八 幡 平 の 高山植物と風景
2013.7.1~7.5
シラネアオイ 八幡平山頂付近 2013.7.2
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八幡平の高山植物
八幡平の山頂付近は、無数のすぼめた笠が林立したようなアオモリトドマツが山全体を覆い、
そこから下って行くと、アオモリトドマツからダケカンバの大群落が山を形づくるようになる。
さらに下って行くと、今度は広大なブナの原生林が、延々と他の山塊群へと連なっていた。
白神山地とはすこし離れているが、その延長線上にあるブナの森の広がり、といってもよさそうな
ところである。
林下の縁ではチシマザサ、オオイタドリ、大きくなったフキが繁茂し、山道や草原、湿原では
可憐な高山植物が見頃を迎えていた。
7月2日、空は青く晴れわたっていた。8時30分、私は八幡平高原ホテルの従業員の方に、車で
八幡平山頂直下の見返り峠まで送っていただいた。
車から降り左側の山道に入ると、いきなり眼に飛び込んできたのがハクサンチドリ、あでやかな
赤紫色の花びらをつけた姿で出迎えてくれていたのである。
「八幡平にようこそ」、そんなハクサンチドリの声が聞こえてきそうな気がした。可憐な踊子から
華やかに歓迎されているように思った。久しぶりに出会うこの花に、私は夢中になってカメラを
向けた。
ハクサンチドリは北海道から中部地方の高山に生えるラン科の植物。花は10個前後から20個位
穂状になってつく。高さ10cm~40cm。唇弁の中央が鋭くとがるのが特徴。チドリは花の形から
千鳥を連想したものらしい。
ハクサンチドリ ラン科 八幡平山頂付近 2013.7.2
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ゆるやかな坂道を歩いてゆくと、ハクサンチドリはほとんど途切れることなく咲いていた。
ナナカマドの白い花、黄色いミヤマキンポウゲ、マイズルソウ、ウラジロヨウラクなども眼につく。
山小屋近くになると、残雪の向うに東北の山々が見えてきた。遠く岩手山も望めるが、雲がかかり
霞んでいる。それにしても、この残雪の広がりには驚いた。この時期、例年なら雪は消えていると
いうことだが、4月から5月にかけて低温が続き、雪が融けなかったらしい。
八幡平の残雪 2013.7.2
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ウラジロヨウラク ツツジ科 ナナカマド バラ科
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ウラジロヨウラクは、北海道から中部地方の山地に生えるツツジ科の植物。高さは1~2m。
葉の裏面は淡緑色。ヨウラクは漢字では瓔珞と書く。瓔珞は仏像などにかける、宝石、貴金属を
つないだ飾りで、もとインドの貴族の装身具だったらしい。垂れ下がってつく花の形を瓔珞に
イメ-ジして、この名前がつけられたのかもしれない。
ナナカマドは、北海道から九州の山地から亜高山に生える落葉高木。秋は紅葉が美しい。
漢字では七竈。材は堅くて細工物に用いられ、七度カマドに入れても、燃えないという俗説が
あったという。この名前はそこからきたものだと言われている。
山小屋の前にアオモリトドマツが、赤味を帯びた葉芽をつけていた。このアオモリトドマツは
冬に樹氷を形づくる。樹氷は蔵王が有名だが、ここの冬景色もさぞ壮観だろう。
道脇にベニバナイチゴが咲いていた。ひっそりと真紅の花を下向きにつけた姿が愛らしい。
池のそばに立つアオモリトドマツ 2013.7.2
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アオモリトドマツの葉芽 マツ科 モミ属 ベニバナイチゴ バラ科
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アオモリトドマツは、別名オオシラビソともいう。主に亜高山から高山にかけて生える常緑高木。
日本特産種で高さは普通20m~25m位になるが、大木では40mにもなるらしい。
