白馬八方尾根の花と和名の由来 第1部 黒菱平~八方池(2017年7月24日) ハッポウタカネセンブリ(八方高嶺千振) リンドウ科 北アルプスの白馬山麓に広がる八方尾根は、登山口の黒菱平(1870m)から唐松岳(2699m) までの尾根筋をいう。その距離は約6km、標高差は829m。私はこのコ-スを2002年から2009年 まで毎年のようにハイキングした。そのすばらしい展望と、美しい高山植物に魅せられたからで ある。この尾根筋に咲く花の種類の多さは、全国の山々のなかでも有数と言っていいだろう。 2017年7月24日久しぶりに八方尾根を訪ねた。8時過ぎゴンドラから第一リフトに乗り継いで降り たとき、群生するニッコウキスゲが出迎えてくれた。緑の草原に黄色の花々が眼にしみる。 ニッコウキスゲ(日光黄菅) ワスレグサ科 第2リフト下のゲレンデには様々な花々が通り過ぎてゆく。タテヤマウツボグサ、クルマユリ、 グガイソウ、ヤマブキショウマ、ハナチダケサシ、トリアシショウマ、シモツケソウ、オニアザミ、 ミヤマアズマギク等々。 9時黒菱平に着き、山荘横から登山口にとりつく。天気は曇り、しかし今にも降りそうな空模様 だ。右手は、白い雲の間から黒い山肌が見えるものの右手の白馬連峰は厚い雲がかかり、その 姿はまったく見えない。後ろを振り向くと空は朝日で淡いピンク色の雲に染まり、越後の山々は ぼんやり霞んでいる。 越後方面の風景 歩きはじめてほどなく、色々な花々が眼に入ってくる。その中でとくに目立つのがタテヤマ ウツボグサ。青紫色の花びらを見せ、マット状に群落をつくっているものもある。低地に 見られるウツボグサよりも花が大きく色も鮮やか、葉柄はほとんどない。 和名は北アルプスの立山に多く、花穂を矢を入れる靫(矢を収め、腰や背につける細長い筒) に見立てたことに由来する。 タテヤマウツボグサ(立山靫草) シソ科 草叢に眼をやるとヨツバシオガマが咲いていた。花の色は薄く控えめに見える。 名前は葉が羽状複葉に切れ込み、ふつう4個ずつ輪生することによるが、3~6個のこともある。 シオガマは、謡曲のなかに「浜で美しいのは塩竃」という一節があり、それからヒントを得た粋人 が、「葉まで美しいのはシオガマ」と、しゃれてシオガマギクの名をつけたという。それにしても この名付け親は、ユニ-クで想像力豊かな人だったにちがいない。 ミヤマアズマギクも眼についた。アズマギクの高山型で、北海道や本州の中部地方以北に分布する。 ヨツバシオガマ(四葉塩竃) ハマウツボ科 ミヤマアズマギク(深山東菊) キク科 草原には、白い花びらをいっぱいつけたチングルマが広がっていた。高山植物のなかで最も親し まれている花だ。名前も覚えやすいからだろう。 和名は、花を終えると花柱が長くのびて羽毛状に変化するが、その姿を子供の風車(雅児車)に 見立て、転じてチングルマになったという。 チングルマ(雅児車) バラ科 羽毛状になったチングルマの花柱 歩いて行く毎に花々は次々にやってくる。集団のもののあればポツンと咲いているものもある。 いずれも「ようこそ八方尾根に」とでも言っているように思える…。 黄色い花をつけたキンコウカが眼についた。湿原や湿地に群生することが多い花だが、この 草原ではこじんまりと小さな株を散らばせていた。鮮やかな黄色の花が咲くことからこの名がある。 オニアザミは、大きな花びらを下向きにぶら下げていた。名前の由来は、全草鋭い刺をもって 重武装し、他のアザミよりも荒々しい感じがすることから。アザミは、古語でチクチク痛むことを 「アザム」と言っていたことから「アザミ」に転訛したもの。 キンコウカ(金光花) ノギラン科 オニアザミ(鬼薊) キク科 シモツケソウも眼をひく。鮮やかな赤い花びらを見せつけながら風に揺れている。高山でもっ とも華やかに映る花だ。名前の由来は、花がシモツケに似ているという説と、下野(栃木県)に 多く自生していたから、という説がある。 シモツケソウ(下野草) バラ科 ヤマブキショウマは草原に群落をつくったり、岩の間にもしっかりと根を張っていた。名前は葉が ヤマブキの葉に、花の様子がキンポウゲ科のショウマに似ていることによる。ショウマは(弁麻)は サラシナショウマの根茎のことで、漢方の薬用にする。 岩陰や草叢にオオコメツツジが生えていた。花びらは白色から赤くなっているもののあった。 名前はコメツツジに似ているが、葉はそれよりもやや大きいことから。またコメツツジの花びらは 5枚だが、本種は4枚。 ヤマブキショウマ(山吹弁麻) バラ科 オオコメツツジ(大米躑躅) ツツジ科 草叢のなかでタカネナデシコがふさふさとした花びらをなびかせていた。秋の七草の一つカワラ ナデシコの高山型で、北海道や本州の中部以北の岩礫地に生える。ナデシコは、撫でるようにして 大切にあつかう子供の意味。 白い小さな花をたくさんつけたセリ科の花があった。セリ科の植物は判別が難しいが、標識が 立てられていた。葉は2回3出複葉で比較的大きく、もむとセロリに似た香りがある。 