、娘を怒鳴りつけた。今まで何も知らされていなかったことにも腹を立て
     ていたのである。険悪な雰囲気になった。サンドロ君はサラから
     「あっちへ行ってなさい」と言われる。
     「言ってどうなるの!」なおも彼女は抵抗していたが、ついに交際していた男の名前を白状させられた。
     なおも激しく問いつめてくる父親に耐えられなかったのである。相手は食料品屋の息子レナ-ドだった。
     相手の名前を知ったマルコッチは、サラが止めるのも聞かず
     「やっつけてやる!」と大声で叫びながら家を飛び出して行ったが…。

       そんな父親だったが、”結婚する”ということで娘を許してやった。結婚式には愛用のギタ-を弾いて
     祝福した。

           結婚式を挙げるジュリアとレナ-ド      娘夫婦を祝うマルコッチと母親のサラ

               

      娘は死産だった…サンドラ君は
     ”そうなんだ、姉さんの赤ちゃんは死んで生まれたんだ”と思った。
     ”人間はいつか死ぬんだろうか、パパもママも?”…そんなことを学校へ行ってもぼんやりと考えるように
      なった。

      マルコッチは娘の出産の日、酒を飲んで遅く帰ってきたのである。そして娘の死産を知らされたのだ。
     ”あの日、俺が早く帰っていれば…酒を一杯だけにしておけば…”と悔い悩んだ。
      その後自分の50歳の誕生日に娘夫婦がやってきたが、どうも雰囲気がおかしかった。ワインを勧めても
     飲まないというのだ。いくら勧めても受けてくれなかった。俺の誕生日だというのにどうしたというの
     だろう…。ついに業を煮やして
     「俺は50歳になった。だから今日は50杯飲んでやる!」と、わめきたててやった。

           娘夫婦にワインを勧めるマルコッチ         マルコッチが運転する特急列車

             

      そんなことがあった翌日、親友のリベラ-ニと列車を走らせていたが、なかなかそのことが頭から
     離れない。彼がさかんに何か話しかけてくるが、うわのそら、耳に入らない。そんな時ふと前方を見ると
     線路の中に人が入っているのに気づいた。とっさに相棒のリベラ-ニに
     「急ブレ-キだ!線路に人が いる!」大声で指示したが…間に合わなかった。人を轢いてしまったのだ。

             運転しながら思い悩むマルコッチ          特急列車の前に立つ男

               

      マルコッチはショックだった。急カ-ブだったとはいえもうすこし早く気づいていれば…つまらない
     ことを考えていたからだ…自分を責めた。その様子をみていたリベラ-ニは
     「自分を責めるな…何歳位の男だった?」
     「30歳にもなっていないだろう…」と言ったが、もうすこし若かったかもしれない。長男のマルチェロと
     同じ位の年頃かもしれない、そんな若い子が自殺するとは…マルコッチは仕事もしないで家でぶらぶら
     している長男のことが頭に浮かんだ。そして、あのぐうたらめ、いや、もう少しやさしくしてやったほうが…
     と考えた。

      運転席から降りてみると、列車の後方に大勢の人だかりがしていた。やがて車掌がやってきて
     「どんな状況だったのだ?」
     「男が線路内で立ちはだかったまま動かなかった…間に合わなかった、急カ-ブだったからな」
     「10分後に出発だ」車掌はそれだけ言うと、また後方に走って行った。
      
       再び列車を走らせていたが、気が重かった。リベラ-ニは 
     「しかたがなかったんだよ」と慰めてくれたが気持はおさまらない、”俺としたことが何ということだ”…
     そんなことを考えていた時、前方から列車が走って来た。
      しかしまだマルコッチは気づいていない。リベラ-ニの
     「マルコッチ!、赤信号だ!」の声に初めて我に返った。
     あわてて急ブレ-キ。列車はけたたましい音をたて、切り替え線の手前で止まった。かろうじて衝突は
     避けられたのである。

                列車の衝突を避け安堵する二人         かろうじて衝突を避けた列車

               

      二人は国鉄当局から血圧、眼底、視力などの健康診断を受けるよう指示される。そして特急列車から
     外され、構内のボロ機関車の運転に回された。結果的には過失をとがめられての左遷だった。それからの
     マルコッチは酒に溺れるようになる。

      病院では
     「俺はどこも悪くない、この検査は何のためだ」と言ってやった。そのあと呼びつけられ、構内の機関 区に
     移れということになった。俺は30余年一生懸命働いて特急列車の機関士になった。ところが結局のところ
     この有様だ。これでは新米機関士と同じではないか!…彼はどこにももってゆけない憤りを、一人酒で
     晴らしていた。それでも仕事だけは真面目に勤めた。

               構内の蒸気機関車            機関車で働くマルコッチ

               

      その日サンドロ君もパパと一緒に病院に行ったが、パパに何か大変なことが…と心配した。
     「パパどこか悪いの?」と尋ねたかったが、怖い顔していたので聞けなかった。病院でリベラ-ニさんに
     会ったので「オジさんもどこか悪いの」と聞くと、
     「何でもない、パパも大丈夫だ。呼び出しがあったから来ただけだ。みんな書類の山の中に埋まって頭が
     やられているんだよ」と言いながらニコニコしていたので安心した。

         病室に入っていくパパを心配するサンドロ君      サンドロ君をなだめるリベラ-ニ

                   

      そうした時期、妻のサラは娘の夫レナ-ドから夫婦仲がうまくいってないことを打ち明けられる。
     さらにその晩、娘のジュリアからも電話で悩みを相談されるが、サラは
     「ダメ行けないわ、人は変わるものよ、私だって父さんに何度手を振り上げられたことか…その度に
      父さんを憎いと思ったわ…でも時間が経つと忘れるものよ、そのうちいいことだってあるでしょ、もう
      すこし辛抱しなさい」と言って娘をやさしく慰める。

                       電話で話すサラとジュリア

             

      給料日、マルコッチが出納係から給料を受け取ったとき、いつもより少ないのに気づいた。間違いでは
     ないかと明細書をもらい確認してみたが、その通りだった。まさしく給料は減額されていたのである。
      マルコッチは、ストライキを計画中の労働組合にその憤懣をぶちまけてみたが、誰も聞き入れてくれる
     者はいなかった。
      彼の酒の量はますます多くなっていく。ウ-ゴの店で荒れている彼を心配した妻のサラが迎えに行っても、
     頑として帰ろうとしない。リベラ-ニからは
     「奥さん、ほっといたほうがいいですよ」と言われる。しかしサンドロ君が行くと相好をくずす。

             ウ-ゴの店で酒を飲むマルコッチ       パパを迎えに来たサンドロ君

             

      家では仕事に就かず、いつも近所のゲ-ムセンタ-で遊んでいた長男のマルチェロが、かけごとの
     金でも借りていたのだろう、ある日数人の男がその催促にやってきて、彼に激しくつめよっていた。
     困ってしまったマルチェロは、ひそかに母親の首飾りを売ろうとするが、見つかってしまう。しかし
     厳格な父親でなくてよかった。マルコッチは長男を
     「このぐうたらめ、情けないやつだ」と思っているからだ。見つかったらそれこそ
     「出て行け!」と言われかねない。母親のサラも叱りつけるが、何度も泣きつかれる息子に負けてしまう。

             首飾りを取り出すマルチェロ          マルチェロを叱るサラ

             

      ある日、サンドロ君は姉さんが路上で知らない男の人と話をしているのを見た。弟に見られて驚いた
     姉さんが
     「あの人昔の知り合いなの、でも誰にも言わないでね」と言ったので、ボクはヘンなやつだな、と思ったが、
     姉さんとの約束を守ることにした。でもその何日か経ったあと、多勢の友達とパチンコで遊んでいたとき、
     また姉さんとあの男に会ったのだ。今度は車の中で、男が姉さんにつめよっている感じだった。姉さんは
     ボクに気づいてあわてて車から出てきて、
     「今日のこと言ってはダメよ」と口止めされた。姉さんは大好きだが、あの男は嫌いだった。だから姉さん
     が遠くへ行ったあと、パチンコの石でアイツの車の後窓めがけてを打ってやったんだ。そうしたら窓ガラス
     がコナゴナに壊れてしまったのだ。

          車の中で話すジュリアとかっての友達        パチンコで車の後窓めがけて打つサンドロ君

               

      そばで見ていたオジさんが大声で”コラァッ!待て!”と言いながら追いかけてきたので、ボクは走って
     逃げたがすぐ捕まってしまい警察に連れて行かれた。パパが迎えに来た時警官が
     「マルコッチさんだね、何とこの子はガンコなんだ、何を聞いても一切しゃべらないのだ、俺は今まで
     大勢の犯罪者を見てきたが、こんな子は初めてだよ」と言った。でもボクは姉さんとの約束を守りた
     かったんだ。パパは
     「そうですか、大変ご迷惑をおかけしました、よく言って聞かせますから」と言っていたが、そんなに
     怒っている風でもなかったので少し安心した。でも玄関を出たところでパパがタバコに火をつけたと思った
     瞬間、いきなり パパの大きな手が飛んできたので、とっさに身をかわした。