球果は長さ5~10cmの大型の楕円形で、9~10月に成熟して紫藍色になる。
ベニバナイチゴは、雪の多い日本海側の亜高山から高山の林のふちや、渓流沿いに生える
落葉低木。全体に刺はまったくなく、枝先に赤い花が1個づつ咲く。果実は赤く熟し食べられる
という。私がベニバナイチゴを見たのは、白馬八方の扇雪渓付近と、ここぐらい。
山小屋からしばらく行くと八幡沼が見えるところに出た。沼はチシマザサやアオモリトドマツで
縁どられ周囲は楕円形の湿原が広がっていた。
八幡沼 2013.7.2
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大きな残雪が広がる中を渡りきり、遊歩道に入ってすぐ眼についたのが、ヒナザクラ、
私が初めて出会う花だった。小さいサクラソウの花だが、とても可愛い。夏の強い日差しを浴びて、
小さい花びらをせいいっぱい広げていた。東北地方の八甲田から八幡平、朝日連峰、吾妻連峰の
高山の湿った草地に生え、他では見られない花なのである。
ヒナザクラ サクラソウ科 八幡沼 2013.7.2
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湿原の遊歩道を歩いて行くと、いろいろな花々が咲いていた。ヒナザクラの他にイワカガミ、
チングルマ、ワタスゲ、ミズバショウ、コバイケイソウなどが、太陽の光を浴びながら大きく
花びらを広げていた。「今が私の季節なのよ」、と言いたげである。短い夏を、せいいっぱい
楽しんでいるのにちがいない。
イワカガミ イワウメ科 八幡沼入口の山側 2013.7.2
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チングルマ バラ科 ワタスゲ カヤツリグサ科
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ミズバショウ サトイモ科 コバイケイソウ シュロソウ科
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イワカガミ(岩鏡)は山地~亜高山の樹林の中や湿原によく見られるが、岩場に生えることも
多い。その葉は鏡のように光沢を放っていることから、岩鏡とつけられたもの。ただ、上の写真
ではこの葉はよく映っていない。
チングルマは漢字では稚児車と書く。チゴグルマがチングルマに転じたものらしい。花が終わり
果実となっても、花柱が残って長く伸び、これが車輪状に多数集まる姿をイメ-ジして、この名が
つけられたといわれている。
ワタスゲ(綿菅)は湿原に群生するスゲの仲間。上の写真は花ではなく果穂。この名前は綿毛に
包まれたふっくらとした果穂の姿からくるもの。
ミズバショウ(水芭蕉)は早春から夏にかけて、湿原や水辺に生えるサトイモ科の仲間。白い
花びらのように見えるのは仏炎苞で、小さな花がびっしりとついた棒のような果穂を抱いている。
コバイケイソウの漢字は小梅蕙草。名前は花が梅に似て、葉が蕙蘭に似ていることによるもの
らしい。
蕙蘭は台湾、中国を原産地とし、古くに日本に渡来、園芸種として栽培されているという。
コバイケイソウは根茎に強い毒性をもっているということだが、高山の草地や湿原に群生している
姿はなかなか美しい。
八幡沼の遊歩道を約1km歩いて、山道への別れ道に突き当たったところでで引き返し、
もと来た道に戻った。ガマ沼を左に見ながら10分ほど上って行くと、灌木帯の中に木造のやぐらが
建つところに出た。
ここが八幡平の最高地点。標高は1614m。展望台に立ち周囲を見廻してみたが、やや雲が出てきて
八甲田山や早池峰、岩手山はぼんやりと霞んでいた。
そこから気持のよい灌木の道を歩いて行くと、シラネアオイに出会った。このコ-スで一番楽しみ
にしていた花である。
シラネアオイ キンポウゲ科 八幡平 2013.7.2
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シラネアオイ(白根葵)は多雪地に生える多年草で日本の特産種。茎にはふつう葉が3個つき、
下の2個の葉は長さも幅も20cmぐらいで掌状に切れ込む。ピンクの花びらに見えるのは萼片で