薬用植物として栽培されるトウキ(当帰)の高山型。中国では婦人病の漢方薬として使用される。 当帰は漢名、「まさに帰るべし」、「当然帰るべきだ」「きっと帰るだろう」というような意味が あるらしい。 タカネナデシコ(高嶺撫子) ナデシコ科 ミヤマトウキ(深山当帰) セリ科 分岐点にさしかかる。右手を登って稜線に出る道と、真っすぐ行く道があるが、どちらをとって も公衆トイレのところで交わる。この日は右手の道をとることにした。下を振り向くと、大勢の ハイカ-たちが列をなして歩いてくるのが見える。そのほとんどは若者たち、なかには小中学生の 集団も混じっている。この雨模様なのにその多さに驚く。 八方尾根をハイキングするハイカ-たち 足下にすっくりと立ったハクサンタイゲキがあった。タカトウダイにそっくりだが、本種は子房 に毛があるのに対し、タカトウダイにはない。苞葉の黄色も鮮やかだ。 名前の由来は白山で最初に発見されたことによる。タイゲキ(大戟)はトウダイグサ科の漢名。 淡黄色の泡のような花を多数つけたキバナカワラマツバも眼につく。低地の河原にも見られる そうだが、私は高山でしか見たことがない。名前の由来は、葉が松葉に似ていることによる。 ハクサンタイゲキ(白山大戟)トウダイグサ科 キバナカワラマツバ(黄色河原松葉)アカネ科 草叢に赤い小さな花が見える。ミヤマママコナだ。よく見ると下唇の内側に黄色い隆起が2個 並んでいる。なかなか可愛い。 名前の由来は、高山の林縁や草地に生え、花びらの中にある隆起をご飯粒に見立てたことによる。 ミヤマママコナ(深山飯子菜) ハマウツボ科 稜線に出るとケルンが見えてきた。プレ-トには八方山と刻まれてある。ケルンはピラミッド型 に石を積み上げてつくったもので登山道の道標とするものだが、遭難者への慰霊として建てられた ものもある。この辺り標高は2000m近いと思われる。前方の唐松方面には、遠く稜線を歩く大勢の 登山者が見える。 八方山ケルン 八方山から唐松方面を望む 小雨が降りはじめてきたが、まだカッパをかぶるほどではない。しかし、八方池から先の ハイキングはすでに諦めている。ひたすら花に眼をこらしながら、濡れた石の間を歩いて行く。 ごろごろ転がる石の間に薄紫色の小さな花を見つけた。ヒメクワガタのようだ。花びらは4枚、 葉は対生し葉柄はない。クワガタソウは、果実についている萼が、兜の鍬形にそっくりなこと からつけられた名前。 薄紫色のヒメクワガタ(姫鍬形) オオバコ科 ときどき岩陰や礫地にクモマミミナグサが眼につく。ミヤマミミナグサの変種で、北アルプス だけに生える特殊植物。花弁は5枚だが、2つに切れ込んで10枚に見える。 名前の由来は、雲が湧くような高山に生え、対生した葉をネズミの耳にたとえたもの。 エゾシオガマも咲いていた。花の色はクリ-ム色で、横を向きねじれている。 名前の由来は、北海道、中部以北の高山に分布するシオガマギクの仲間であることから。 クモマミミナグサ(雲間耳菜草)ナデシコ科 エゾシオガマ(蝦夷塩竃)ハマウツボ科 足下の岩の間からポツンと白い花がのぞいていた。ハクサンシャクナゲだ。こんなところに あるとは…。花も葉も小ぶりだが厳しい環境に耐えているからだろう。ふつうハクサンシャクナゲ は林内に生えて群生することが多く、このような見晴しのよい高山の稜線で出会うことは少ない。 本種は北海道から中部以北・四国の亜高山~高山に分布するが、名前にハクサンが冠せられ ているのははっきりしない。石楠花という漢字があてられたのは、漢方に使われる石楠 (オオカナメモチ)と誤解されたためという。シャクナゲは、一尺にも満たない背丈の低い木が 多いため「シャクナシ」から転訛したとか、この木でつくった箸を使ったところ子供の癪が治っ たから、というような説がある。 ハッポウウスユキソウも見られた。この仲間はヨ-ロッパに自生するエ-デルワイスの名前で 親しまれているが、ウスユキソウの種類はいくつかある。 本種はミネウスユキソウの変種で、八方尾根の固有種。茎は斜上する。ウスユキソウの名は、 白い綿毛をかぶった苞葉が白く薄雪が積もったように見えることからつけられた。 ハクサンシャクナゲ(白山石楠花) ツツジ科 ハッポウウスユキソウ(八方薄雪草) キク科 右手の白馬連峰が少し姿を現してきた。しかし山麓からは白い雲が湧きあがり山頂辺りも雲に 覆われ、山腹だけが黒い肌を見せている。山頂付近から山腹にかけて何本かの白い筋が見えるの は雪渓だと思われる。天気さえよければ、左から鑓ヶ岳、杓子岳、白馬岳の雄大な姿を望むこと ができるのだが。 雲に覆われた白馬連峰 10時15分公衆トイレ前を通過。ここで下の道と交わり、大勢の人たちが上ってきて追い抜いて 行く。そんなことはおかまいなし、私はのんびり歩きながら時に立ち止まり、眼に入る花にカメラ を向ける。 大きな石がころがる道を上って行くと、またケルンが見えてきた。プレ-トには「八方ケルン」 と刻まれてある。