           警察で取り調べをうけるサンドロ君        パパの手が飛んできた瞬間

               

      そのあとボクは恐る恐るパパのあとについて行ったが、家の階段を上るときパパがうしろを振り返り、
     「サンドロ、石をぶっつけたのは確かに悪いことだが、どうしてそんなことをしたのか聞きたい」とじっと
     ボクの顔を見ながら尋ねた。パパの顔がすこしやさしくなったのでホントのことを言おうとしたが、姉さん
     との約束があるので黙っていた。
     「黙っていては分らない、もう少しこっちにこい、話し合おう、ホントのこと正直に言ってごらん、」
     「男と男で?」
     「そうだ、ジュリアとパパの話し合いだ」
     「アイツ、ボク嫌いだったんだ」
     「アイツとは誰のことだ」、パパの眼が厳しくなってきたので怖くなり、ついに姉さんとの約束を破って
     しまった。
     「姉さんと話していた男の人、…車の中で…ヘンな感じだった」
     「ナニ!」言ったかと思うと、パパは血相を変えて階段を駆け上がり部屋の中に入っていった。
     マルコッチは今日ジュリアと階段のところで出会い、彼女が家に来ていることを知っていたのだ。ボクも
     急いで駈け上がり部屋のドアを開けたところ…。

           娘ジュリアを殴りつけるマルコッチ     息子マルチェロを殴ろうとするマルコッチ

               

      パパは「この恥知らず!」と大声で叫びながら姉さんを殴っていた。姉さんが口応えするたびにパパの
     平手打ちが飛んでいた。何度も何度も…。姉さんが可哀そう、ボクが姉さんとの約束を破ったからなんだ、
     でもどうしてあんなに怒るんだろう、パパは姉さんが結婚しているのに、他の男とつきあっていたのが
     許せなかったのかな…。
     姉さんは泣き叫びながら
     「パパのせいよ、パパは私が18になるまで自由にさせてくれなかった!そして好きでもない男と
     結婚させて!」と言っていた。
       姉さんはレナ-ドが好きではなかったのかな?…ボクは姉さんを助けたかった。そうだ、近所にいる
     兄さんを呼びに行こう、そしてパパを止めてもらおう…。
       ボクと兄さんが部屋に帰ってきたとき、二人の仲裁に入っていたママが突き飛ばされ床に倒されかけ
     ていた。
      驚いた兄さんが、
     「ママに手を出すな!」と言いながらパパに掴みかかっていったがすぐに押し返され、パパは拳を振り
     上げようとした。でも思い留まり手は途中で止まっていた。
      泣いていた姉さんは
     「もうたくさん、私メイドか何かする!、誰の顔も見たくない!」と言った。大きな息をしていたパパは、
     ほどなく
     「出て行け!二人ともだ!」と怒鳴った。ママが止めたが姉さんも兄さんも家を飛び出して行った。
     ボクは悲しかった。あとで姉さんに謝ろうと思った。

      マルコッチの仕事の帰りは遅くなっていた。サラは、深夜夫が階段を上がってくる音を聞いて、ドアの
     内側まで行くこともあったが、思いなおしてまたベッドに戻った。夫のうしろ姿は寂しそうだった。
     でもしばらくそっとしておくほうがよいと思った。夫はいつか子供たちと仲直りしてくれるにちがいない。
     厳格で曲がったことは大嫌いだが、心温かいところもある夫だから…そんなことを思いながら…。

            深夜自宅のドアを開けるマルコッチ          ドアの内側で…サラ

               

      労働組合はストライキ中だった。組合員たちは夜遅く駅舎の一角に集まっていたが、リベラ-ニは
     先程までいたマルコッチがいないのに気づいた。何かヘンな予感がした。リベラ-ニが探したところ、
     ホ-ムの遙か遠く一人で歩いて行くマルコッチの姿が見えた。彼は今まさに特急列車の機関車に乗ろう
     としていたのだ。
      リベラ-ニは彼に声をかけた。
     「オイ、やめろ、ストライキ中だ!」
     「分かっている、大勢の客が発車を待っている。運転手がいない、俺が運転する」
     「バカな!だからストライキをするのだ、組合の言うことがきけないのか、処罰されてもいいのか!」
     「組合は俺の言うことも取り上げてくれなかった、ミラノまで行ってくる、それでは」と言ってマルコッチ
     は列車を動かし始めた。
     「オイ、待て、待たんか!」、リベラ-ニが必死で止めるのもきかず、マルコッチが運転するミラノ行きの
     特急列車は駅を離れた。茫然とするリベラ-ニ…。

         ミラノ行きの特急列車を運転するマルコッチ  スト破りと書かれた落書きを見るサンドロ君

               

      何日か経ったあとサンドロ君は家の階段下の壁に
     「マルコッチのスト破り」と書かれた落書きを見た。「スト破り?」何のことだろう、ボクはその意味が
     分からなかった。気になってしかたがない。近くを歩いていたリベラ-ニさんに聞いてみたが、
     「なんでもないよ、それより今度買ったスク-タ-を見せてやろうか、運転するのはこうだ、
      ブッ、ブッ、ブッ、早いぞ」と言うだけで、ボクの質問には答えてくれなかった。仕事に出かけていく
     パパにも聞いてみた。パパはチラッと落書きを見ただけで
      「サンドロにはまだ分からない」と言っただけで、難しい顔をして足早に遠くへ行ってしまった。

       マルコッチは駅方面に行く路面電車のほうに歩いて行った。そこには酒飲み友達や顔見知りの
     男たちが大勢集まっていたが、彼が来るとみなソッポを向き、冷たい顔を見せるようになっていた。
     気まずい雰囲気が流れ、誰も彼に話しかける者はいなくなっていたのである。
     「マルコッチはスト破り、あいつは裏切り者だ」と陰口をたたかれていたのだ。彼はそんな雰囲気を感じ
     ると仕事に行く気がしなくなっていた。職場に行っても誰も話すやつはいない、気まずい思いをするだけ
     だ。彼はしばらく考えていたが、電車に乗るのはやめて酒場のほうに足を向けた。そして家にも帰らなく
     なったのである。

          冷たい眼でマルコッチを見る人たち        場末の酒場で飲むマルコッチ

               

      パパが家に帰らなくなって何日か経ったある日、ボクはパパの居る所を知りたいと思ってパパがよく
     行っていたウ-ゴさんの店を訪ねた。そこにパパはいなかったが、リベラ-ニさんが一緒にに探してくれる
     ことになった。
      リベラ-ニさんが言うには 「ワインのうまい店がある、そこに居るかもしれない」、ということだった
     のでその店に行ったが、そこにはいなかった。でもリベラ-ニさんが、
     「白髪で身体のガッシリした男だ」と尋ねたところ、店のオジサンは 
     「その男ならあそこにいるかもしれない」と教えてくれたのでその店に行ってみた。
     そこは裏町通りのゴミゴミしたところにあった。リベラ-ニさんに抱きあげてもらい窓から店の中をのぞく
     と、店のオバさんを相手にワインを飲んでいるパパが見えた。でもどこか寂しそうだった…店のなかには
     入らなかった。リベラ-ニさんが
     「まだそっとしておこう」と言ったので…。

      先日姉さんに出会った。レナ-ドさんに頼まれ、姉さんの荷物を届けに行ったのだ。姉さんは
     クリ-ニング屋で働いていた。レナ-ドさんとは別居していたが、仕事場は教えていたのだろう。

             サンドロ君を抱きしめるジュリア         弟に話しかけるジュリア

               

      姉さんはボクの顔を見ると、ひどく喜んでボクを抱きしめてくれた。
     「コレ姉さんの荷物、レナ-ドさんから頼まれたから」、そして
     「ボク、姉さんのことずっと心配してたんだ、姉さんとの約束破ってしまって…怒ってる?」と言った。
     「怒ってなんかいないわ、ジュリアは何も心配しなくていいの…それより家の様子はどう?」
     「パパも家に帰らなくなったんだ、今ママと二人」
     「まあ…」ジュリアは父のことが嫌いだったが、何か仕事のことで思い悩んでいるのかしら…と思いやった。
      そして 母のことも気になった。あのやさしい母のことだ、いろいろと心配しているにちがいない、父の
     こと、私のこと、マルチェルのこと…。
     「サンドロは勉強して、ママに心配かけないことよ…わたし、今ここで働いているけど…それが正しいと
     思っているから…これからも自分の信じる道を行くつもり…。

      その他にも姉さんはいろいろと話してくれたが、難しくてよく解らないところもあった。それで、
     夜ママのベッドに入って、今日姉さんから聞いたことを話した。

                        ベッドで話すサラとサンドロ君

               