黄色く見えているのが花。大きな葉とピンクの萼片のコントラストが映えて美しい。
下の標高1000m前後の山地では5月が見頃らしい。この1600mの高地でもそろそろ終わりに近づい
ていたらしく、咲いていた花は少なかった。
シラネアオイのそばにオオバキスミレが、黄色い花びらを風になびかせていた。鏡沼を見下ろし
ながら樹林の中に入ったところで、今度はサンカヨウに出会い、すぐそばにキヌガサソウも咲いて
いた。
サンカヨウ メギ科 八幡平 2013.7.2
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オオバキスミレ スミレ科 キヌガサソウ ユリ科
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サンカヨウ(山荷葉)は深山に生えるメギ科の多年草。葉は2個つき大きく、幅20cm~30cm
位ある。葉の上に出る花は白色でとても清楚な感じ。花が終わると鮮やかな藍色のまるい液果を
つける。
オオバキスミレ(大葉黄菫)は日本海側の山野に生える多年草。名前のようにキスミレよりも
葉は大きく、花は黄色。このオオバキスミレ、随分前の4月末、新潟県の魚沼地区で見たことは
あるが、7月に見たのは初めて。
キヌガサソウは漢字では衣笠草と書く。大きな葉が8~10個輪生する姿を、衣笠にたとえたもの
らしい。衣笠というのは古代、皇族や公卿の行列にさしかけた絹張りの笠のこと。日本海側の
亜高山に生え、葉は長さ20~30cmで、白い花を1個つける。
八幡平山頂周辺を2時間30分散策したあと、見返り峠まで戻った。当初は山頂から八幡平高原
ホテルへの山道を下って行く予定をしていたが、ホテルの奥様の話によるとこの山道は大変な
悪路で、昨年ホテルの客が、この山道で足を骨折して大変な騒ぎになったと聞いていたので、
このコ-スをとるのは諦めることにした。
ホテルでつくってもらったおにぎりを食べたあと、私は奥様のアドバイスにしたがい車道を
ゆっくりと下りはじめた。ふけの湯までは車道をとり、そこから山道に入る。約11kmの道のりで
ある。車道を右に折れ左に折れながらのんびりと歩いて行く。地図で見ると15回の九十九折りの
道になっている。しかし車にはほとんど出会わない。道端にもいろいろな高山植物が咲いている。
ハクサンチドリ、ベニバナイチゴ、山頂付近では見られなかったアカモノ、マルバシモツケ、
そしてハイマツが鮮やかな赤い花をつけていた。ハイマツには高山で何回も出会っているが、
花を見るのは初めてだった。
ハイマツの花 八幡平見返り峠近く車道の山側 2013.7.2
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アカモノ ツツジ科 マルバシモツケ バラ科
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ハイマツは、北海道や本州の中部地方以北の高山の岩場や岩礫地などに生える常緑低木。
風が弱いところでは高さ1m以上にもなるが、尾根筋や風の強い斜面では丈が低く、横にはうよう
に広がる。厳しい自然環境の中で生きているためか、1cm伸びるのにも長い年月を要するらしい。
上の写真で赤く見えているのは雌花。実(球果)は翌年に成熟して黒っぽい緑色になる。
アカモノ(赤物)はツツジ科の常緑小低木。イワハゼ(岩黄櫨)とも呼ばれる。果実が赤く熟し
アカモモ、これがなまってアカモノになったといわれる。花は赤い萼に支えられて、やや紅色を
帯びた白い花が下向に咲く。北海道から、九州を除く本州の山地~高山の草地や林のふちなどに
生える。
マルバシモツケ(丸葉下野)は、北海道から中部地方以北の高山の岩場などに生えるバラ科の
落葉低木。
下野は旧国名で今の栃木県。下野で最初に見つかったか、あるいはこの地方に多いからこの名が
つけられたものと思われる。枝先に小さい白い花が多数集まって咲く。
さらに下って行くと、今度はオガラバナやミネザクラも眼につくようになる。
オガラバナ ムクロジ科 カエデ属 ミネザクラ バラ科