先程のケルンの名前は「八方山」…まぎらわしい。 八方ケルンとハイカ-たち 八方ケルンのプレ-ト イブキジャコウソウが地表を這い自分の場所を陣取っていた。一つ一つの花は小さいが鮮やか な赤い色をもち、マット状に株をつくるためよく目立つ。分布域は広く3500m前後のヒマラヤ山系 でも見られる。 名前の由来は伊吹山に多く自生し、じゃ香に似たよい香りがすることから。麝香は雄のジャコウ鹿 の腹部にある香嚢(ジャコウ腺)から得られる。 イブキジャコウソウ(伊吹麝香草) シソ科の小低木 山の斜面でセリ科の花が眼につく。タカネイブキボウフウだと思われる。まだつぼみで紅紫色 に見えるが開花すると白くなる。葉は細かく切れ込んでいる。イブキボウフウの高山型で、本種の 方が花序が大きく高山の礫地や乾いた草原に生える。 イブキボウフウの由来は、伊吹山で発見され、根を漢方薬にする中国原産のボウフウに似ている ことから。 岩礫地のなかの草叢にミヤマカラマツが生えていた。カラマツソウに似ているが、カラマツソウ は小葉の基部に托葉があるのに対し、ミヤマカラマツにはない。 名前の由来は山地~亜高山に生え、花の形をカラマツの葉に見立てたもの。 タカネイブキボウフウ(高嶺伊吹防風)セリ科 ミヤマカラマツ(深山唐松)キンポウゲ科 この近くの岩礫地に見たこともない白い花が咲いていた。一瞬何だろう…と思ったが幸いそばに 立札が置かれてあり、ウメハタザオと分かった。イワハタザオの高山型らしい。 名前の由来は花が梅に似ているからという説があるようだが、ウメハタザオの花びらは4枚、ウメ は5枚、その形が似ているとは思えない。名付け親は、本種がもつ花びらの雰囲気をウメに重ねた のかもしれない。ハタザオの名は茎がほとんど分岐せず、まっすぐ立っている様子を旗竿にたとえ たもの。 岩の間からミヤマムラサキがのぞいていた。ワスレナグサの仲間で、本種は北海道、中部地方の 亜高山~高山に分布する。ムラサキの由来は、根が紫色の染料の材料として使われていたことから。 ウメハタザオ(梅旗竿) アブラナ科 ミヤマムラサキ(深山紫) ムラサキ科 草叢のなかにユキワリソウが見えた。このコ-スで楽しみにしていた花だ。小さな花びらをせい いっぱい広げて光を求めている。とても愛らしい。雪が融けるとすぐに花が開くのでこの名がある。 低山では5月ごろに咲くが、ここは標高が高く自然環境も厳しい。雪が融けて日も浅い春といっても いいだろう。 ユキワリソウ(雪割草) サクラソウ科 眼下に八方池が見えてきた。下って行くと、途中の斜面でイワイチョウが眼についた。随分前 にもここで出会ったことがある、懐かしい花だ。 名前の由来は、亜高山~高山の湿原に生え、腎形のような葉をイチョウの葉に見立てたもの。 そばにはショウジョウバカマもあった。平地では春に咲くこの花がいまごろ見られるとは…。 とは言ってもその姿は終わりに近いのだろう、あまり元気がなさそうに見える。 名前の由来は、赤い花を中国の伝説の動物「猩猩」になぞらえ、根生葉の重なりを袴に見立てた ものという。 イワイチョウ(岩公孫樹) ミツガシワ科 ショウジョウバカマ(猩猩袴) シュロソウ科 さらに下ろうとしたとき、足を止められた。見事な花をつけたウラジロヨウラクが眼に入った からである。花のつきかたも多く色も鮮やかだ。 名前は葉の裏が白く、垂れ下がる花の様子が仏像の装身具などに使われる瓔珞に似ていること に由来する。 ウラジロヨウラク(裏白瓔珞) ツツジ科 11時20分、八方池に着く。標高は2060m。曇っているため水は薄い青色に見えるが、天気のよい 日は白馬三山を鏡のように映すという。 池畔には大勢のハイカ-たちが座り込んで昼食をとっていた。服装はみなカラフルだ。上の稜線 には、列をなして唐松岳方面へ向かう人たちが見える。 八方池から唐松岳方面を望む 八方池畔でくつろぐ人たち 八方池上の尾根を歩くハイカ-たち 対岸の尾根を歩いて行くと、ホソバツメクサが岩に張りつくように花を広げていた。その姿は 強靭な生命力をもっているように見える。北海道、中部地方北部以北に分布する日本固有種。 名前の由来は、葉が長さ数ミリで糸のように細いことから。ツメクサは針状の葉を鳥の爪に見立て たもの。 この近くに、花をわずかに残したオオカラマツがあった。アキカラマツの変種で、名前は花や 背丈が大きいからではなく、花柄が長いことからきているらしい。 ホソバツメクサ(細葉爪草) ナデシコ科 オオカラマツ(大唐松) キンポウゲ科 先へ進んだところでセンブリを見つけた。小さな花びらのなかに濃青色の斑点がある。初めて 出会うセンブリだ。持っていた図鑑でハッポウタカネセンブリと分かった。八方尾根だけに自生 する固有種だという。センブリは苦味の強い健胃剤としてよく知られ、千回振り出しても苦みが なくならないので、千振と名付けられたといわれる。 ハッポウタカネセンブリ(八方高嶺千振) リンドウ科 草原に出るとニッコウキスゲが咲き乱れ、その草叢の中からハクサンチドリがポツンとのぞいて いた。