私が眼にした
           
             カラコルムの名峰

      パキスタンには1996年から2016年にかけて、ツア-旅行で4回訪ねている。
     いずれも行く先々でバスの窓にじっと眼をあて、カラコルム山脈の壮大な景色を眺めていたが、
     そのすばらしい姿に感動、夢中でカメラを向けた。
      カラコルムには標高7000m以上の高峰が60座あるといわれるが、5000m以上の山になると
     その何倍もあると思われる。ここに掲載する峰々はそのごく一部にすぎない。
       なお、ヒマラヤ山脈の西に位置するナンガパルパット、崑崙山脈のコングリ-峰、ムスタグ
     アタ峰もこの稿に入れさせてもらった。

      パキスタン北西部にあるフンザは2400mの台地にあり、そこからカラコルムの7000m級の
     山々を一望できる。
     北側にはウルタル1峰、2峰、レディフィンガ-、フンザピ-ク、南側にはラカポジ、ディラン、
     ゴ-ルデンピ-ク等などが聳えたつ。
      フンザからラカポジを眺めると他の山にさえぎられているところがあるが、ギルギットから
     フンザに向かう途中にあるラカポジ.ビュ-ポイントからはほぼ全景を見ることができる。

            ラカポジ・ビュ-ポイントから見たラカポジ 7788m 2016.10.15

           

      間近に見るラカポジは大きい、圧倒されるような迫力がある。ただ残念なことに、逆光の
     ため山の稜線がはっきりしない。
     山腹から山麓にかけて見えるのは氷河、その雪融け水が渓流となって眼の前を奔り下っていた。
      2004年7月に来たときは生憎の曇り空、山頂を望むことはできなかったが、氷河だけ写真に
     収めることができた。

                  ラカポジから流れ落ちる氷河 2004.7.2

           

      フンザ近くにあるドゥイカルの丘(標高2800m)で、朝日が当たり始めたラカポジも美し
     かった。
      ラカポジはこの地方の伝説上の人物にちなみ「ラカの物見台」とか「雲の首飾り」とか呼ば
     れているそうだが、私は随分前に聞いたことのある「白いドレス」という呼びかたが好きだ。
     まさに純白の衣をまとったようなその姿は神々しいほどに美しい。
      なお2019年7月、アルパインクライマ-平出和也さんと、登山家 中島建郎さんが未踏の
     南面ル-トから登頂、この快挙で2人は28回ピオレド-ル賞を受賞している。
      ピオレド-ル賞とは、フランス語で「金のピッケル」という意味で、登山界のアカデミ-賞と
     呼ばれている。

                  ラカポジ 7788m  2016.10.17

          

      ディランはフンザの台地から正面に見えるが、雲にかすんでいることが多かった。
     しかし、ギルギットからフンザに近づいたとき、突然山蔭から全身雪に包まれたディランが
     現れたときには思わず眼を見張った。黒い岩肌はまったく見られない。純白の円錐形の
     山容は柔らかく、実に美しい。
      このディランについては、1965年京都府山岳連盟が遠征したときに医師として参加した、
     北杜夫の小説「白きたおやかな峰」がある。

                 ディラン  標高 7257m 2016.10.15

           

      10月15日フンザを通り過ぎてまもなく、幾重に重なり合い並び立つ岩峰が見えてきた。
     いずれも7000mを越えるカラコルムの峰々である。
      標高は 右トリポ-ル7728m、中央 モミヒリサ-ル7343m 右端に小さく見えるのが
     ルプガルサ-ル7200m

           左トリポ-ル 中央モミヒリサ-ル 右ルプガルサ-ル 2016.10.10

          

      15分後、さらに鋭い岩峰が車窓を通りすぐて行く。先程の峰々とよく似ているが違う。
     左がチョクタン、右がギルギンティ-ル。7000m級の山々であろうが、標高はよく分から
     ない。

               左 チョコタン 右 ギルギンティ-ル 2016.10.15

           

      翌日10月16日、上部フンザからフンザへ移動していた時、空高く突き上げた岩峰が眼に
     入った。青空に西日をあびて山容はくっきりしている。まさに鉞の刃を突き立てたような岩峰
     である。スゴイ!スゴイとしか言いようがない。
      誰かの「あれはウルタル2峰だ!」という声を聞いたとき、さらに驚いた。何回か眼にした
     ウルタル峰はおだやかな稜線を描いていたからである。
      山頂付近は強風が吹き荒れているのだろう、白い雪煙が巻き上がっていた。周りの峰々も
    人間をよせつけないような厳しい姿だ。
     道路沿いから、7000m級の山頂がこれほどくっきり間近に見える山はめったにないだろう。

                 ウルタル2峰  7388m  2016.10.16

          