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オガラバナは麻幹花と書く。麻幹はオガラ、またはアサガラとも読む。麻幹とはアサの皮を
はいだ茎のことで、うら盆のかざりに用いたり、迎え火を焚くのに使われるものらしい。
オガラバナは材がもろく、麻幹に似ているからこの名がついたという。植物の名前にはいろいろと
面白い名前がたくさんあるが、いずれの名付け親も想像力豊かな人にちがいない。
オガラバナはムクロジ科のカエデ属。カエデは最近までカエデ科に属していたが、今はカエデ科
の名前はなくなり、ムクロジ科に含まれるようになった。山地から高山に生える落葉小高木で、
葉は対生、枝先に黄緑色の小さい花が集まった花穂を上向きにつける。
ミネザクラ(峰桜)はタカネザクラ(高嶺桜)ともいう。亜高山から高山にかけて生える落葉
小高木。5月頃から咲き始めるところもあるというが、雪の多いこの八幡平では今頃可愛い花を
つけていた。
だんだん下に降りるにしたがい、タニウツギが数多く見られるようになってきた。紅色の花が
辺りの緑にひと際よく目立つ。
タニウツギ スイカズラ科 2013.7.2
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タニウツギ(谷空木)は日本海側の多雪地に多い落葉低木。八幡平は地図で見ると秋田県と
岩手県境の北奥羽山脈にあり、位置的にも太平洋と日本海の真中辺りににあるが、太古からの気候、
風土については日本海側の影響を受けているところと思われる。植物の様相をみてもそれを強く
感じる。太平洋側で見られるこの仲間では、ハコネウツギ、ニシキウツギなどがある。
ふけの湯温泉と後生掛温泉への別れ道のところに出てきた。植物の花々を撮りながらのんびりと
歩いてきたため、すでに3時間近くが経っている。時計をみると3時。
右に道をとり、ふけの湯温泉方面に向かうと、まもなくその温泉らしい建物が見えてきた。渓谷
に建つ1軒宿である。ところが、そこから大沼方面に向かう道がはっきりしない。宿で尋ねてみる
ことにした。出てきてくれたのは30代位の女性。丁寧に道順を教えてくれたあと
「ちょっと待ってね」と言って、奥の方から周辺の地図まで出してきてくれたのである。
その親切さに感謝しつつ宿から下ってゆくと、石がゴロゴロころがった磧が見え、そこに少し間隔
をおいて露店風呂らしい小屋が2軒建ち、湯けむりを上げていた。谷の谷間から温泉が湧き出ている
のだろう。ここは八幡平最古の温泉らしく、ひなびた風情を感じる。
渓谷沿いの山道を歩いてゆくと、見られないオダマキが咲いていた。調べてみると、
オオヤマオダマキ。初めて出会うオダマキである。間もなく明るい湿原に出ると、ワタスゲの
大群落が風にゆらゆらと揺れていた。
ワタスゲの群落 カヤツリグサ科 ふけの湯近くの湿原 2013.7.2
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オオヤマオダマキ キンポウゲ科 ワタスゲ カヤツリグサ科
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オオヤマオダマキは大山苧環と書く。オダマキはつむいだ麻糸を巻いた菅のことで、距の立った
花の形がそれに似ていることからつけられた名前らしい。この仲間では園芸種のオダマキ、その
原種と考えられているミヤマオダマキ、ヤマオダマキなどがある。山地の草地や林縁などに生える
多年草で、萼片と距は紫褐色を帯びる。
湿原を過ぎ暗い山道に入る。熊が出て来そうなところだ。しかしホテルから借りた鈴をザックに
結んでいるので一応は安心。鈴の音で熊のほうが避けてくれるらしい。森の中はダケカンバやブナ、
カエデ類が繁り、足許にはズダヤクシュ、ユキザサ、それにギンリョウソウがやたらに目につく。
ユキザサ キジカクシ科 ギンリョウソウ ツツジ科
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ユキザサ(雪笹)の名は白色の花と笹に似た葉に基づくという。山地の林内に生える多年草。