あでやかな赤い花びらが美しい。ラン科の植物でチドリと名のつくものはいくつかあるが、 ハクサンチドリは萼片や花弁の先が鋭くとがっているのが特徴。 名前の由来は白山に多く、花のつきかたが千鳥の飛ぶ姿に似ていることから。 すこし離れたところにテガタチドリも咲いていた。こちらもなかなか可愛い。名前は花の姿を 飛ぶ千鳥に見立て、根茎が手のひらのような形をしていることからきている。 ハクサンチドリ(白山千鳥) ラン科 テガタチドリ(手形千鳥) ラン科 雨が激しくなってきた。あわてて下に降りてベンチに腰かけ、傘をさしてホテルでつくって くれたおにぎりをほおばる。辺りは急にあわただしくなり、みな帰り支度をはじめている。よく 見るとハイカ-たちは様々だ。若いグル-プもいれば年配の男女、老夫婦もいる。眼の前の主婦は、 子供3人を急がせ歩きはじめた。彼女の背には大きなザックが背負われている。しかし若いころから 山で鍛えた体なのだろう、その姿は軽々と見える。 20分後、すこし小降りになってきたので帰路につく。来た道とは反対の尾根にとりつき上の稜線 に入ったとき、チシマギキョウが眼に飛び込んできた!、岩陰にひっそりと咲いていたのが見えた のである。八方尾根には何回もきているが、ここでチシマギキョウに出会うのは初めてだ。雨滴に 濡れているが元気そうに見える。 よく似ているイワギキョウはやや上向きに咲き、萼片は花に対し直角に開くが、チシマギキョウ は横向きに咲き、萼片は開かないで花に沿う。 名前の由来は千島で発見されたことによるが、北海道や本州の中部以北の高山にも自生する。 キキョウは、薬草としての漢名「キチコウ」が変化して「キキョウ」になったといわれる。語源は 乾燥したキキョウの根が硬いことから。 チシマギキョウ(千島桔硬) キキョウ科 . 唐松岳方面から帰ってくる人もいた。一瞬立ち止まりもうすこし先へ…という思いが頭をよぎる。 すでに八方.池から先は諦めていたはずなのに未練があったのかもしれない。しかしリフトの最終 時間は16時、花を撮っていればあまり時間はない、しかもこの雨だ。思い直し黒菱平方面へ足を 向ける。 唐松岳方面から帰ってくる人たち 道脇に咲くミヤマムラサキ、クモマミミナグサ、ハッポウウスユキソウ、タカネイブキボウフウ、 オヤマソバ、ミヤマトウキ、タカネナデシコ、ヤマブキショウマなどを見ながら歩いて行く。 坂を上りつめまた下ろうとしたとき、眼の下の灌木の中にクルマユリが見えた。鮮やかな朱赤色 の花をいくつもつけている。実に美しい。滑りそうな斜面を下り、すこし無理しながらカメラを 向ける。 名前の由来は、輪生する葉を車輪に見立てたもの。 クルマユリ(車百合) ユリ科 草原のなかにタカネシュロソウが生えていた。シュロソウの高山型で、中部地方以北の高山に 生える。背丈はシュロウソウが1m位になるのに対し、タカネシュロソウは30cm位にしかならない。 花の色は暗紫褐色、よく似ているアオヤギソウは黄緑色。 名前は、根元にシュロそっくりな枯葉の繊維が残っていることから。 オオバギボウシも点々と眼についた。この仲間は1日花で、朝開いて夕方にはしぼむ。 ギボウシ(擬宝珠)は橋の欄干につける装身具のこと。この仲間では葉がもっとも大きい。 タカネシュロソウ(高嶺棕櫚草)シュロソウ科 オオバギボウシ(大葉擬宝珠)キジカクシ科 この近くの岩礫地に群生していたハイマツに思わず眼を見張った。見事な赤い花を咲かせて いたのだ。花は無数についている。葉の緑と赤い花が眼に映えて美しい。 ハイマツはその名前の通り、地面を這うように広がることからつけられた。 ハイマツ(這松)の花 マツ科 木道に入って行く。気がつくと分岐点にあった公衆トイレは後ろになっている。辺りには ミヤマママコナ、オオコメツツジ、ユキワリソウ、ウメハタザオ、チングルマなどが眼につく。 右手には日辺りが悪いのか雪渓が残っていた。その向うには、黒いシルエットとなった信州の 山々が見える。 木道脇に広がる雪渓 雪渓を過ぎたところでイワカガミが咲いていた。草叢のあちこちに可愛い花をのぞかせている。 花弁のふちは細かく切れこみ、その形は柔らかい小さな刷毛をイメ-ジする。ユキワリソウと 仲良く並んでいるところにカメラを向ける。イワカガミの名前は、丸くて光沢のある葉を鏡に 見立てたもの。 ミヤマタンポポもあった。高山でタンポポに出会うことはめったにない。こちらもカメラに 収める。 タンポポの語源ははっきりしない。一説には、室町時代に中国名「白鼓丁」から「ツヅミグサ」と なり、能楽の鼓(ツヅミ)の音を擬音化したタンやポンから「タンポポ」に転訛したというものが あるらしい。漢字の蒲公英は漢名。 ユキワリソウとイワカガミ(岩鏡) イワウメ科 ミヤマタンポポ(深山蒲公英) キク科 同じ斜面の草のなかに見覚えのある花が見えた。ムシトリスミレだ。私も随分前ここでしか見た ことのない珍しい花である。