     「それでジュリアは元気にしていたの?」ママが尋ねた。
     「うん、落ち着いていた。帰るときにはまたおいで、と言って見送ってくれたよ」、そう言うとママは
      すこし嬉しそうな顔をした。そして姉さんが話していたことで質問すると、
     「サンドロはいま分からなくていいの、大人になったら分かるようになるわ」
     「ボクはいま分かりたいんだ、姉さんも兄さんも、パパも家に帰らない、みな怒っているの?」
     「一緒に住んでいても、ろくに話しもしないとお互いの気持が通わず、ちょっとしたことでもいがみ合う
      のよ…自分が正しいと思ったことが通らないと、それが憤りや恨みとなって胸に積り重なり、最後には
      つまらないことで衝突するようになるの、いつかのように…話し合えば済むことを…そして知らない間に
      孤立していく…。
     「じゃ、みなウソを言ったの?、パパも、姉さんも、兄さんも幸せなのかな?」
     「幸せなはずがないわ、だって家族がみなバラバラになってしまって…」ママは背を向けて泣きはじめた。
      ボクは
     「ママ、泣かないで、泣いちゃいやだ」と言ってママにすがった。ママが可哀そうだった。

      パパは街の外れの古びた家に居た。ボクが訪ねて行くと、
     「オウッ!、よく来たサンドロ!、お前と話しがしたいと思っていたのだ、もう少しこっちに来い!」
      パパは嬉しそうにボクを迎えてくれた。

                      パパを訪ねていったサンドロ君

             

      そしてワイングラスを差しだし
     「サンドロも飲むか」と言った。ボクは少しためらったが、パパの嬉しそうな顔を見て注いでもらった。
     「サンドロ、カンパイ!」
     「パパ、カンパイ!」互いにグラスをもちあげ乾杯した。
     「どうだ、家の様子は、ママは元気か?」
     「ウン、元気だけどパパのこと心配してた、姉さんのことも、兄さんのことも」
     「そうか、サラには随分心配かけてしまったな」
     「この間、姉さんに会ってきたよ、クリ-ニング屋で働いていた」
     「元気にしていたか?」
     「ウン、自分の信じる道を行く、と言ってたよ」
     「自分の信じる道?、ジュリアがそんなことを言っていたのか…ウ~ン…実はパパも自分で正しいことを
      してきたと思っていた、しかし今はみな俺から離れていってしまった。ジュリアもマルチェリも、そして
      仲間たちも…。落書きにスト破りとあったが、自分だけは特別だと思っていた、許されると思っていた…
      どうやら俺は間違っていたのかもしれない。」
     「リベラ-ニさんはスト破りしなかったの?」
     「ウン、あいつはしなかった、俺を止めたぐらいだからな」
     「ウ-マさんの店には行ってないの?」
     「ウン、何度行ってあそこのドアを開けようと思ったが、行けなかった。みんなには会いたかったが、
      冷たい眼で見られ気まずい思いをするだけだと思ったからだ。…しかし行ってみるか…そうだサンドロ
      行ってみよう!これからウ-マの店に」

               ウ-マの店のドアを開けた瞬間      マルコッチを見つめるウ-マと仲間

                

      マルコッチがそのドアを開けた瞬間、中にいた客の眼がいっせいに彼のほうに向けられた。
     賑やかだった店内が水をうったように静かになった。短い沈黙の時間が流れた。その沈黙を破るかのように
     最初に口を開いたのは店主のウ-ゴだった。
     「ヨウッ、マルコッチいいところに来た!今日はいい酒が入っているんだ、遠慮せずにこっちに入ってこい」
     その親しみをこめた呼びかけで、緊張した空気がいっぺんにとれた。和やかな雰囲気になった。そして
     ウ-ゴは
     「今日は俺のオゴリだ、みんなで愉快にやろう」と言って彼に酒を注いだ。
     仲間たちも
     「マルコッチ久しぶりだな、会いたかったよ」と言う者や、中には
     「待っていたんだよ」と言って握手を求めてくる者までいた。そして昔のようにマルコッチのギタ-で唄い
     はじめた。
     ♪♪パ-マをかけたね、中尉さんの金で…♪♪…マルコッチは嬉しかった。昔の仲間が戻ってきたのだ。

                ウ-ゴの店で飲みながら陽気に唄うマルコッチと仲間たち

             

      仲間たちは飲みながら深夜まで唄いつづけた。マルコッチも久しぶりに味わう楽しい酒だった。仲間たち
     が温かく迎えてくれた喜びに浸っていた。
     ところが、それまで機嫌よくギタ-を弾いていたマルコッチが突然倒れた。彼は身体を病んでいたのである。

      レナ-ドはまだジュリアを愛していた。何度も彼女の仕事場に行こうとしては思いなおした。しかしある日、
     意を決して彼女に会いに行くことにした。深夜、彼女が仕事を終えてやって来るのを待っていたが…。

                  通り過ぎようとするジュリアに話しかけるレナ-ド

             

       ジュリアはレナ-ドがいることに気づき一瞬ハットして立ち止まりかけたが、そのまま通り過ぎようと
     した。
     その時、レナ-ドが彼女に話しかけた。
     「ジュリア帰ってきてくれないか、僕はまだ君を愛している。君を忘れることができないのだ」、
     ジュリアは黙っていたが、まだ自分に想いをよせてくれている彼に心が揺れた…。

      サラはジュリアに手紙を書いていた。
     「パパが倒れて3ヶ月が経ちました。ようやく退院して帰ってきたわ。大分よくなってけど気が弱くなった
     みたい。ときどき貴方のことを口にすることもあるのよ。今日はクリスマス、そうそう、先程リベラ-ニ
     さんがマルチェロを連れてきた時には、パパビックリしていたけどすぐにマルチェロを抱きしめたの。
     そしたらリベラ-ニさんが
     ”こりゃ、一本あけなくちゃ”と言っていたわ。私も嬉しくて涙が出そうになった。貴方もいちど顔を見せて
     くれるといいのに…」。

         長男を連れてきたことを告げるリベラ-ニ      長男を抱きしめるマルコッチ

               

      マルコッチは機嫌がよかった。妻のサラには
     「今日はうまいもんが食べたい、病人食はダメだ」と言った。その夜、リベラ-ニや多勢の仲間たちが
     やってきてクリスマスパ-ティが開かれた。宴は盛り上がり、互いにメリ-クリスマスと言いながら
     マルコッチのギタ-で唄い踊りはじめた。

                        恋人と踊るマルチェロ

              

      マルコッチがギタ-を弾きながら陽気にやっていると、知らない娘がマルチェロと踊っている姿が眼に
     入った。なかなかいい娘だ。彼はもしかしたらと思い周りの人に指さしながら、
     「あそこで、そう、若い娘だ、マルチェロと踊っているのは誰だろう?」と聞くと
     「彼女はマルチェロの恋人らしいです」と誰かが言った。
     「あいつめ、いつの間に…よし結婚式には大いに祝ってやろう…」と思った。彼は嬉しかった。目がしらが
     熱くなった。妻のサラも、炊事場から温かい目で彼女と息子の踊りを見守っていた。

           楽しそうにギタ-を弾くマルコッチ     息子たちの踊りを温かい眼で見るサラ

             

      宴半ばになったところで電話が鳴った。サラがすぐ電話口に出ていったが、マルコッチはもしかしたら
     と思った。サラのあとについて行くと、やはり電話はジュリアからだった。彼は静かに受話器を耳にあて、
     一瞬なにを言おうか考えた。
     「ジュリア、俺だ、元気かい?」
      ジュリアです、パパ、よくなったの、大丈夫なの?…私いまレナ-ドの家からです。パパに心配かけ
     ましたが 彼の家に帰ってきました。いろいろあったけど、これから二人で話し合い何とかやっていこうと
     思っています。
     「そうか、そうか、それは良かった…いま家で仲間とクリスマスパ-ティをやっているところだ…すこし
      遅いがこれからでもよい、ジュリアも来ないか?」
     「今日は無理だけど改めて行くわ、必ず行くから、パパ身体に気をつけてね…」
     「俺は大丈夫だ、ジュリアこそ身体を大事にするんだ、そしていい家庭をつくるんだ…ジュリアが来るのを
      楽しみにしている…」。マルコッチが初めて娘にかけてやる、やさしい言葉だった。

        娘からの電話に何を言おうか考えるマルコッチ     娘と電話で話すマルコッチ

               

      パ-ティ-が終わるとマルコッチとサラは玄関でみなが帰っていくのを見送っていた。最後にマルチェロ
     と彼の恋人が出てきて階段を降りていったとき、マルコッチが
     「おいマルチェロ待て、外は寒いだろう、これをもってゆけ」と言いながら自分が巻いていたマフラ-を
     ポンと投げてやった。マルチェロはそれを受けとめ自分の首に巻きながら、
     「ありがとう、パパおやすみ」…彼の眼にはキラリと涙が光っていた。