茎頂に白色の花を多数つける。以前はユリ科になっていたが、最近の図鑑ではキジカクシ科に改正
されている。
ギンリョウソウ(銀竜草)の名は、下向きにつく花と、うろこ状の燐片葉に包まれた姿を竜に
見立てたものとされている。別名はユウレイタケ。こちらのほうがうす暗い森の中に生えている
イメ-ジにピッタリくる。
ギンリョウソウは以前イチヤクソウ科に分類されていたが、最近ツツジ科に改正されていたので
ビックリ した。とてもツツジの仲間とは思えなかったからである。イチヤクソウ科はなくなり、
イチヤクソウの仲間もツツジ科に繰り入れられている。
山地のやや湿り気のあるところに生える腐生植物で葉緑素をもたない。白く見えているのが花。
森をぬける大沼の前に出た。そこから左にゆるやかな坂道を上って行き、八幡平高原ホテルに
入った。時計を見ると16時30分。
大沼周辺の高山植物
翌日(7月3日)は雨が降り風も強かった。宿泊客のほとんどはホテルの車で八幡平一帯にある、
他の温泉地に出かけて行ったが、私はカッパを着て傘をさし、近くの大沼湿原を散策した。
大沼湿原の風景 2013.7.3
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大沼をとりまく湿原一帯はヨシで埋められ、中にコバイケイソウ、ニッコウキスゲ、レンゲ
ツツジなどが華やかに彩り、木造の遊歩道脇にはいろいろな高山植物が花ひらいていた。
最初に眼に入ったのが、イソツツジ。初めて見る花である。それもそのはず、北海道と東北地方
だけに生えるツツジ科の植物なのだ。近くにはハクサンシャクナゲ、ウラジロヨウラクが雨のなか
でも花開き、ぬれた葉を光らせていた。
イソツツジ ツツジ科 大沼湿原 2013.7.3
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ハクサンシャクナゲ ツツジ科 ウラジロヨウラク
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イソツツジは湿り気のある傾斜地や湿原などに生える常緑低木。高さは1m位になる。花は
枝先に直径1cmほどの白い花を球状につける。花からつきだした10個のオシベがよく目立つ。
ハクサンシャクナゲ(白山石楠花)は亜高山~高山に生える常緑低木。高さは1~3m。花は
白色またはわずかに紅色を帯びるものもある。葉は厚くてかたく、ふちは裏面に巻き込む。
ややうす暗い道に入ると、赤い木肌がひときわ目立つダケカンバが林立、足許には白い花びら
をつけたツマトリソウ、ズダヤクシュ、マイヅルソウが小群落をつくっていた。
ダケカンバ カバノキ科 大沼湿原 2013.7.4
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ズダヤクシュ ユキノシタ科 2013.7.3 ツマトリソウ ツツジ科
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ダケカンバ(岳樺)は亜高山から高山に生え、シラカバより高いところに多い落葉高木。風の
強い森林限界付近では低木状になり、樹形はほとんどねじれてしまう。シラカバの木肌は白いが、
ダケカンバは淡褐色から赤色になるものもある。山歩きのときダケカンバが眼につくようになると、
やっと高山に来たのだ、という気分にしてくれる。
ズダヤクシュは、山地~亜高山のブナ帯から針葉樹林帯の林内に生える多年草。長野県の方言で
喘息のことをズダといい、この草が喘息に効くことからこの名前がつけられたものらしい。茎の先
に白い小さな花を総状につける。
ツマトリソウは褄取草と書く。褄とは端(ハシ)の意味。褄取るとは、その昔衣服の裾を手で
もちあげる、あるいは裾をからげる時によく使われた言葉らしい。
このツマトリソウは、花びらのふちがほのかな紅色にふちどられることから、この名前がつけられ
たというが、実際には赤味のさす花はほとんで見られないという。白い7弁の花をつける多年草。
なかなか可憐である。
再び明るい湿原に出る。山側にはミズナラ、ミネカエデ、オオイタヤメイゲツ、オオバクロモジ、
ツルアジサイなどが繁り、レンゲツツジ、ニッコウキスゲ、ヤマドリゼンマイ、コバイケイソウ