スミレに似た花をつけることからスミレの名があるが、スミレの仲間 ではない。葉の表面に密生する腺毛と腺体から消化液をだして、虫を捕まえる食虫植物である。 根元の葉の中に黒い点のようなものが見えるのは、捕えた虫だろう。 ムシトリスミレ(虫取り菫) タヌキモ科の食虫植物 ここからほどなく、群生したワタスゲがふっくらした果穂を広げ湿原を埋めていた。 花は黄色だが、花が終わると子房の基部からたくさんの白毛がのびてきて、まるい綿毛のかたまり のようになる。名前の由来もこれからきている。ワタスゲのスゲは葉がスゲに似ていることから。 ワタスゲ(綿菅) カヤツリグサ科 前方遠くにリフト乗り場が見えてきた。時刻は14時20分、まだ時間は十分にある。雨も弱まって きた。のんびり歩いていると、道脇の岩陰に咲くミヤマコゴメグサに気づく。往路では見落として いたようだ。名前は亜高山~高山に生え、白い小さな花を米粒に見立てたもの。 この近くにはイワシモツケが白い花をいっぱい広げていた。枝の先に白い5弁の花を多数つけて いる姿はコデマリを思わせる。名前は岩場などに生え、花がシモツケに似ることから。 シモツケの名は、古くに下野の国、栃木県で栽培されていたものが広まったことに由来する説が ある。 ミヤマコゴメグサ(深山小米草)ハマウツボ科 イワシモツケ(岩下野) バラ科 いよいよリフト乗り場に近づいたとき、岩の割れ目に見事なオトギリソウが咲いていた。華や かな黄色の花が眼にしみるようだ。 名前の由来は、この植物を原料にした秘薬の秘密をもらした弟を、兄が切り殺したという伝説に 基づく。 オトギリソウ(弟切草) オトギリソウ科 15時15分、リフト乗り場に着く。少し疲れていたためひと息つく。売店でアイスクリ-ムを買っ て食べたが、喉が渇いていたためかとても美味しかった。ふつうアイスクリ-ムを食べることは めったにないが、この味は忘れられない。 眼の前には、アマニュウが空につきあげるように大きな花序を広げていた。よく似たシシウド には総苞片がないが、アマニュウには小総苞片があり、小葉は広卵形で先端は3つに裂ける。 アマニュウのニュウはアイヌ語からきたもの。茎に甘味があり食用になるのでアマニュウと名付け られた。 リフトを乗り継いでゴンドラ乗り場に向かう途中、オオユバユリが草原に佇んでいた。 この仲間は森の中で眼にすることはあっても草原で見ることはほとんどない、植えられたものかも しれない。 オオウバユリはウバユリよりも大きく、北海道、本州の中部以北に分布する。 ウバの名は、花期が終わると葉が枯れてなくなることを、歯が抜け落ちている姥(老婆)に例えた もの。ユリは、わずかな風にも揺れることからユリと名付けられたという説がある。 アマニュウ(甘ニュウ) セリ科 オオウバユリ(大姥百合) ユリ科 16時ゴンドラを降りて白馬村に着く。降ったり止んだりの天気だったが、高山植物はゆっくり 観察できて楽しかった。この日は私にとって忘れられない思い出の日になることだろう。 2017.8.17 記 白馬八方尾根の花と和名の由来 第2部 唐松岳山荘~八方池(2008年7月31日) チシマギキョウ(千島桔硬) キキョウ科 今から9年前の2008年7月31日も私は八方尾根を訪ねている。この時の往路はほとんど休憩も とらずひたすら上部を目指して歩き、写真を撮るのは下りの帰途にした。そのほうがリフトの最終 時間16時に合わせ、ゆっくり撮れると思ったからである。ただ写真に収めたのは高山植物だけ、 景色は1枚も撮っていない。そのため、どこでどの花を撮ったか、辺りの風景もよく覚えていない。 ほとんど忘れてはいるが、撮った写真を見ながら当時の風景も想い描いてみたいと思う。 撮った高山植物の写真は、ピンボケしたり色がくすんだりしたものが多い。あまりにヒドイ写真 は外し、第1部に入れたものも外すつもりだったが、このコ-スで初めて名前を知った花や形の 違うものは入れたものもある。 8時半黒菱平の登山口(1870m)をスタ-ト、3時間近くかけて11時過ぎ唐松岳山荘に着く。 標高は2630m。眼の前には唐松岳(2699m)が聳えている。ここから歩けば15分~20分位で山頂に 着くはずだが時間的な余裕はない、今回は諦めた。昼食もそこそこに唐松山荘から下りはじめる。 山荘付近で最初に眼についたのはアカモノ、白い花をたくさんつけてマット状に広がっていた。 花を終えたあとに赤い果実をつけるが、この果実が食べられることからアカモモ(赤桃)が訛って アカモノになったと言われる。別名イワハゼ。 アカモノ(赤物)の花 ツツジ科 アカモノの果実 (本白根山) 近くにイワツメクサが咲いていた。花弁は5枚なのに2深裂しているため10枚の花のように見える。 よく似ているホソバツメクサも花弁は5枚だが、2つに切れ込んでいない。ツメクサは針状の葉を 鳥の爪に見立てたもの。 道端の草叢にセリ科の植物が生えていた。はっきりしないが上部で分岐しているのでハクサン ボウフウかもしれない。