大 雪 山 の 紅 葉 2013・9.23~9.25 大雪山 緑の沼 そろそろ紅葉の季節。 秋を彩る紅葉は、落葉樹が葉を落とすための準備が進むことにより起こる現象といわれている。落葉樹は 葉を落とすために、先ず葉柄の付け根にコルク質のフタをつくり、葉に入る水の流れを防ぐ。しかし葉はまだ 光合成を行っていて、糖分を生産しつづけているため、糖分は滞留し、葉のなかに含まれる色素と化合して 赤や黄色に発色する。最後には葉を落としてしまうが、それは水の蒸散を止め、冬の寒さと乾燥から身を護る ためとされている。したがって寒い地方の落葉樹ほど、冬に備えて早めの準備をしなければならない。 北海道や東北の紅葉が早いのは、そのためと考えられる。 私は本年9月23日~25日、ハイキングツア-で北海道の大雪山に出かけてみた。久しぶりに大雪山の 紅葉を見たかったからである。 大雪山は一つの山を指しているのではなく、主峰旭岳を中心とする山々と、十勝岳連峰を含む大雪山系 全体を意味しているという。つまり大雪山といえば、大雪山国立公園のことらしい。 その面積は南北63km、東西59kmと広大で、琵琶湖より3倍大きく、神奈川県とほぼ同じ広さがある。 今回のツア-は、層雲峡の黒岳周辺、旭岳の東南に広がる高原沼巡り、旭岳周辺の姿見から裾合平先 までを、3日間に分けてハイキングするスケジュ-ルが組まれていたが、初日と2日目は曇り模様、しかし 3日目は大雨と強風のため、ハイキングは中止された。それでも2日間は、大雪山の美しい紅葉を楽しむ ことができた。 初日訪ねたのは黒岳周辺。層雲峡ロ-プウエイで黒岳5合目まで行き、さらにリフトで7合目まで上った。 この日は自由行動だったが、7合目に着いた時はすでに午後2時半を過ぎていたため、集合時間までの1時間 余りを山頂に通じる山道を歩いてみた。この辺りの標高は1600m前後。 紅葉したオガラバナ 7合目近くまではダケカンバが山を覆っていたが、その辺りから上部に行くにつれて高い樹木は見られなく なり、ナナカマドやミネカエデ、オガラバナのような低い木々が眼につくようになる。 オガラバナはミネカエデとともに高山に見られるカエデで、ややくすんだ橙色~赤色に紅葉する。葉は対生し、 掌状に5~7つに切れ込む。ふちに欠刻状の鋸歯があり、葉の裏面は白っぽい。初夏に穂状の黄緑色の花を 直立させ、よく目立つ。 漢字では麻幹花と書く。「麻幹」は盆の迎え火などに使われるアサの皮をはいだ茎のことで、オガラバナの 茎がこれに似ているため、つけられた名前らしい。 黄葉したダケカンバ 黒岳6合目付近 ウラジロナナカマド ダケカンバは、シラカバよりは標高の高いところに生える落葉高木。森林限界付近では低木状になり、風の 影響でねじれた樹形のものが多い。花期は6~7月。雌雄同株。シラカバによく似ているが、ダケカンバの 果穂が上向きにつくのに対し、シラカバの果穂は下向きにつく。秋になるときれいに黄葉する。 ナナカマドは、紅葉する秋の落葉樹のなかでも一番よく目立つ。色鮮やかに染まった紅葉は眼に沁みるよう に美しい。この日私が見たナナカマデはほとんどが葉を落とし、赤い実だけが秋空に映えていた。 この高さでほとんどの実は上向きになっていたので、おそらくウラジロナナカマドだと思われる。 ウラジロ ナナカマドは、ナナカマドよりも高いところに生え、葉の裏面が白い。 シラタマノキ 5合目までリフトで下りてロ-プウエイに通じる道に、シラタマノキが白い実をつけ、紫色のエゾリンドウ、 そして白いエゾリンドウも花を咲かせていた。白いエゾリンドウを見るのは初めてだが、どうもこれは植え られたものらしい。 シラタマノキ(白玉の木)はツツジ科の常緑小低木で、その名の通り白い果実をつける。花は淡い黄色。 実をつぶすと、さわやかなサロメチ-ルのような匂いがする。 