           マフラ-を外そうとするマルコッチ     マフラ-を受け取り帰って行くマルチェロ

               

      みんなが帰ったあとマルコッチはサラに、
     「こんなクリスマスは初めてだ、俺も病気になってみんなの温かさが分かったよ。ジュリアとレナ-ドとの
     仲も戻った。マルチェロも恋人ができて働く気になったようだ。これで俺はホットした。ホントに今日は
     良かった。ジュリアが来たら何も言うなよ、何もなかったようにするのだ…」と言った。そして
     「ギタ-を持ってきてくれ、弾きながら眠りたい」…久しぶりに見る満ち足りた夫の表情にサラも嬉し
     かった。

      マルコッチがベッドで弾くギタ-の音を聞きながら、サラは炊事場で彼に語りかけた。
     「マルチェロが勤めたらレンジを買い替えたいわ、オ-ブン付きのが欲しい。マルチェロはリベラ-ニ
     さんに随分お世話になっていたのよ。貴方がもうすこし回復したら家族みんなで旅行がしたいわ、家族パス
     があるのに一度も使ったことがない、ジュリアも運賃はタダだし…。」

        マルコッチのギタ-の音が突然止まった。サラはそれにに気づいたが、彼は眠りに就いたのだろうと
     思った。
     「おやすみなさい、パパ」そんな気持だった。しかしマルコッチは、そのまま息を引き取っていたのである。

       サンドロ君はパパが亡くなってから随分経った頃、パパやママのことをこんなふうに語ってくれた。
     「ボクは見せてもらえなかったけど、静かな顔だったそうだ。ママも姉さんも最初は気がつかなかった。
     パパは眠ったようにほほ笑んでいたらしい…パパがいなくなって随分たった。ママは家が広くなったと言う。
     ボクは目覚めるといつもパパのベッドを見て大急ぎで食事する。あの大声が聞こえてくるような気がする
     からだ。急げ!列車は俺を待ってない!」

      マルチェロが働きはじめたため、マルコッチが亡くなったあとも朝の忙しさは変わらなかった。サラは
     バタバタしながら二人を送り出し家の中が静かになると、急に寂しさが襲ってきた。そのあとサラは、玄関
     前でぼんやりと遠くを見るようになっていた。夫が亡くなっていちばん寂しく思っているのは、サラだった
     のだろう。

           階段でサラに手を振るマルチェロ         ぼんやりと遠くを見るサラ

               

      マルチェロは路面電車で職場に行くようになった。サンドロ君も一時は寂しそうな顔をしていたが、また
     元気に学校に通いはじめた。

                学校に行くサンドロ君       路面電車からサンドロ君に手を振るマルチェロ

             

      この映画は1956年に公開されたイタリア映画。鉄道員の家族の物語だが、かっての日本の家族の
     情景を思い起こさせるようなところがある。当時頑固な父親に子供が反発し、もめごとを起こすと母親が
     中に入ってなだめる。しかし子供が年を重ねるにつれて、次第に親の心情を理解するようになる…と
     いった情景は普通に見られた。日本人がこの映画に共感するのは、かっての自分たちの家族と重ね合わ
     せて見ているからかもしれない。
     
      バックに流れる哀愁を帯びたメロディが心に沁みる。この映画音楽を聴くだけで、いくつかのシ-ンが
     思い浮かんでくる。哀感漂うマルコッチの心情を奏でているようでもあり、子供たちを気遣うサラの気持を
     奏でているようにも聞こえる。このメロディは、私が知っている映画音楽の中でも最も好きな一つに入る。

      マルコッチ扮するピエトロ・ジェルミがすばらしい。頑固で曲がったことは大嫌いだが、情感あふれる
     男を見事に演じている。
     彼はこの「鉄道員」で俳優としても高い評価を受け、サンフランシスコ映画祭で主演男優賞を受賞している
     が、この映画の監督でもある。彼はこのあと「わらの男」、「刑事」をつくり主演も兼ねている。
     いずれも感動的な傑作である。「わらの男」は映画館で一度しか見ていない。ただ「刑事」は映画館や
     ビデオで何回か見ており記憶に新しい。
      母親役のサラ演じるルイザ・デラ・ノ-チェもなかなかいい。慈愛に満ちたやさしさが印象に残る。
     どこかつつましく夫に仕える、日本の古い時代の女性像を彷彿とさせてくれる。
      そして何といってもサンドロ君がいい。生き生きとした表情豊かなしぐさが可愛らしい。この作品は
     サンドロ君の眼で描かれているところが多いが、今回のビデオも字幕がほとんで見えないため、写真を
     見ながら私の勝手な想像でコメントさせてもらった。

                 監 督  ピエトロ・ジェルミ

       キャスト 役  名               俳  優

            マルコッチ       ピエトロ・ジェルミ
           サンドロ                    エドアルド・ネボラ
           サラ                          ルイザ・デラ・ノ-チェ
                  ジュリア                     シルヴァ・コシナ
           マルチェロ        レナ-ト-・スペチア-ノ
             リベラ-ニ                  サ-ロ・ウルツィ
             レナ-ド       カルロ・ジュフレ

                                          2013.11.11 記


          映画  「シエ-ン」

                           馬上のシエ-ン

                

      映画「シエ-ン」の舞台はアメリカ西部、ロッキ-山脈が連なるワイオミング州の山岳地帯。頃は1890年。

      初夏の緑に包まれた大平原の遥か向うから、馬上の男が一人こちらにやってくる。その様子を木陰から
     見ていたジョ-イは父親のスタ-レットに言う。
     「誰かがこちらにやって来る」。スタ-レットも仕事の手を止めてジョ-イが指さす方角に眼を向け、
     「本当だ、誰だろう?…」と思っているうちにその姿がだんだん大きくなり、男は彼の住む家の庭先で馬を
     止めた。流れ者らしい。
      「水を一杯もらいたい」、「オ-ケ-だ」と言ってスタ-レットは杓に水をくみ男に差し出しながら、
     「これからどちらへ?」と聞くと、
     「北の方へ…」という言葉が返ってきたが、はっきりしたあてはなそうだ。

           木陰から様子を見ていたジョ-イ            やってきたシエ-ン

                     

      その時ガチャッという音がした瞬間、男はふり向きざまに銃を構えた。ジョ-イはその素早さにビックリ
     して眼を丸くした。スタ-レットは
     「息子が銃をいじくっていたものですから…弾丸は入れていませんが困ったものです」。
     ドアのところから見ていた妻のマリアンも
     「ジョ-イ、銃をしまいなさい!」と言って息子を叱りつけた。男はマリアンの声に一瞬ビックリして彼女
     を見つめていたが、
     「驚かしてすみません、つい身についた悪いクセが出てしまいました」と謝った。
      男は「シエ-ンlと名乗った。なかなかの好青年だ、悪い男ではないらしい…そうスタ-レットは思った。

             拳銃に手をかけるシエ-ン          様子を見ているマリアン

             

      そんな話をしていると、遠くから5~6人の男たちが馬に乗ってやってくるのが見えてきた。ライカ-
     兄弟とその手下たちだ。スタ-レットはこの悪徳牧畜業者に悩まされつづけている。

                  スタ-レットの家にやってきたライカ-の仲間たち

               

      彼らは家の前まで来て、ライカ-が馬上のまま大声でわめきはじめた。
     「スタ-レット、考えなおしてくれたか!」
     「何の用かしらないが、お前に用はない」
     「あれほど言っておいたのにまだわからんのか!ここは俺の土地だ!それを勝手に柵までつくり、放牧
     までしておる、お前も仲間もここから出て行け!」
     「お前の指図は受けん、ここは俺が開拓した土地だ」
     「何を言うか、この新米野郎!」、ライカ-はわめきたてていたが小屋の陰でじっとこの様子を見ていた
     男に気がつき、
     「あれは誰だ、用心棒か?…」と聞いた。
     「とんでもない、先程水をもらいにきた男だ…旅人らしい」、スタ-レットが答えると、ライカ-は何を
     思ったか急に声の調子をやわらげ
     「そうか…今日はここまでにしておくが、よく考えておくんだな」と言って引き揚げて行った。

              馬上からわめくライカ-        ライカ-に反論するスタ-レット

               

      シエ-ンが立ち去ろうとした時、スタ-レットが呼びとめ、
     「聞こえたかもしれないが妻が夕食の準備ができていると言っている、一緒にどうだろう、離れに小屋が
     ある、よかったらそこに泊まればよい」と誘うと、マリアンも「どうぞこちらへ」と言いながら彼を部屋の
     中に案内した。
      彼女もシエ-ンに好感をもったようだ。彼はこの牧場主夫妻の好意に感謝した。今日もまた野宿しなけれ
     ばならないと思っていたのである。
            