名前の由来は白山で発見され、同じセリ科で中国原産のボウフウに似て いることから。防風の根から漢方薬がつくられる。 イワツメクサ(岩爪草)ナデシコ科 ハクサンボウフウ(白山防風)セリ科 丘陵の草原で小さな花びらから長いオシベを突きだした花を見つけた。初めて出会う花だ、 珍しい。調べてみたらミヤマクワガタと分かった。花びらのなかに赤紫色のスジが入っている はずだが、強い光のためか、写真には見えていない。 名前は高山に生え、萼片が兜の鍬形に似ていることによる。日本固有種。 ミヤマクワガタ(深山鍬形) オオバコ科 岩壁に黄色い花が生えていた。よく見るとウサギギクだ。私がこの花に初めて出会ったのもこの 辺りではなかったか…。名前は、対生するヘラ形の葉をウサギの耳にたとえたもの。 ウサギギク(兎菊) キク科 岩場の曲がり角に来たとき、急峻な岸壁に生えるチシマギキョウが眼に入った。下は断崖になっ ている。幅は一人がやっと通れるぐらい、危険だと思ったがカメラを向けた。撮り終えたあと顔を 上げると、前方から来る人たちが立ち止まってくれていた。 チシマギキョウ(千島桔硬) キキョウ科 やや広い岩礫地に出ると、ミヤマアキノキリンソウが咲いていた。アキノキリンソウの高山型で、 頭花が比較的大きく密集してつく。総苞も太い。 アキノキリンソウの名前は、ベンケイソウ科のキリンソウの花に似ていて秋に咲くことによる。 キリンソウは黄色い花が輪生状につくことから黄輪草となったとされる。 眼の上の岩石にヨモギらしきものが生えていた。葉が細かく切れ込んでいるところをみると、 タカネヨモギだと思われる。 ヨモギの語源は「よく燃える草」とか、その旺盛な繁殖力から「いよいよ萌え茂った草」という ような説がある。 ミヤマアキノキリンソウ(深山秋の黄輪草) タカネヨモギ(高嶺蓬) キク科 キク科 やや霧がかかっているものの展望はよい。辺りの丘陵はうねうねと波うち、その草原や岩礫地に 様々な高山植物が咲き誇り眼を楽しませてくれる。 視界大きく開け広い岩礫地に出た時、ハクサンイチゲとシナノキンバイが群生するように咲いて いた。思わず息をのむような景観だ。 ハクサンイチゲは白山で最初に発見されたことに由来する高山植物。イチゲは1本の花茎にひとつ だけ花をつけるので「一華」の名がついた。 白い花はハクサンイチゲ(白山一華)キンポウゲ科 黄色い花はシナノキンバイ 岩場の上を歩いていたとき、眼の前を動くものが見えた。ライチョウだ!、雄も含め数羽はいる、 あわててカメラを向けるが何匹かはハイマツのなかに入って行った。残念、最後に残った雌の1羽を パチリ。 ライチョウの雄はゴア-ガァ-オ-としわがれたような声で鳴き、この声のイメ-ジと雷の鳴る ような.天侯の時に活発に動くので雷鳥の名がついたらしい。 ライチョウの雌(雷鳥) 足元にミヤマキンバイが、このそばにはシナノキンバイが鮮やかな黄色い花を広げていた。 どちらもキンバイという名前がついているが、ミヤマキンバイはバラ科のキジムシロ属、シナノ キンバイはキンポウゲ科のキンバイソウ属である。 ミヤマキンバイは高山に生え、花の色が梅に似ているから、シナノキンバイは信濃地方に多く、 黄金色で梅のような花を咲かせることから名付けられたとされる。 ミヤマキンバイ(深山金梅) バラ科 シナノキンバイ(信濃金梅) キンポウゲ科) 広々とした尾根はハイマツに覆われるようになり、その間に挟まれた道を行く。とこどころ ハイマツの切れ間があり、そこにも色々な高山植物が見られた。 足元の石の間にはイワカガミが生え、右手の山の斜面には、すでに花期を終えたチングルマが 風になびいていた。 イワカガミ(岩鏡) イワウメ科 チングルマ(稚児車) バラ科 目線の岩壁には、ミヤマダイコンソウが黄色い花を咲かせていた。丸い大きな葉が目立つ。 名前は根生葉が大根の葉に似て、深山に生育することから。 ミヤマダイコンソウ(深山大根草) バラ科 岩石の間には、スックリと立つタカネヤハズハハコがあった。高山に生えるヤマハハコの仲間。 ヤハズは矢の後端にある弓の弦を受ける部分で、茎が分岐せず真っすぐ伸びるため、花の部分を 矢筈にたとえたもの。 タカネヤハズハハコ(高嶺矢筈母子) キク科 林の陰にはひっそりとミヤマダイモンジソウが生えていた。ダイモンジソウの高山型。 名前は白い5枚の花弁が不ぞろいで、そのうち2枚が長いため「大」の字に見えることによる。 ミヤマダイモンジソウ(深山大文字草) ユキノシタ科 またウサギギクが眼についた。その近くには花期を終えかけたイワカガミもあった。通り過ぎようと したがウサギギクは黄色い花びらをこちらに向け、「私も撮って」… イワカガミは「私の花はもう終わりよ、来年またね」…と言っているように思え、カメラを向けた。 ウサギギク(兎菊) キク科 イワカガミ(岩鏡) イワウメ科 道は岩や石の破片がゴロゴロしているが起伏は少ない。のんびり歩きながら眼についた花を撮っ て行く。石の上にそれぞれ違う花が咲いていた。3つある。