などが湿原を埋めていた。
大沼湿原の風景 2013.7.3
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ミネカエデ ムクロジ科 2013.7.3 ツルアジサイ ユキノシタ科
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ミネカエデは亜高山~高山に生える落葉低木。葉は対生、掌状に五裂し、ふちには欠刻状の
重鋸歯がある。葉柄は赤味を帯びる。
ツルアジサイは山地のやや湿ったところに生える落葉つる性木本。茎や枝から気根をだして
岩や木にはいのぼる。花に見えるのは装飾花といわれる萼片で、ふつう4個ある。別名ゴトウヅル。
さらに歩いて行くと大沼を見渡す小高い山道に入ると、森はブナ、ミズナラ、カエデ類などで
占められ、道端にはオオイタドリ、巨大になったフキが繁茂していた。再び明るい湿原に出た
ところで、小さなスミレに出会った。雨にぬれた花びらはハッキリしないが、ツボスミレに似て
いる。花びらの白いものと赤味を帯びているものもある。近くのビジタ-センタ-に立ち寄り、
係りの人に図鑑でいろいろ調べてもらったところ、どうもミヤマツボスミレではないだろうか、
ということだった。ミヤマツボスミレは赤味を帯びるものもあるらしい。しかし唇弁の細かいスジ
が目立つものの、葉の裏はふつうツボスミレに見られる紫色ではなく、緑色をしていた。
わが持ち合わせの植物図鑑には、ミヤマツボスミレは載っていないため、いずれスミレ専用の図鑑
で調べてみたい。
ミヤマツボスミレと思われるもの 2013.7.3
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翌朝も雨が降っていたが、昼前から上がり青空が見えてきたため、再び大沼湿原に出かけた。
前日立ち寄らなかった大沼キャンプ方面につづく遊歩道に入ると、ツルコケモモ、モウセンゴケが
湿地のの一角を埋めていた。
ツルコケモモ ツツジ科 2013.7.4 モウセンゴケ モウセンゴケ科
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ツルコケモモ(蔓苔桃)は亜高山~高山の湿原に生える常緑小低木。茎は針金のように細く、
ミズゴケの中を這って分岐する。高さは5-10センチ。葉は互生、長さ約1センチの楕円形で、
質はかたくて厚く光沢がある。花は長さ1センチほどで、開くと4個の花弁がクルリとそり返る。
実は液果で赤く熟し食べられる。ジャムなどに利用されるらしい。
モウセンゴケは毛氈苔と書く。毛氈は毛と綿をまぜて加工した織物のこと。葉に赤みを帯びた
腺毛が密生しているので、群生すると赤い毛氈を敷いたように見えることからこの名があるらしい。
この仲間はすべて食虫植物で、葉に密生した腺毛から粘液を出して虫をつかまえる。虫をつか
まえると腺毛と葉が虫を包み込んで消化酵素を分泌し、虫を溶かしてしまうという。花は白色で、
花弁は5個。
大沼湿原から出たあとも周辺を歩いてみたが、山はブナ、ミズナラ、ダケカンバの原生林に
覆われ、その縁にはナナカマドやミネカエデ、オオイタヤメイゲツ、オオバクロモジ、ヤマウルシ
などの落葉樹が生い茂りり森を形成していた。秋の紅葉はさぞ美しいにちがいない。しかしこの
3日間の高原の可憐な花々は、久しぶりに私の眼を楽しませてくれた。行動した範囲も八幡平の
ごく一部にすぎないが、それでも八幡平のすばらしい自然に触れたような気がした。
次回は高山植物が一番華やかな季節を迎える、7月中旬から8月初旬頃に、この地を訪ねてみたい
と思っている。
八幡平高原ホテル
八幡平高原ホテル 2013.7.2
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八幡平高原ホテルは、八幡平山頂から約600m下った高原の一角にある。標高は約1000m。
正面は冬スキ―客でにぎわうゲレンデが広がり、裏手はうっそうとした森に包まれている。建物は
かなり古びていて、ホテルというよりはひなびた温泉宿といった風情を感じる。