      食事中スタ-レットは家族を紹介したあと、
     「私たちは随分前にここに移住してきて、家をつくり土地を切り拓き、ようやく牛の放牧もできるように
      なった。しかし、広い土地で牛を追う時代は終わった。場所を必要とし効率が悪い。これからは食用の
     牛は柵の中で飼い、放牧のかわりに畑を耕し、穀物や野菜をつくりたいと思っている。そのためには人手が
     いる。シエ-ン、私に力をかしてくれないか、ここで冬まで働いてくれると嬉しい。私はこの地が好きだ、
     この地を離れたくないのだ」、とシエ-ンに熱っぽく話しかけた。
     マリアンも
     「シエ-ン、是非お願いしたいわ」、と言った。シエ-ンはしばらく考えていたが、スタ-レット、とくに
     マリアンの言葉に心を動かされたのか、
     「承知しました、お手伝いさせてもらいましょう」、二人の申し出を快く引き受けた。

                 食事しながら話し合うスタ-レットの家族とシエ-ン

               

      その時ガタッという音がした。シエ-ンは瞬時に腰の銃に手をかけたが、牛が柵を破って出る音だった。
      シエ-ンがここにしばらく居ることを知って、いちばん喜んだのはジョ-イ。
     「シエ-ンはきっと早撃ちの名人にちがいない、あの身の素早さはスゴかった。いつか彼に銃の使い方を
     教えてもらおう」と思った。

               皆の話を聞くシエ-ン        温かい目でシエ-ンを見るマリアン

               

       翌朝、シエ-ンは早速オノをもって庭の切り株を叩きはじめた。スタ-レットの話では、この大木を切り
     倒し、かたづけるのに2年かかったらしい。

                 切り株を叩くシエ-ン           スタ-レットの庭先で

               

      隣村からルイスがやってきた。やはりこの地で牧場を営んでいる男である。スタ-レットが話しかける。
     「調子はどうだ?」の問いかけにルイスは、
     「最悪だ、またライカ-兄弟に小麦畑をメチャメチャにされた。柵をこわし牛を侵入させてな…お前の言う
     とおりにしたが、もうコリゴリだ、俺はここに居るのがいやになった」と訴えた。両手を広げ、もう処置
     なしといった顔である。そばにいたマリアンが
      「家も土地も失うのよ、本気なの?」と聞くと、
     「連中に何度ののしられたことか、この野郎ここから出て行け!と…俺はこれ以上我慢できない、この地を
     離れて他の地に行く」…彼はすでに決心しているかのように見える。スタ-レットは
     「あきらめるのはまだ早い、今夜集会を開こう、俺が召集するから」と彼を引き留めた。
     「集まるのはいいが、現実的な話しがしたいね」…ルイスは不満顔だったが、とりあえず集会には応じて
     くれたようである。

                    ルイスをなだめるスタ-レットとマリアン

                 

       シエ-ンはスタ-レットから買物に行くよう頼まれる。彼は馬車に乗ってグラフトンの店に行き、作業衣や
     針金、雑貨類を買ったあと
     「酒は売っているのか」と尋ねたところ、店主のグラフトンから
     「酒場にある、酔っ払いに気をつけろ」、と言われるが…。

        酒場には5~6人の男がたむろしていた。ライカ-兄弟とその手下たちである。シエ-ンが酒場に入ると、
     それまでカ-ド遊びをしていた彼らがいっせいに彼のほうをふり向き、シエ-ンをジロジロ見ていたが、
     ほどなくその中の一人が
     「クリス、あのブタ野郎をつまみ出せ!」と言った。酒場のバ-テンは
     「気にするな、連中は酔っぱらっている、相手にしないほうがいい」と注意してくれたが、クリスと呼ばれ
     た男が近づいて来て絡みはじめる。そしてバ-テンに注がせた酒をシエ-ンの顔にぶっかけ、
     「いい臭いだろう」とあざ笑い、
     「どこの馬の骨か知らんが、二度とこの店に来るな!」と罵声を浴びせた。喧嘩を売られたのである。
     それでもシエ-ンは我慢した。何か心に決めたことがあるらしく、おとなしく酒場を出ていったのだ。

                   シエ-ンに絡むクリスとライカ-の手下たち

               

      その夜周囲に住む牧場主が召集され、スタ-レットの家での集会ではいろいろな意見が出された。
     中には
     「アイツにおびえるな、撃ち合いになるまでやろう…」などと、威勢のいいことを言う者や、ルイスの
     ように、
     「ここから 出て行きたい」と弱音を吐く者もいた。 ところがその席で、
     「今日グラフトンの酒場で若い男がクリスに脅され、シッポを巻いて逃げだしたという噂を聞いた、もしか
     したら…」と言う者がいたため、シエ-ンはそっと外に出た。心配したマリアンが窓際まで行き、彼に声を
     かけた。
      [どうしたの?シエ-ン」
     「私が居ないほうが、皆も自由に話しやすいと思ったので…」、と言いながらもその眼はじっと彼女を
     見つめていた。シエ-ンは、何かと優しくしてくれる彼女に何か心惹かれるものを抱いていたのにちがい
     ない。彼女も雨の中でひたすら自分を見つめている彼に
     「雨の中に立っていると風邪をひくわ…」と言うと、シエ-ンはハット我にかえったかのように自分の
     小屋に入って行った。マリアンもどこか憂いを感じるこの青年に惹かれていたのかもしれない。

      集会の結果は「皆で力を合わせ、ライカ-兄弟に立ち向かっていこう」、ということでまとまったようだ。
     
              皆の意見を聞くスタ-レット         話しあうマリアンとシエ-ン

               

      その後何日か経ったある日、周辺の牧場主たちは間近にせまった村の記年祭の準備のため、誘い合わせ
     てグラフトンの店に買い物に行くことにした。団体行動をとることで、ライカ-兄弟の妨害を避ける
     という意味もあった。先日の集会で、単独で買い物に出かけることはやめようと申し合せていたのである。
     ジョ-イやマリアンは久しぶりの遠出にウキウキしていた。スタ-レットもシエ-ンも同じ馬車に乗って
     いる。大勢の馬車を連ねてロッキ-山脈の山麓を行く。野や山を越え、時には川を渡ることもある。遠く
     初夏の光を浴びた白い峰々が光り輝いている。赤い大地に緑の大平原が眼に映えて美しい。

                       ワイオミングの大平原を行く馬車

              

          平原を行くスタ-レットたちとシエ-ン         河畔を行く馬車

               

      グラフトンの店に到着し皆がそれぞれ買物をしている間に、シエ-ンが酒を買うため酒場に入ると、
     そこにはテ-ブルで酒を飲んでいるライカ-兄弟やその手下たちがいた。先日と同じメンバ-である。
     シエ-ンに絡んだクリスもいる。彼はシエ-ンの顔を見るなり仲間に
     「アイツがこの間シッポを巻いて逃げた男さ、最近スタ-レットのところに来たらしい」と言ったあと、
     うす笑いを浮かべながらシエ-ンに近づき、
     「オイ新入り、二度と来るなと言ったはずだ、どうして来たのだ」、凄みをきかせた声で絡みはじめた。
     シエ-ンは
     「何故俺にからむのだ」と言いながらバ-テンに、
     「ウイスキ-をグラスに二つ」頼んだ。そしてその一つをクリスの胸に、もう一つを顔にぶっかけた。
     先日ヤツから受けた同じやりかたである。さらに間髪を入れず強烈なパンチを彼の顔に浴びせたのだ。
     思ってもみなかった不意打ちに、クリスは仲間のそばまでふっ飛ばされて床に倒れた。

         シエ-ンがクリスの顔に酒をぶっかける瞬間         パンチを構える二人

             

      その瞬間、テ-ブルから立ち上がりシエ-ンに近づこうとしたライカ-の仲間たちに店主のグラフトンが
     「これは一対一の戦いだ、男と男の勝負なのだ、誰も手を出すな!」と彼らを止めた。その様子をドアの
     ところからジョ-イも見ていた。

            二人の殴り合いを見るジョ-イ      シエ-ンに殴り倒され立ち上がるクリス

               

      倒されていたクリスが不気味に笑いながら立ち上がり、シエ-ンに殴りかかる。双方壮烈な殴り合いが
     始まった。クリスのパンチも凄い、シエ-ンが何度も殴り倒されることもあった。初めは殴る殴られるの
     互角の戦いだったが次第にシエ-ンが優勢になり、ついにクリスは床に倒れて動かなくなった。
     その戦いの様子をじっと見ていたライカ-が彼のところにやって来て
     「おい若いの、なかなかやるじゃないか、いい腕をしているな、気にいったぜ、どうだ俺と手を組まんか」
     と話しかけ、シエ-ンを口説こうとした。
      「断る!そんな気持はない」
      「野良仕事は似会わんぞ、報酬もはずむ、普段は遊んでいてもよい、よく考えたらどうだ」
      「何度言われても同じだ、私は悪人とは組まないことにしている」
      「ナニ、俺が悪人だと、バカをいうな!悪人はスタ-レットのほうたちだ、お前も頭の悪い男だな」