      長谷川恒夫さんは1991年10月、この山で遭難死している。
      ウルタル1峰は1984年広島山岳会により初登頂されているが、ウルタル2峰については
     1985年以来、世界の一流の登山家が挑戦するもすべて敗退していた。しかし1996年8月、
     日本山岳会東海支部の山崎彰人、松岡清司のパ-ティは南西壁からアタック、初登頂に成功
     した。16泊17日のス-パ-アルパインスタイルだったそうである。
      ところが山崎彰人さんは、ベ-スキャンプに帰還後原因不明の腹痛に襲われ急死、松岡清司
     さんも、翌年レディフィンガ-に向かう途中岩雪崩によって遭難死している。
      (日本山岳会東海支部、岐阜大学雷鳥クラブ編参考)
      まさにウルタル2峰は魔の山である。その後この山に登頂した登山家は知らない。

      さらに進んで行くと、形を変えたウルタル1峰、2峰が現れてきた。ほぼ南壁の姿だろうと
     思われる。いつも雲に隠れているウルタル峰だったが、この日はすばらしい表情を見せて
     くれた。

           左ウルタル1峰 7329m 右ウルタル2峰 7388m 2016.10.16

          

              ウルタル1峰               ウルタル2峰

       

      10月17日の早朝ドゥイカルの丘では、ウルタル1峰の近くにレディ-ス.フィンガ-とフンザ
     ピ-クが朝日に光り輝いていた。今までの中では一番間近に見る姿である。
      レデイ-フィンガ-は、鋭く尖った形が女性の小指のように見えることからつけられた名前。
     鋸を突き立てたような尖峰は6000mをわずかに切っているが、凄い難峰だと思われる。果た
     してこの垂直の壁に登った人がいるのかどうか?...。

           中央レディ-スフィンガ- 5985m 右フンザピ-ク 6270m

          

      調べてみたら、1995年日本屈指のクライマ-山野井泰史さんが、奥さんの妙子さん、友人
     と共に未踏の正面ウォ-ル南西壁からアタック、初登頂に成功している。雪山と違い水分
     補給ができないため非常に困難な登攀となり、12日間を要したという。8日間の食料、燃料を
     すべて使い果たし、飲まず食わずの状態になったらしい。
      彼はその多くを単独で、しかもいかなる高峰でも無酸素で、数々の名峰を登攀したという。
     その功績により、2021年には登山界で最も権威のある「ピオレド-ル生涯功労賞」を受賞して
     いる。

      早朝ドゥイカルの丘に立つと、遠く東の空は赤く染まりはじめ、ゴ-ルデンピ-クが三角状
     の黒いシルエットとなって見えていた。

                東の空に浮かぶゴ-ルデンピ-ク 7027m 2016.10.17

           

      夕暮れには、落日前の光に輝くゴ-ルデンピ-クが望める。フンザのホテルのベランダから
     眺める心和むひと時である。

               夕日に輝くゴ-ルデンピ-ク 7027m 2016.10.16

           

      6時20分次第に明るくなり、前方のラカポジ、その左手のスマイヤルピ-ク、乳首のような
     ミヤルピ-クにもほのかに光が辺り初めてきたがまだ弱い。カラコルムの夜明けである。
     朝の空気が清々しい。
      ところが右前方の名もなき山は、朝日をいっぱい受けて見事に赤く染まっていた。
     カラコルム山脈で標高5000m以下の山は、ほとんど名前がつけられていないのである。

           スマイヤルピ-ク    2016.10.17      ミヤルピ-ク

       

                   朝日に輝く名もなき山  2016.10.17

            

      上部フンザには、標高6106mのカテドラルピ-クが聳え立っている。無数の剣俊な尖峰を
     突き上げた巨大な山容は、堂々たる風格を感じる。辺りを圧倒するような迫力がある。
      名前は、ヨ-ロッパのキリスト教教会「大聖堂」をイメ-ジしたものと思われる。

                 カテドラルピ-ク 6106m 2016.10.15

           

      上部フンザの散策を終えてホテルに向かうとき、急に肌寒くなってきた。日が当たらなく
     なったパス-氷河の冷気のためである。この巨大な氷河はパス-ピ-クから流れ落ち、自らが
     削りとった深い峡谷に身を沈めていた。

             パス-ピ-クから流れ落ちるパス-氷河  2016.10.15

           

      夕刻外に出てみると、カテドラルピ-クが夕陽に赤く染まっていた。青い空と、夕陽に
     染まる山頂、黒い影となった山壁のコントラストが美しい。

             夕陽に染まるカテドラル.ピ-ク  6106m 2016.10.15

           

      早朝パス-のホテルを出発してすぐ、左手上空に朝日に輝く白い峰が見えてきた。シスパ-レ
     だ。昨日は夕暮れの影のなかでひっそりとしていたが、今日は晴やかな姿を見せてくれた。
      シスパ-レは2017年8月、平出和也さんと中島建郎さんが未踏の北東壁ル-トから登頂、
     26回ピオレド-ル賞を受賞している。

                    シスパ-レ 7611m  2016.10.16

           

      パス-ピ-クも、この日はカラコルムの天空に”白きたおやかな”姿を見せてくれた。昨日
     眺めた夕暮れの暗い山容とはまるで違う。

                 パス-ピ-ク 7478m  2016.10.16

           