私たちツア-客は、早朝バスで千葉を発ち約11時間かけて夕刻6時30分このホテルを訪ねた。
この4泊5日の旅に参加したメンバ-は、60代から70代の男女30余名。
当日ホテルに着いたときは激しい雨が降っていたが、ホテルの従業員の方に私たちの荷物を屋内に
運び入れてもらった。
案内された部屋は10畳の日本間、私専用の部屋である。ツア-参加の旅で一人部屋をとれる
ホテルは少ない。あっても洋間が多いが、これだけ広い和室を与えられたのは初めてである。
一風呂あびて下のレストランで夕食をとりながら一杯やっていると、奥様が出てこられ、ツア-
客へ歓迎の挨拶をされた。
「本日はようこそおいで下さいました。長い旅お疲れになったでしょう。このところ雨は降って
いなかったのに今日は凄い大雨、大変な歓迎ぶりでしたね、社長は所要で東京に出かけていますが、
明日午前中には帰ってくるでしょう。明日の夕食時には皆さまにご挨拶できるかと思います…。
次に料理について説明してくださった。
「うちの食事は地元でとれた食材でつくっています。ごらんのように山菜が多いです。ワラビ、
キクラゲミズ、キノコなどなど ― 。鍋にはキノコとブタを入れていますが、地元のブタを使って
います。みな素朴なものばかりですが、どうぞごゆっくり召し上がってください」 … 。
と聞いていると、今まで平凡に見えていた料理が引き立つのである。味もおいしく感じてしまう。
ミズというのはアオミズ、アカミズがあるが、アカミズのほうが美味しいという。
アカミズはウワバミソウを指す。どちらもイラクサ科の植物で葉のふちに粗いギザギザがあるが、
全体にやわらかい。ただ山菜として食べたことはなかった。味はよく覚えていない。
またヤマニュウだったかどうか名前はハッキリしないが、珍しい山菜を出されたこともある。
これはウドのような味がしてなかなか美味しかった。アクをぬくのに大変な手間がかかるという
ことだった。ただヤマニュウは、アマニュウあるいはエゾニュウのことかもしれない。いずれも
大型のセリ科の植物である。
夕食の料理の説明は毎日続けられた。いずれも地元で採れる野菜、山菜料理が多かったが、時に
は焼き魚や、揚げた魚をあんかけにしたものも出された。
従業員の人もなかなか愛想がよい。男性の他に秋田美人の女性2人、いつも眼を配りながら客の
様子を見ている。 ビ-ルや酒を注文するとすぐに持ってきてくれる。ご飯のときも同じである。
笑顔を見せながら「どうぞ」、そしてころ合いを見て「お替りは?」という言葉も忘れない。
動作は機敏、とても親切なのだ。
翌日の夕食時、社長から歓迎の挨拶と翌日のスケジュ-ルについて話をされた。夜行で帰って
きたとは思われぬほど元気そう。ビ-ルを片手に話されるのだが、話し方は素朴で謙虚、ときどき
ユ-モアもまじる。聞いているだけでなかなか面白い。楽しくなってしまう。この案内は毎日続け
られた。
ある夕食時、いつものように話しはじめられたのだが、どういうわけか手にビ-ルがない…
と、突然、
「のどが渇いて声がでない、ビ-ル!」と一声…すると奥様、すぐにビ-ルを社長の手に渡し
ながら、「声は出ているじゃないの!」…その通り声は十分に出ていたのだ…。
ちょっとしたやりとりだったが、思わず笑ってしまった。絶妙のコントを見ているような気がした
のである。
朝食時には、社長が一人一人に当日の希望コ-スを聞いて廻られる。行き先は玉川温泉、
後生掛温泉、乳頭温泉、藤七温泉、ふけの湯温泉などである。その様子も、腰をかがめながら実に
丁寧だ。雨が降っている日には、「雨にも負けず」などとジョ-クも出てくる。
私はこうした温泉地には行かず、雨の日でも周辺を散策した。当ホテルにも24時間いい湯が湧き
出ている。それで十分。近郊の温泉地に行くよりは、自然の中を歩いているほうが楽しいのである。
私の行動は、滞在3日目ぐらいになると社長もわかったらしく「今日も散歩ですか?」と
にこやかに声をかけてくださる。
ある日の昼下がり、ホテルの近くを歩いていたところ、車で通りかかった社長に
「これからどちらへ?」と声をかけられたが、私は”とくに決めていません、この周辺をブラブラ
歩いて
みようと思っています”とお答えした。実際、自分でもどこに行くのか判っていないのである。