エゾリンドウ 白いエゾリンドウ エゾリンドウは山地や亜高山の草地や湿地などに生える多年草。花は茎の先や葉のつけ根に段々になって つく。晴れた日でも完全に開くことはない。よく似ているオヤマリンドウは、茎の先だけに数個の花を咲かせる。 リンドウ(竜胆)が日本人によく親しまれているのは、その姿かたちはもちろん、名前からくる響きにもある だろう。歌の題名や歌詞にもよく使われている。島倉千代子が唄う”りんどう峠”、由紀さおりが唄う”りんどう 小唄”等々。 苦味のある根茎を乾燥させ、漢方薬にしたものを竜胆(りゅうたん)と呼んでいるが、リンドウの名前はそこから きたものらしい。 ヒグマ情報センタ- 大雪高原山荘 翌日私たちは、層雲峡からバスで大雪高原温泉と呼ばれるところまで行き、その奥に続く高原の沼めぐり コ-スをハイキングした。出発前、ヒグマ情報センタ-の係員からヒグマについての情報や、知識、注意事項 を聞く。このレクチャ-を受けないと入山できないシステムになっている。その話をまとめると大体次のように なる。 夏場はこのコ-ス内にかなり多くのヒグマの出没が見られたが、最近は山の奥の方に移動したらしく、少なく なっている。大人数の場合は必要ないが、一人歩きや少人数の場合は、鈴やラジオなど音のでるものを携帯 する。万一ヒグマに出会ったときは、あわてずにゆっくりとうしろに後ずさりする。決して背中を見せてはいけ ない。動物は背中を見せて走りだすと、追いかけてくる習性がある。ヒグマはふつう、人間の気配を感じると、 森陰にひそみ様子を見ているはず。しかし、人間の集団が通り過ぎたと思って現れたケ-スが過去に何例か あったので要注意。とくにコグマにはゼッタイに近寄らないこと。 10分ばかり説明を聞いたあと、いよいよ出発。 センタ-前に見事なナナカマドが立っていた。当日は曇り模様だったが、それでも枝先にいっぱいつけた赤い 実は鮮やかに眼に映る。このナナカマドの実はヒグマの大好物だという。 ナナカマドの赤い実 センタ-裏から山道に入って行く。メンバ-は男性5人、女性10人、それに女性添乗員と男性ガイドの 総勢17人。私は先頭を歩く大雪山自然教会指導員の資格をもつ、ガイドのMさんのあとにつづく。 彼は私と同年配。18年前からこの仕事に入ったらしいが、山や自然が大好きで植物についても造詣が 深い。 森はエゾマツやアカエゾマツ、トドマツ、シラカバ、ミヤマハンノキが高くそびえ、その周りにはオガラバナ、 ミネカエデなどの低い木々が生え、林下には巨大になったフキ、オオイタドリ、チシマザサなどが生い茂る。 この辺り標高は1300m前後、森陰から小さな渓流が見え隠れしている。道脇には、ミズバショウ、赤い実を つけたオオバタケシマラン、ヨブスマソウなどが眼につく。また北海道にしか見られないコモチミミコウモリや ミヤマリンドウも花をつけていたが、道狭くまた団体行動のため写真はなかなか撮れない。グル―プのハイカ- たちも頻繁に出会う。紅葉しているのはオガラバナ、ミネカエデ、ナナカマドなどである。 やがて森が切れ、思わず息をのむようなすばらしい紅葉の景観が眼に飛び込んできた。ようやく目的の緑の 沼に着いたようだ。時計を見ると11時20分、ここまで1時間半かかっている。 緑の沼の紅葉 緑のエゾマツ、トドマツが、紅葉したナナカマドやオガラバナ、ミネカエデを鮮やかに引き立たせている。 見事なコントラストだ。池の面にもそれが映り、ため息がでるほど美しい。 北海道で見られる高木常緑樹のほとんどは、針葉樹のエゾマツ、トドマツが占めており、常緑広葉樹は非常に 少ないらしい。 緑の沼の紅葉 池のそばには、ウラジロナナカマドやオガラバナ、ミネカエデがたくさん見られた。ウラジロナナカマドは 高山に生え、葉はややくすんでいたが、実は上向きに赤い実を残していた。オガラバナは赤色に 紅葉するが、 ミネカエデは華やかに黄葉する。 