はっきりしないが白く見えるのはアオノ ツガザクラ、赤く見えるのは花期を終えかけたイワカガミ、黄色い花はミツバオウレンのようだ。 アオノツガザクラの花冠はつぼ形で帯緑白色。先は5浅裂してそりかえる。名前はツガザクラの 花が淡緑紅紫色で釣鐘形であるのに対し、本種の花は帯緑白色でつぼ形であることから。 ミツバオウレンで白い花びらのように見えるのは萼片。黄色く見えているのは花弁。小葉が3個 あるオウレン属の仲間。 オウレン(黄蓮)の名前は根茎の切り口が黄色く、根茎が連なっていることによる。根茎は胃腸薬 などに利用される。 ミツバオウレン(三葉黄蓮) キンポウゲ科 アオノツガザクラ(青の栂桜)ツツジ科 イワカガミ(岩鏡)イワウメ科 ハイマツ帯の道脇の段丘に、アオノツガザクラが地に張り付くように群落をなしていた。私が 初めてこの花に出会いその名前を知ったところだ。花の色は緑色を帯びているのだが、強い光の ためか白く映っている。 アオノツガザクラ(青の栂桜) ツツジ科 近くにミネズオウとツガザクラが咲いていた。同じツツジ科の仲間だがミネズオウは上向きに 咲き、ツガザクラは横向きか下向きに咲く。その姿はどちらも愛らしい。 ミネズオウは高山に見られるスホウ(蘇芳)の意味。イチイをヤマスホウ(山蘇芳)ともいう ので、これに対してミネズオウになったといわれる。ヤマスホウもミネズオウもスホウに草姿が 似ていることから。スホウはマメ科。原産地はインド・マレ-諸島。 ツガザクラは常緑の葉が針葉樹のツガに似て、桜のようなピンク色の花を咲かせることからこの 名がついたといわれる。 ミネズオウ(峰蘇芳) ツツジ科 ツガザクラ(栂桜) ツツジ科 ハイマツのなかに赤い実をつけたタカネナナカマドが生えていた。ナナカマドやウラジロ ナナカマドの実は上向きにつくが、タカネナナカマドの実は垂れ下がってつく。また小葉に 光沢があるのも特徴。 すこし先へ進んだところではウラジロナナカマドが白い花をつけていた。その名の通り小葉の 裏面が白い。また、ナナカマドやタカネナナカマドでは小葉のふち全体に鋸歯があるのに対し、 ウラジロナナカマドは小葉の下半部には鋸歯がない。 ナナカマドは材が燃えにくいので、七度かまどに入れても燃え残ることからこの名がついたと いわれる。 タカネナナカマド(高嶺七竈)の果実 バラ科 ウラジロナナカマド(裏白七竈)の花 バラ科 岩陰の藪のなかにムシトリスミレが咲いていた。光線の加減か、花びらの上半分は白く映って いる。 葉のふちは内側に巻き込み、表面に密生した腺毛から粘液を分布し、小さな虫を捕える食虫植物。 ムシトリスミレ(虫取菫) タヌキモ科 ハイマツのなかに、小さな花をいっぱいつけたミヤマホツツジがのぞいていた。ホツツジは オシベの先端が上を向いているだけだが、ミヤマホツツジは象の鼻のように上に大きく曲がって いる。ホツツジの名前は花が穂状につくことによる。 暗い藪のなかに咲く白い花に気づいた。ツマトリソウだ。ツマは「端」の意味。花冠の先端が 淡い赤で縁どられることからツマトリソウと名付けられたとされるが、実際には赤味のさす花は 少ない。 ミヤマホツツジ(深山穂躑躅) ツツジ科 ツマトリソウ(褄取草) サクラソウ科 ハイマツ帯をぬけ急峻な坂道を下って行く。上の樺と呼ばれるところだ。辺りは鬱蒼とした樹林 に覆われ、道は大きな岩や石が重なり合い、いたるところで木の根が張り出して歩きにくい。 下りはじめてほどなくオオヒョウタンボクの花が眼についた。ヒョウタンボクの高山型で、森林 限界付近でまれに分布する日本固有種。 ヒョウタンボクの名前は、果実が2個ずつくっつき、ヒョウタンのような形をしているから。 木々の間から光が射しこみ明るい空間に出たところで、ミネカエデの花が咲いていた。中部地方 以北の亜高山~高山に分布するカエデの仲間。カエデは、葉の形がカエルに似ていることからきた とされる。 オオヒョウタンボク(大瓢箪木) スイカズラ科 ミネカエデ(峰楓) ムクロジ科 やがて山道の勾配もゆるやかになり、下の樺近くにきたところで大形の花に出会った。輪生状の 大きな葉の間から花柄を伸ばし、その先に白い花をつけている。キヌガサソウだ。 名前の由来は、大きな葉が輪生する姿を衣笠(古代。皇族や公卿の行列にさしかけた絹張りの傘)にたとえ たものという。 この近くではサンンカヨウが見られた。これまた大きな葉のなかに白い花を咲かせている。葉の 形は中央に深い切れ込みがあり、ふちにはふぞろいの鋸歯がある。花弁は6個。果実は濃い青紫色。 サンカヨウのカヨウ(荷葉)はハスの葉の漢名。山地に生え、葉が広がるとハスが開いたように 見えることからつけられた名前。 キヌガサソウ(絹笠草) ユリ科 サンカヨウ(山荷葉) メギ科 上を見上げると、オガラバナが穂状に花を咲かせていた。カエデの仲間で、葉は掌状に切れ込ん でいる。 材がもろく、麻幹(アサの皮を剥いだ茎のことで、盆の迎え火をたくのに使う)に似ていること からこの名がつけられた。 