あてがあって歩いているのではないのだ。しかしこの気楽さは一人歩きの醍醐味でもある。
どこに行くのか判らない、見知らぬところを歩いて行くアドベンチャ-気分の醍醐味でもあるのだ。
結果的にその日は渓流沿いに歩いて澄川温泉のそばまで歩いた。それも歩いていた途中で、山の
大崩落地帯修復工事の看板地図を見て自分の位置を知ったのである。
ホテル滞在最後の夕食時、社長が南部民謡を披露してくれた。私が初めて聞く民謡だった。
「これから南部民謡を、私が子供のころの情景を思い浮かべながら唄わせてもらいます」、そして
手にもった革袋を叩きながら「パア-、パア-パア-これは牛を追うときのかけ声です」…。
なるほど馬はドウ-ドウ-だが牛はパア-、パア-なのかと知った。なかなか感じが出ている。
子供の頃、彼はそうした時代を過ごしてきたのだと思った。
彼の唄い声は朗々と館内に響き渡り、かっての八幡平の牧場の風景を想像させてくれるような
情感があった。素朴な唄い方ではあったが、一杯やっている私の耳に心地よく響いた。どこか郷愁
を思い起こすようなものがあった。私の胸をうった。
次に思わぬ演出があった。いつも私たちに給仕をしてくれていた秋田美人の踊りである。彼女は
いつ支度したのか踊子の衣装に変身、小柳ルミ子のもち歌「お久しぶりね」の曲に合わせ、あで
やかに、そして少し色っぽくコミカルに踊ってくれた。まさかこうした演出があるとは思っていな
かったので、カメラを持って来なかったのが残念であった。 パチ!、パチ!パチ!…。
ホテルの裏庭にやってきたクマ ハナ子
![](CIMG780311.jpg)
このツキノワグマはホテルの奥様が撮ったものである。1昨年ホテルの裏庭にやって来たところ
をパチリと映したものだそうだ。年齢は2歳ぐらい、いたずらをしていた子供が、驚いて振り向いた
瞬間のようにも見える。このクマ君、水路のフタをあけて中にこびりついていた脂や、米のとぎ汁を
むさぼるようになめまわしていたという。よほど腹が空いていたのだろう。夏場はエサが少なく毎日
のようにホテルにやってくるらしい。8月になるとゲレンデを歩いている熊をよく見かけるという。
奥様いわく「今年もハナ子がウチに挨拶にきました」…このハナ子は奥様がつけた名前、今年
はすでに母親となり2匹の子供を連れてきたという。奥様のハナ子を見る眼はやさしい、ハナ子も
奥様を信頼しているのかもしれない。
熊は人間を襲う動物として怖がられているが、襲われるのはおそらく出会い頭や、子供連れの
熊に遭遇した時ぐらいだろう…山菜採りなどで熊に襲われるのは、自分のエサ場であるテリトリ-
に入ってきた侵入者とみなされるためかもしれない。
八幡平ホテルの前で、私たちに手を振る奥様 2013.7.5
いよいよ千葉に帰る日の朝、社長自らバス車内に入り、乗客の人数確認をされていた。
今回のツア-には添乗員は乗っていない。しかし、そんな添乗員の仕事も代行するほどの気配りで
ある。そしてバスが動き始めると奥様が手を振り始めた。さらに小走りに歩きながら、バスが見え
なくなるまで手を振り続けている姿が見えた。社長はバスが道路に出るところで待ってくれていた。
そこで私たちに手を振りながらバイバイ…。最後の最後まで何という心づかいだろう…と思わざる
をえなかった。心温まる見送りに胸をうたれた。
私はこのホテルを訪ねるのは初めてだったが、大半の客はリピ-タ-だと聞いていた。2度ならず
何回も訪ねてきている人もいるのかもしれない。なるほど、それは納得できるような気がした。
このような素朴で心温まるもてなしを受ければ、また訪ねてきてみたくもなる…。
このホテルのテ-マは 「ふるさとのわが家へ」ということらしいが、まさにその通りを実践
しているホテルのように思えた。”いつかまたこのホテルを訪ねてみよう”…
私はそんなことを考えながら、車窓に流れる八幡平の風景をいつまでも眺めていた。
― 了 ―
2013.7.22 千葉市 斎藤泰三
私のアジア紀行 http://www.taichan.info/
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