ウラジロナナカマドの赤い実 黄葉したミネカエデ 午後はバスで高原温泉からシラカバ林の道を北東に向かい、1時間半後の午後2時、銀泉台入り口の駐車場に 着いた。ここは赤岳の登山口。シラカバが茂るゆるやかな林道をゆっくりと歩いて行き、急な山道にとりつく。 森をぬけると、いきなり広大な紅葉の景観が眼に入ってきた。これまた息をのむような素晴らしい紅葉である。 ”燃える山”、”燃える秋”…とでも形容したくなるほどの美しい紅葉の色彩である。 大自然が織りなす”色彩の饗宴”といってもいいかもしれない。ただ今日は曇り空、光が当っていないのが少し 残念。 銀泉台の紅葉 この中には、緑のエゾマツ、トドマツ、黄色のダケカンバ、ミネカエデ、赤色のオガラバナ、ナナカマドなどが 入っていると思われる。道端には、珍しいチシマヒョウタンボクやゴゼンタチバナが赤い実をつけていた。 チシマヒョウタンボク ゴゼンタチバナ チシマヒョウタンボクは赤い花を2個ずつつける。上弁は先端が4浅裂し、下弁は線形でそりかえる。実は 2個が合着し、ひょうたん形になる。 ゴゼンタチバナの葉は4枚のものと6枚のものがあるが、花や実をつけるのは6枚のものにつく。 漢字では御前橘と書く。御前は石川県白山の最高峰の山。白山で最初に発見されたのに因み、つけられた 名前だという。橘の意味は不明だが、赤い実がカラタチバナに似ているからか?。 山の斜面を見ながら上ってゆくにつれて、風景も刻々と変化し、紅葉が緑の木々やチシマザサに映えるよう になる。 銀泉台の紅葉 銀泉台の最上部にくると、紅葉はさらに色濃くなり、ひときわ鮮やかに眼に映る。そしてクロウズコが黒い実を つけ、エゾヒメクワガタも可憐な花を咲かせ、紅葉したチングルマ、ハイオトギリ、エゾノツガザクラの群落が 眼に入ってきた。この辺り標高1500m位。 銀泉台の紅葉 クロウズコは高山に生えるツツジ科の落葉低木。6~7月白色や赤味の強い壺形の花をつける。果実は 濃い藍色で、先端にオヘソのようなへこみがあり、食べられる。 エゾヒメクワガタは、北海道の高山だけに見られるオオバコ科の多年草。花柱は長く、花から突き出る。 クロウズコ エゾヒメクワガタ チングルマは漢字では稚児車と書く。チゴグルマがチングルマに転じたものらしい。花が終わり果実と なっても、花柱が残って長く伸び、これが車輪状に多数集まる姿をイメ-ジして、この名がつけられたと いわれている。中部以北の高山の雪田周辺や草原に生える落葉低木。大きな群落をつくることも多い。 紅葉したチングルマ 華やかなチングルマの花が、このように変化していく姿はなかなか面白い。不思議でもある。 チングルマの花(2013.7.2 八幡平) チングルマの花柱 ハイオトギリは、北海道の雪田周辺に多い多年草。高さは15~30センチ位。葉は楕円形で、基部はなかば 茎を抱く。 エゾノツガザクラは、北海道や東北の高山の雪田周辺に生えるツツジ科の常緑小低木。花は細長い壺形で 紅紫色。 紅葉したハイオトギリ エゾノツガザクラ ここからUタ-ン、帰り道への急坂を下って行く。同じコ-スなのだが、上から下を眺めながら移動して いるためか、風景もすこし違ったものに見えてくる。黄色く色づいたダケカンバの景観もまた美しい。 さらに下って行くと、カ-ペット状に伸びた赤い紅葉が眼に入ってきた。ウラシマツツジとチングルマが 混ざり合った紅葉らしい。これも眼を見張るような鮮やかさである。 ウラシマツツジは、北海道や中部地方以北の高山に生えるツツジ科の落葉小低木。クリ-ム色の小さな花が 枝先に3~5個集まってつく。紅葉した濃い色彩に驚かされる。 ダケカンバの紅葉 ウラシマツツジとチングルマの紅葉 3日目の最終日、私たちは朝6時発のロ-プウエイに乗り、旭岳登山口の姿見まで上って行ったが、大雨と 強風、さらに視界はまったくきかないとあって当日のハイキングは中止された。 