      この日は、カラコルム.ハイウエ-を走ってクンジェラブ峠を訪ねた。九十九折りの道を
     大きくカ-ブしながら走っていたが、やがて目線の高さに白い峰々が見えてきた。三角状の
     険しい山もあれば、やわらかい稜線をもった山もある。走るにつれ山の形はめまぐるしく
     変わっていく。壮大な景観だ。いずれも広大なクンジェラブ峠の高原をとり巻く山塊群である。
      クンジェラブ峠の標高は4733m、パキスタンと中国を結ぶ国境にある。

                  クンジェラブ峠近くの雪山 2016.10.16

           

                    クンジェラブ峠近くの雪山

          

      10月10日、チラスを過ぎカラコルムハイウエ-を北上していたとき、インダス川の遙か
     南に雄大な山が雲の上に浮かび、堂々たる貫録で天空に聳え立っていた。
      標高8125m、世界第9位の高峰ナンガパルパットである。。登攀が非常に難しく、多勢の
     遭難者を出したことから「人食い山」と恐れられた山だったが1953年7月3日、
     ドイツ・オ-ストリア隊のヘルマン・ブ-ルによって初登頂された。ちなみに世界最高峰の
     エベレス
トが初登頂されたのも1953年である。

                ナンガ・パルパット(8125m) 2016.10.10

           

      10月11日早朝、ラマのホテル庭に出てみたところ、朝日に輝く雪山が眼に飛び込んできた。
     あっと息をのむような美しさだ。チョングラピ-ク(6830m)と呼ばれるナンガパルパット
     山塊群の一角にある峰らしい。辺りの空気は澄み渡り、紺碧の空、茜色と純白の山肌、黒い
     影となった樹木が鮮やかなコントラストを描いていた。

          ラマのホテルから見たチョングラピ-ク 標高 6830m 2016.10.11

           

      ラマからデオサイ高原に向けて走っているとき、車の後方にナンガパルパットが見えはじめ
     てきた。昨日は雲の上に浮かんでいたが、この日は澄みきった青空にその大きな姿を見せて
     くれた。すばらしい眺めだ。ヒマラヤ山脈の西端に聳え立つ巨大な山である。

                ナンガパルパット8125mの東面 2016.10.11

           

      この先20分ほど走ったところには草原が広がり、その鞍部にはショ-サル湖と呼ばれる
     天空の湖があった。湖面はあくまで青く澄み渡り、その向うにはナンガパルパットの白銀の
     姿が見える。青い湖と赤い丘陵、ヒマラヤの空に輝くナンガパルパットの色彩が眼に沁みる
     ほどに美しい。

              ショ-サル湖の向うに聳えるナンガパルパット 2016.10.11

           

       崑崙山脈(パミ-ル高原から)

      中国のカシュガルを出発して2時間程すると、スッポリと雪を被った巨大な山が見えてきた。
     標高7719m、崑崙山脈の最高峰コング-ル峰である。辺りを圧倒するような迫力を感じる。
      コング-ル峰は、1981年イギリス隊により初登頂された。
      崑崙山脈はチベット高原の北を東西2500km走り、標高6000m以上の高山が200座以上
     連なる長大な山脈である。

                  コング-ル峰 7719m  2004.6.30

          

      崑崙山脈の白い峰々はどこまでも続く。切れることがない。その上は気が遠くなるような青空
     が広がっている。壮大な景観だ!。

                    崑崙山脈の白い峰々  2004.6.30

           

                        崑崙山脈の白い峰々

            

      さらにパミ-ル高原を3時間走り、カラクリ湖に近づくと雄大な山が見えてきた。これまた
     全山スッポリと白い雪に覆われ、光り輝いている。すばらしい景観だ。
      標高7546mのムスタグ・アタ峰である。その姿も移動するにつれて刻々と変化する。雪の
     深さは300mあるという。ちょっと信じられない気もするが、確かに山頂から山腹にかけて
     黒い岩肌を見せているところはほとんどない。

           カラクリ湖の上に聳えるムスタグ・アタ峰  7509m 2001.9.14

           

                    別の角度から見たムスタグ・アタ峰

         

      ムスタグアタ峰はウイグル語で「氷の山の父」という意味。ここに暮らす人たちからは
     「神の山」として崇められているのだろう。
      カラクリ湖を離れると、展望さらに大きくなり大草原が広がってくる。
      やがてスバシ峠に着く。ここは標高4000m、空気は薄い。多少息苦しさを感じる。
     うしろをふり返ると、ムスタグアタはまだ大きな姿を見せていた。左手前方は崑崙山脈の
     白い峰々が長く伸びている。

              スバシ峠からムスタグ・アタを望む 7509m 2004.6.30

           

      このパミ-ル高原には、ウイグル族、キリギス族、タジク族の人たちが暮らしている。
     そのほとんどは遊牧民。遠い昔からこの厳しい自然のなかで、その生活スタイルを変えて
     いないのである。


                               ― 了 ―   2022.6.27