       その様子を見ていたジョ-イがシエ-ンのところに駆け寄り
      「シエ-ン、カムオン、敵がたくさんいる!」、手をとって皆のところに行くよう促すが、
      「ジョ-イ、向うに行ってなさい、ここで逃げるわけにはいかないのだ」、と言ってシエ-ンはその場を
      動こうとしない。

              シエ-ンを口説くライカ-     シエ-ンの手をとりカムオンと言うジョ-イ

               

       業を煮やしたライカ-が
     「このわからずやを叩きのめせ!」大声でわめいた。グラフトンが
     「大勢でかかるのは卑怯だ!」と言ったにもかかわらず、手下たちは一斉にシエ-ンに飛びかかって
     いった。シエ-ンは果敢に応戦していたが多勢に無勢、ついに壁に押しつけられ、よってたかって殴られ
     はじめる。

       ビックリしたジョ-イが父親のところに行き、
     「パパ、シエ-ンがライカ-たちにやられている!」と告げた。驚いたスタ-レットは
     「ナニ!シエ-ンがケンカしていたのか」、そう言うやいなや彼は板切れをもってに現場に行き、シエ-ン
     の胸ぐらを掴んでいた男の頭を叩くと、男はひっくりかえりシエ-ンは自由になった。それから大乱闘に
     なったが、スタ-レットが加わったことで状況は一変した。相手は5~6人。しかし二人が殴りとばしていく
     うちに一人二人と動けなくなっていく者が出てきてから相手が劣勢になり、殴り合いの中でもスタ-レット
     とシエ-ンは、互いに顔を見合す余裕すらできるようになっていた。

                殴りかかるシエ-ン          顔を見合すスタ-レットとシエ-ン
      
               

      シエ-ンたちが圧倒的に優勢になったところで、グラフトンが
     「もうやめろ!これ以上やられると家が壊れる!」と叫んだ。そしてやっと静かになったところで、
     「やったなスタ-レット、お前の勝ちだ」と言った。スタ-レットは
      弁償はライカ-たちにはさせない、私がやるから」とグラフトンに言って店を出た。

      しかし、これでおとなしく引き下がるような連中ではない。スタ-レットが出て行くのを見ながら、
     ライカ-兄弟は何かヒソヒソと話し合っていたのである…。

                  ライカ-兄弟              店主のグラフトン

                  

      シエ-ンもスタ-レットも顔や頭に傷を負っていた。マリアンはその傷の手当てをしながらスタ-レットに
     「あなたもお手柄よ、イスが当ったときどうなるかと思ったわ、でもよかった…」、そう話しかけると彼は
      「これでライカ-たちもしばらく来なくなるだろう」、と言ったがシエ-ンは黙っていた。
     「ヤツらは必ず仕返しをしてくるにちがいない、そんな簡単なヤツらではないのだ」、と思っていたのかも
     しれない。
       マリアンは
      「すこし痛むかもしれないわ、我慢してね」と言いながらシエ-ンの頭の傷を消毒してやった。ジョ-イは
     「今日のシエ-ンはスゴかった、大勢の敵を一人でやっつけた、ボクはシエ-ンが好きだ」…自分のことの
      ように誇らしげに言った。
      傷の手当てをしてもらったあと、シエ-ンは彼女を見つめながら
     「おやすみなさい」と言って自分の小屋に帰っていった。しかしそのうしろ姿は何か考え込んでいるように
     見えた。彼はひそかにマリアンのやさしさに慕情を抱いていたのである。


        マリアンに傷の手当てをしてもらうシエ-ン     マリアンを見上げるシエ-ン

               

              シャイアンから一人の男がやってきた。黒いハットに黒いジャケット、そして黒いズボン、全身黒ずくめ
     に身を包んだいる。長身でやせ形、目付きが鋭い。拳銃にかけてはスゴ腕の持ち主らしい。ライカ-が
     呼び寄せた殺し屋ウイルソンである。彼はライカ-の家にやってきたがシンとして誰もいない。
     「ライカ-はどこだ」と叫ぶと一人の男が出てきて
     「ライカ-は今寝ています」、
     「ウイルソンが来たと伝えてくれ、その前にコ-ヒ-を一杯」、ウイルソンは出されたコ-ヒ-を飲みなが
     ら家の中を見廻していた。

                       やってきた殺し屋ウイルソン

               

      ライカ-兄弟たちはしばらく来ないだろうとスタ-レットは思っていたが、ルイスの牛がまるごと奪われ
     てしまうという事件が起きた。彼らは銃を撃ちまくりながらルイスの牧場にやってきて柵を破り、馬で牛
     を追いたてて自分の領内にもっていったのである。
     「もう我慢できん」と言いながら牛が追われる様子を茫然と見送るルイス。
     ライカ-一味の暴挙は日増しにエスカレ-トしていた。若者のト-リ-は、いつかヤツらに目にもの見せて
     やると言っていたが…。

               追われる牛の大群          追われる牛を茫然と見送るルイス夫婦

             

       ある日ジョ-イは、シエ-ンから拳銃の撃ちかたを教えてもらっていた。
     「背筋を伸ばして…拳銃は手より下ではなく、腰のところだ、銃の握りはこうする、撃ってみろ、素早く
     だぞ、そう、そのとおりだ」、そう言ったあとシエ-ンは、実際に眼の前で5~6発撃って見せた。その
     早撃ちにジョ-イはビックリして
     「スゴイ、スゴイ」を連発した。やや離れたところからマリアンがやってくると、
     「ママ、今見た?」と聞いた。ジョ-イは、シエ-ンがスゴイ拳銃使いだということをママに伝えたかった
     のだ。しかしマリアンは
     「子供に銃を教えるのはよくないわ…」とシエ-ンをたしなめた。
     「銃はただの道具です。使い手しだいで良くもなれば、悪くもなります」、シエ-ンが言うと、
     「でも銃がなくなれば平和になるのに…」、マリアンは眉をひそめた。

             ジョ-イに拳銃を教えるシエ-ン         話し合うマリアンとシエ-ン

                

       若者のト-リ-が酒を買いにグラフトンの酒場に行くと、ライカ-とウィルソンがテ-ブルで何やら
     ひそひそ話をしていた。ウイルソンがジロリとト-リ-の方を見る。ト-リ-はこの初めての男に内心
     驚いた。黒いハットに黒いチョッキ、目付き鋭く、腰には2丁拳銃。彼はその異様な雰囲気に圧倒され、
     グラスを上げて恐る恐る
     「ライカ-に乾杯」と媚を売った。そして
     「あの時、ルイスは臆病だから逃げ出したんだ、俺は臆病じゃない、ここを離れん」と強がっても見せた。
      ウイルソンは
     「やりきれねえな、頭をやられてるんじゃないのか」、低い声でライカ-にささやいた。ライカ-は
     「近いうちにアイツらをやっつけよう、ウイルソンがいると楽勝だよ」と殺し屋の男に言った。

            酒場で話すライカ-とウイルソン      「ライカ-に乾杯」と媚を売るト-リ-

             

      ある晴れた日、村の記年祭が行われた。村人たちは、バ-ベキュ-を食べながら酒を飲み、ダンスをし、
     話に興じながら、全員が集まった1年ぶりの再会を喜んだ。スタ-レット夫妻は結婚記念日にあたっていた
     のか、皆から祝福されていた。スタ-レットとマリアンが踊り、そのあとシエ-ンもマリアンと踊った。

            ダンスするシエ-ンとマリアン            村祭を楽しむスタ-レットの家族とシエ-ン

             

      その夜、ライカ-たちはウイルソンを連れてスタ-レットのところにやってきた。そして家の前で大演説
     をぶったのだ。

     「単刀直入に言うぞ。お前たちに放牧の許可を与える、それに土地も買い取ってやる。そっちの言い値で
      かまわん、俺は話の分かる男だ、どうだ」
     「善人をさんざん苦しめておいて何をいまさら」
     「お前たちが正しいとしてもよく聞け!俺がここに入植したのはお前がガキのころだ、つらい時代だった。
      肩にはインデアンから受けた傷がいくつもある。インデアンやならず者に牛も盗まれた、何人が犠牲に
      なったことか。この土地に平和があるのは俺たちのおかげだ。そこへわがもの顔で来たのがお前たちだ。
      しかも俺の土地を囲い水場を奪った。勝手に水路をひく不届き者まで現れて川は何度も枯れた。
      その都度牛の大移動だ。俺たちに権利はないのか、この土地に命をかけたんだぞ、お前なら分かるな」
     「この土地を築いたのはお前たちではない、俺たちだ。その頃カ-ボ-イや猟師、仲間たちはいたが、
      それ以外は誰もいなかった。」
      「お前も頑固な男だな…どうだ坊や、お父さんと争いたくない、坊やからもお父さんに話してくれないか」、
     「子供に何を言うのだ」
     「あとで後悔するなよ」…ライカ-にしては珍しくおだやかに帰っていったが、これはライカ-の作戦で
      あった。