オガラバナ(麻幹花) ムクロジ科 林内はだいぶ明るくなり、道脇にはミヤマキンポウゲがポツンと咲いていた。キンポウゲの 名前は、光沢のある黄色い花を金色の鳳に見立て、つけられたといわれる。 ミヤマキンポウゲのそばには、イチゴの一種と思われる花があった。シロバナヘビイチゴによく 似ているが、シロバナヘビイチゴより小葉の幅が広く、葉脈や鋸歯の数が少ない。調べてみたら ノウゴウイチゴと分かった。名前は発見地の岐阜県能郷村にちなむ。 ミヤマキンポウゲ(深山金鳳花)キンポウゲ科 ノウゴウイチゴ(能郷苺) バラ科 樹林帯をぬけてしばらく歩いたところで上を見上げると、草叢のなかにオオサクラソウが咲いて いた。ピンク色の花が何とも愛らしい。 名前の由来は、他のサクラソウのなかでも全体に大きく、サクラに似た花が咲くことによる。 オオサクラソウ(大桜草) サクラソウ科 ダケカンバが茂る林の中を覗くと、白い花をつけたモミジカラマツが見られた。名前は葉が カエデのように切れこみ、花の形を針葉樹の唐松の葉に見立てたもの。 草原に出ると、シモツケソウがユラユラと風になびいていた。鮮やかな赤い花びらが草原によく 映る。私が高山植物を覚えたてのころ、いちばん印象に残っている花だ。 モミジカラマツ(紅葉唐松) キンポウゲ科 シモツケソウ(下野草) バラ科 道は起伏が少なくなり歩きやすくなってきた。左手の丘陵はは笹で埋められている。足を早めて 先を急いでいたところ、ハクサンシャジンに気づいた。往路でもたくさん眼についた花だが初めて カメラを向ける。平地で見られるツリガネニンジンの高山型で、最初に白山で発見されたとされる。 花の色は青紫色だが、白く映っている。 ツリガネニンジンの名前は、釣鐘のような花が咲き、白く太い根が朝鮮人参に似ていることから。 同じところにオヤマボクチも生えていた。ボクチ(火口)は火打石でだした火を移しとるもの。 この仲間の綿毛を集めて火口としたことからこの名がついたという。 ハクサンシャジン(白山沙参)キキョウ科 オヤマボクチ(雄山火口) キク科 右手の草原には、カライトソウが赤い花穂を垂れ下げ風に揺れていた。ワレモコウの仲間で、 名前は紅紫色の長いオシベを中国渡来の絹糸にたとえたもの。唐は中国のこと。 左手の斜面にはタカネマツムシソウが咲いていた。高山に生えるマツムシソウで、花は マツムシソウより大きく色も濃い。ただ強い光のためか色がくすんでいる。 マツムシソウの名前の由来は、松虫が鳴く頃に花が咲くからという説と、花が咲き終わったあとの 紡錘形のような形の果実が松虫鉦(まつむしがね)と呼ばれる、巡礼がもつ鐘と似ていることに ちなむ、という説がある。 カライトソウ(唐糸草) バラ科 タカネマツムシソウ(高嶺松虫草)スイカズラ科 八方池近くになったところでハクサンオミナエシが眼についた。花のつきかたはまだまばらで 蕾が多い。別名コキンレイカともいう。この花は以後他の山で何回も眼にしているが、最初に 出会ったのはこの辺りではないかと思う。 オミナエシは漢字では女郎花と書く。女郎といえば遊郭の「遊女」をイメ-ジするが、 「身分のある女性」の意味もある。 オミナエシの由来には、小さな黄色い花が粟の粒に似ていることから、粟飯の別名であった オミナメシ(女飯)が訛ったという説や、高貴な女性を圧倒するほど美しい花という意味で、 女圧し(オミナヘシ)が変化したという説がある。また女郎花という漢字があてられたのは、 10世紀初期(平安時代中期)だと、いわれ、貴族の令嬢、令婦人の敬称が「女郎}だったことが 由来ともされる。 八方池を真下に見る尾根上ではミヤマウイキョウが見られた。葉は羽状に3~4回全裂し、糸の ように細かい。判別が難しいセリ科のなかでは比較的見分けやすい。 名前の由来は、高山に生え葉が同じセリ科のウイキョウに似ていることによる。ウイキョウは 葉に芳香があり生薬やスパイスなどに利用される。 ハクサンオミナエシ(白山女郎花)スイカズラ科 ミヤマウイキョウ(深山茴香) セリ科 時計を見るとすでに15時を過ぎている。あわててロ-プウエイの方に向かい15時50分乗り場に 着く。 この稿で100種近い高山植物を見て来たが、見落としたものもたくさんあるはずだ。しかし 830m位の標高差の中でもそろぞれ違う種が生えていることを知った。 日本の高山植物は北方系を起源とするものが多いと言われているが、ヒマラヤ山系の影響もある と思われる。イブキジャコウソウなどはインド北部の西ヒマラヤで群生していたものとそっくり だったし、バラ科のキジムシロ属の花や、シオガマ属の仲間もよく似ているものがあった。 それにしても高山植物は美しい、色も鮮やかである。雪融けから花を咲かせ実をつけるまでの 期間はわずか、厳しい環境のなかでそれなりに生きる工夫をしているのであろう…そんなことを 思いながらリフトを下っていった。 ― 了 ― 2017.8.26 記 私のアジア紀行://www.taichan.info/ |