      翌朝ト-リ-はまた酒を買いに行ってくると言ったが、同業者のシップステ-トが
     「一人で大丈夫か?先日グラフトンの店にいた男は拳銃使いに見えたが」と心配した。
     「2丁拳銃のやせぎすの男だろう、しかしこの間は何事もなかったよ、大丈夫だ」、その話をそばで聞いて
     いたシエ-ンが
     「その男は早撃ちの名人だ。殺し屋でもある、とても危険な男だ」と注意したため、シップステ-トも
     一緒にグラフトンの店に出かけて行ったが…。

      一方、グラフトンの店ではライカ-とウイルソンが話し合っていた。
      「いざとなったらスタ-レットを殺すしかない、この手で葬ってやる」
     「やるのは俺だろう?」
     「グラフトンの手前法を犯すことはできない、何かいい方法はないものか…そうだおびきだすか、エサで
      つって」
     そのとき手下がライカ-のところに来て、
     「ト-リ-と仲間がやってくる」と告げた。窓から、こちらに近づいてくる彼らの姿が見えたのである。
     するとウイルソンは
     「見せしめに殺すか、連中は一目散に逃げ出すぜ」と独りごとのようにつぶやいた。用心深いライカ-は
     「グラフトンに説明できるやりかたでな」と言った。

      ウイルソンが外に出てト-リ-を見つけると
     「お前こっちにこい」、シップステ-トは心配し、
     「行かないほうがよい」と止めたが、「心配するな」と言いながら店の前で待ちかまえているウイルソンに
      近づき、
     「何か俺に用か?」
     「どこに行く」
     「酒を買いに」
     「もどれ、いやそこで止まっていろ、貴様がスト-ンウオ-ルか?」、ウイルソンは意味不明なことを言う。
     「それが?」
     「笑えるな、呼び名の由来は?、南軍のクソ将軍スト-ンウオ-ルか?」
     「そういう自分はどうなんだ?」
     「スト-ンウオ-ル・ジャクソンは人間のクズだ、ヤツもリ-も南軍のやつはみんなクソだ、お前もな」、
     そうののしられて頭にカットきたト-リ-は、
     「卑劣なヤンキ-野郎め!」と言ったが、ウイルソンは彼が頭にくるように誘導したのである。
     「抜けよ」…と言うウイルソンの誘いに、ト-リ-は恐る恐る拳銃を抜いたが撃つ気はないように見えた。
     しかしウイルソンはやや間をおいて拳銃を発射した。と同時にト-リ-は拳銃を下げたままその場に
     倒れた。…これは決闘に見せかけるウイルソンの作戦であった。
     
           ウイルソンの前にやってきたト-リ-     ト-リ-がウイルソンに撃たれた瞬間

            

     「ブタが一匹減った」、ウイルソンは何事もなかったのようにつぶやいた。グラフトンが出てきて茫然と
     立っているシップステ-トに聞いた。
     「どうしたのだ、これは?」
     「…決闘になって…でもト-リ-は拳銃を抜いただけで…」
     「もういい、死体を運び出せ、トラブルは起こすな、わかったな」、グラフトンの声にシップステットは、
     泣きながらト-リ-の死体を泥沼から担ぎあげ自分の馬車に運んで行った。うしろから
     「仲間に伝えろ、望むならいつでも相手になってやる」、と言うライカ-の手下の声が聞こえていた。

       シツプテ-トは、村に帰りト-リ-の死を彼の家とルイスに伝えたあと、スタ-レットのところに来て
     こう言った。
     「ト-リ-が死んだ、あのよそ者に殺されたんだ。すこし離れたところから言い合いになり二人は拳銃を
      抜いたが、ト-リ-は銃を下に向けたままだった。しかしよそ者はすぐ撃った。一発でト-リ-を仕留め
      たのだ…街は静かだった、ヤツらだけしかいなかった…こうなったらみんなわれ先に逃げ出すぞ」
     
      スタ-レットは大変なことになったと思った。ここから逃げ出すものが出てくるかもしれない…彼は
     ト-リ-の葬式に行く途中ルイスのところに立ち寄ってみると、彼らは荷物を運び出しこの地を離れようと
     していた。
     「どうしたのだ、このままでいいのか」
     「ト-リ-が死んだ今は状況がちがう、俺たちを彼と同じ目に合わすつもりか」
     「ここに残って俺たちの町をつくるんだ、教会や学校も」
     「墓場もか」
     「残されたものの務めだ…」、二人はそんな言い合いをしていたが、スタ-レツトの「これからト-リ-の
     葬式に行って夫人をなぐさめてやろう」という誘いにはルイスも応じた。
     ト-リ-の葬式を済ませ、なおもルイスを必死で引き留めようと説得していたスカ-レットの様子を見て
     いたシエ-ンが
     「なぜ残るべきか、それは愛する者のためだ、家族だよ。俺たちのために、彼らのために君たち大人が
      未来を切り開くんだ」、と言うとスタ-レットが、
     「そのとおりだ、ここは誰もが自由に暮らせる開拓農地なんだ。ライカ-に土地を追われてなるものか」と
     言葉を継いだ。

      その時、火事だ!と言う声がした。見ると平原の向うに煙りが立ち昇っていた。どうやらライカ-たちが
     放火したものらしい。

             火事になったルイスの家を見る人たち    火事になった自分の家を茫然と見るルイス

             

     「見ろ!ルイスの家だ!」、
     「ライカ-のやつめ、ひどすぎる!」、
     「あんたが家を捨てたからだ」、村人たちは口々に叫んでいたが、誰かの
     「すぐ消火に行こう、みんな手伝ってくれ!」という呼び声で彼らはいっせいに燃えている家の方に
     走って行った。ルイスは
     「いいのか!うちのために!」と、走って行こうとする人に叫んだ時、
     「あんたのためではない、ここに住むみんなのためためなのだ」という声が聞こえた。彼は自分が建てた
     家が焼け落ちてゆく様子を茫然と見ていた。
     みんなの必死の消火作業にもかかわらず、家は焼失してしまったが、ルイスは
     「木を切り出して家を元どおりの姿にしよう」という皆の熱い心に感動した。そして
     「この地に留まり、やりなおそう」と決意したのである。

               焼け落ちていくルイスの家       煙りが立ち昇るルイスの家を見るシエ-ン

             

      夕食時、またライカ-たちがスタ-レットの家にやってきた。馬の足音に気づいたスタ-レットが出て
     きて
     「畑のところで止まれ」と言った。
     「丸腰だ、冷静に話し合おう、今晩グラフトンの店でどうだ」
     「ト-リ-を殺した男と話せというのか」
     「ト-リ-はよそ者に殺られたんだ、二人だけの話し合いだ」
     「わかった、必ず行く」
     「待っている」、ライカ-はそう伝えると早々と引き揚げて行った。

             やってきたライカ-たち         ライカ-の話を聞いているシエ-ン

               

      このあと、今度は一人の男がやってきた。スタ-レットが出てみると、ライカ-の手下クリスが入口に
     立っていた。グラフトンの酒場でシエ-ンと殴り合いをしたあの男である。
     「動くと撃つぞ」スタ-レットが言うと、
     「まあ待て、大事な話がある。あんたはライカ-にハメられている」、クリスの態度はおだやかだった。
     「何故それを」
     「改心したとでも言おうか、俺は足を洗う、あばよ、達者でな」、それだけ言うとクリスは立ち去って
     行った…。
     そういえばグラフトンの店の前で何か考え込んでいる彼の姿が見られたが、殺し屋を使って人を殺したり、
     ルイスの家を焼き払ったりするライカ-のあくどいやりかたに、嫌気がさしたのかもしれない。

                     ト-リ-の葬儀を見ながら考え込むクリス

                

     クリスの話を聞いてもスタ-レットは出かけようとしたが、マリアンが止めた。
     「ジョ-考えなおして!」
     「ルイス一家も思いとどまった、期待を裏切るわけにはいかない」
     「待って!ライカ-とやりあえば殺されるわ」
     「何も言うな、覚悟のうえだ、お前たちのために俺は行くんだ」
     「ワナだと分かっているのに、それでも?」
     「俺は臆病者の汚名を着せられたくない」
     「ダメ、暴力でしか解決しないの?ばかなプライドは捨てて…私はどうなってもいいの」」
     「大丈夫だ、必ずあいつらをやっつけてやる…俺はにぶい男だがこれだけは言っておきたい、今しか話す
      機会はないからな…もしものことがあっても俺より幸せにしてくれる人間がいる」
     「私はそんなに薄情?」
     「お前は正直で高潔な女だ…信じていなきゃ今まで一緒にいない」
     「シエ-ン、主人を止めて!」

     この話をじっと聞いていたシエ-ンが
     「ライカ-は倒せてもウイルソンは無理だ、私が行きます」と言ったが、彼は頑として聞き入れようと
     しない。自分一人で行くと言い張るのだ。

                  スタ-レットを止めようとするマリアンとシエ-ン

                 

       なおも強引に出かけようとしたスタ-レットをシエ-ンが殴りつけた時、彼は一瞬倒されかけたがすぐに
     体勢を整え、シエ-ンに強烈なパンチを浴びせた。すると双方凄まじい殴り合いになった。
     シエ-ンが倒れたとみるや馬に乗ろうとするスタ-レット。しかしシエ-ンが起き上がり彼を引きずり
     降ろす。
      そんな戦いがしばらく続いていたが、シエ-ンは腰の拳銃を抜いてスタ-レットの頭を殴り、彼を気絶
     させてしまったのだ。見ていたジョ-イが言った。
     「シエ-ン、拳銃で打つのは卑怯だ!」…。

           二人の殴り合いを見ているジョ-イ         夜の庭先で 殴り合うシエ-ンとスタ-レット

               

      マリアンが近づいてきたとき、シエ-ンは彼女に語りかけた。
     「私は貴方にウソをつきました。あの日銃は使い手次第だと言いましたが、先程銃でご主人を叩いた
     のです」
     「でもそれ以外の方法がなかったのだから…」そして
     「シエ-ン、貴方は私に…私も貴方を…」と彼女が言いかけたとき、シエ-ンは
     「お別れですね…私は宿なしの流れ者、同じところにいつまでも留まる事はできないのです。ご主人を
      大事に …ジョ-イも…そして貴方も…幸せに…彼にお伝え下さい、これからライカ-のところに行くと…」
     その時
     「パパが意識を戻した」とジョ-イが知らせにきたが、マリアンは
     「ちょっと待って」と言ってシエ-ンに手を差し伸べ握手を求めた。そして互いに眼を見つめ合っていたが、
     突然シエ-ンは
     「それでは」と言ってくるりと背を向け夜の闇の中に出て行った。

                       話し合うマリアンとシエ-ン

               

      シエ-ンが馬に乗って出ていったあと、ジョ-イは犬を連れてシエ-ンのうしろ姿を追いかけていった。
     暗い夜道を走りながら「シエ-ン、アイアム、ソ-リ-、ソ-リ-!」と叫んだ。シエ-ンはパパを拳銃で
     殴ったが、その意味を理解したのである。シエ-ンがパパを危険な目に会わせたくない、自分一人で
     グラフトンの店に行き、ライカ-たちに立ち向かおうとしていることを…。
      ジョ-イは夜道の野や山を越え、川を渡り、ひたすらシエ-ンのあとを追いかけて行った。 
     「シエ-ン、アイアム、ソ-リ-、ソ-リ-!」と叫びながら…そしてやっとグラフトンの店に辿り着いた。

                   シエ-ンのあとを追って夜道を走るジョ-イ

             

       シエ-ンがグラフトンの酒場のドアを開けると、三人の男が待っていた。左にライカ-、その隣に
     ウイルソン、右奥にライカ-の手下。それぞれが分かれているため、シエ-ン側からは撃ちづらく、
     相手側からは狙いやすい位置にある。三方から一度に撃たれたら、シエ-ンはひとたまりもないだろう…
     と思われた。
     シエ-ンはカウンタ-に背をもたせて辺りを見回す。ウイルソンが無言のまま鋭い目を光らせている。

         カウンタ-に背をもたせ辺りを見るシエ-ン     鋭い目を光らせるウイルソン

               

     「話し合いにきた」、シエ-ンが口を切った。
     「お前ではない、出しゃばるな、用があるのはスタ-レットだ、お前とは話したくない、帰ってくれ、
     そのほうが身のためだ」、ライカ-が言った。
     「私はスタ-レットの代理で来たのだ、ト-リ-のお返しもしたい」
     「一人で来るとはいい度胸をしている…そこまで言うなら相手になってもかまわん」
     「ライカ-長生きしすぎたようだな、お前の時代は終わった」
     「終わったのはお前のほうだろう」、そうライカ-は言いながらウィルソンのほうに眼を向けた。何かの
     サインをおくったようである。ウイルソンはニヤリと笑って立ち上がりシエ-ンの正面に来た。
     「ハァウア-ユ-…どこかで見た顔だな…お前と話しがしたい、俺が相手になってやる」、と言ったかと
     同時に彼の手が拳銃にかかり抜こうとした瞬間、シエ-ンの銃が一瞬早く火を噴いた。

             ウィルソンを撃つシエ-ン        シエ-ンの正面にきたウイルソン

               

      ウイルソンは大きくのけぞり壁にぶち当たって倒れた。続けて左のライカ-、さらに右にいたライカ-の
     手下を撃った。シエ-ンは一瞬にして三人を倒したのである。見事な早打ちだった。あっけない終わりかた
     だった。これですべてかたづいたと思われた。

            シエ-ンがライカ-を撃った瞬間    シエ-ンに撃たれ壁にぶち当たるウイルソン

               

     シエ-ンはゆっくりと拳銃を腰に収め立ち去ろうとした…がそのとき、物陰から見ていたジョ-イが大きな
     声で叫んだ。
     「シエ-ン!二階に敵がいる!」、彼は瞬時に向きなおり二階にいた敵を撃った。敵は前のめりに倒れ、
     階下に落下した。二階にいたのはライカ-の弟だった。

          シエ-ンの撃つ様子を見ているジョ-イ         二階の敵を撃つシエ-ン

             

      ジョ-イがシエ-ンに話しかけた。
     「シエ-ン、スゴかった、思ったとおりだった、必ず勝つと信じていた。ボクは帰ってパパやママに
      伝えるんだ、シエ-ンがヤツらをやっつけたことを…シエ-ン卑怯だと言ったことを許して」…
     彼はジョ-イが来ていたのに驚いた様子だった。
     「気がつかなかった、いつのまに来ていたのだ…謝ることはない、あれはジョ-イの言うとおり私が
      悪かったのだ」
     「これから一緒に帰るんだろう?」
     「ジョ-イ、私は帰れないのだ」
     「どうして…どこに行くの?」
     「行き先はない、しかしここに留まることも出来ないのだ」
     「どうして行くの?…ボクはシエ-ンが好きだ、いつまでもここに居てほしい」
     「人を一度殺したことがある、殺し屋の烙印は一生ついてまわる…パパや、ママに迷惑をかけたくない…」
     「でもパパやママはそう思ってない…外は寒いよ…一緒に帰ろう」
     「心配するな…ジョ-イ立派な男になれ、そしてパパやママを助けるんだ」

                         話し合うシエ-ンとジョ-イ

             

      シエ-ンは
     「グッバイ・ジョ-イ」と言ったあと、夜の闇の中へ馬を進めはじめた。ジョ-イはそのうしろ姿をじっと
     見つめていた。そして
     「シエ-ン、カムバック!…シエ-ン、カムバック!」と大きな声で呼んだ。…その叫び声が周辺の山々に
     ”こだま”していった。ジョ-イの呼び声には必死なものがあった。しかしシエ-ンのうしろ姿は次第に
     小さくなり、ワイオミングの山中にシルエットとなって消えた。

                         夜の平原を行くシエ-ン

                  

            シエ-ン、カムバック!と叫ぶジョ-イ     山中を行くシエ-ンのシルエット

             

       この映画は西部劇ではあるが、どこか詩情を感じる。美しいワイオミングの自然や、主題曲
     ”遙かなる呼び声”のメロディがその情感を盛り上げている。シエ-ンはマリアンに惹かれているが言葉
     には出さない、しかしその雰囲気はよく描かれている。そうしたところに普通の西部劇にはない抒情を
     感じる映画である。

       そして愛する人の幸せを願い、自分を犠牲にして敵と戦う男らしさに惹かれる。そこには何の報酬も
     求めない男の姿がある。
     またフラリとワイオミングの平原に現れ、一仕事終えたあと漂然とワイオミングを去って行く、そうした
     ところに男のロマンを感じる。
       私が若い頃にはシエ-ンのような男の潔さに憧れた。その姿が カッコいいと思ったのかもしれない。
     ジョ-イがシエ-ンに憧れる、あの気持に似ているような気がする。

       西部劇は正と悪がはっきりしている。多少犠牲はあっても、最後には必ず善人が悪人をやっつける。
     西部劇の面白さはそこにあるのだろうが、映画「シエ-ン」はそれだけではないところにこの作品の
     すばらしさを想う。詩情豊かなロマンを感じるのである。


           監 督  ジョ-ジ・スティ-ヴンス

      キャスト 役  名            俳  優

        シエ-ン          アラン、ラッド
        ジョ-イ                   ブランドン・デ・ワイルド
        マリアン             ジ-ン・ア-サ-
        スタ-レット                       ヴァン・ヘフリン
        ライカ-           エミ-ル・メイヤ-
        ウイルソン         ジャック・バランス
        クリス             ベン・ジョンソン

     この作品は1953年に公開されたアメリカ映画。

                                    2013.11.29 記

                             私のアジア紀行  http://www.taichan.info/