思えば19年前の同じ時期、黒岳~旭岳~旭岳温泉までのハイキングに参加したが、途中雪が降りはじめ、 強い吹雪と強風のためロ-プウエイの運航が中止され、森の暗い夜道を山麓まで歩いたことがある。 非常に残念だが、ハイキングの中止はやむをえない。皆も安全第一というガイドの言葉に、納得したようで あった。 この日ハイキングは中止されたが、ガイドのMさんにロ-プウエイ前の自然歩道に案内してもらった。 森の中にはクロツリバナ、イワツツジ、エゾマツ、トドマツ、エゾイソツツジ、マルバシモツケ、シラタマノキ、 チングルマ、ツバメオモト、ヤマハハコ、アカモノなどが見られたが、雨のため多くは撮れず、イワツツジ、 クロツリバナだけをカメラに収めた。 イワツツジの赤い実 クロツリバナ イワツツジは、撮ってくださいと言わんばかりにエゾマツの幹にくっついていた。ふつう高山の林のふちなどに 生えるツツジ科の落葉小低木だが、木についているのは珍しい。 6~7月、枝先に淡い紅色の花が1~3個咲く。真っ赤に熟した実は食べられるらしい。 クロツリバナは、樹林のふちに生えるニシキギ科の落葉低木。暗紫色の花をつけることからムラサキツリバナ ともいう。北海道から中部以北の亜高山~高山に見られる。花は7月に咲く。 最終日のハイキングが中止されたのは残念だったが、日本でも屈指の紅葉を見ることが出来て、それなりに 楽しめた大雪山の旅だった。 2013.10.8 記 高峰高原~池の平~湯の丸地蔵峠~鹿沢温泉 2013.10.14~10.15 ヤマウルシの紅葉 2013.10.15 久しぶりに本年10月14日~15日にかけて、長野県と群馬県の県境にある高峰高原から池の平~湯の丸 地蔵峠さらに鹿沢温泉までのハイキングに出かけてみた。このコ-ス夏場には何回か歩いたことはあるが、 秋に訪ねるのは初めて。美しい紅葉を期待して、思い立って出かけてみたのである。山道約13kmの行程。 早朝千葉を立ち東京から新幹線で佐久平まで行き、そこからバスに乗り継ぎ10時半過ぎ高峰温泉に着く。 ここは標高約1950m。しばらく休憩のあと高峰高原の登山口に入る。まず目指すのは水ノ塔山。 初日はさわやかな秋空に恵まれた。黄色く色づいたカラマツやミズナラ、シラカバ林の明るい山道をゆっくり と上ってゆく。道脇にところどころ紅葉したサラサドウダンが眼につく。 黄葉したカラマツ 紅葉したサラサドウダン カラマツ(唐松)は日本特産の落葉高木。日本に自生する針葉樹では唯一の落葉樹。黄葉したカラマツを 注意して見ることはあまりないが、よく見るとなかなか美しい。秋のやわらかい日差しを受けて黄色く照り映え ている景観は、まさに秋を感じさせてくれる。 サラサドウダンはツツジ科の落葉低木。漢字では更紗灯台と書く。更紗はいろいろな模様が描かれた綿布の ことで、もとはインドやジャワなどから渡来したもの。花に紅色のスジが入ることから、更紗とつけられた名前 らしい。灯台の意味はサラサドウダンの枝の分岐状態が、灯台の脚に似るからだという。 ドウダンは満天星とも書くが、灯台から転じたもの。それにしてもこの名前をつけた人の想像力はたくましい。 別名フウリンツツジ。 カラマツ林をぬけて短い下り道に入り、鞍部からまた上って行くと広い稜線に出た。眺望は大きい。 遙か左手前方に越後の山々、さらに左に眼をうつすと北アルプス、八ヶ岳連峰が望めるが、やや霞んでいる。 右後ろを振り返ると黒斑山、前方にこれから行く水ノ塔山、東篭ノ塔山が見えている。 溶岩や岩の破片がころがるガレ場の坂道を上りながら、時に立ち止まり辺りの風景にカメラを向ける。 水ノ塔につづく登山道 後ろからくるハイカ-たちにどんどん追い抜かれてゆく。まあやむをえない、こちらは写真を撮りメモも とっているのだ。風景を楽しみながら自分のペ-スでのんびりと歩いて行こう。上空は雲ひとつない秋の 空が広がっている。 辺りを見渡すと、山々はすべて黄色く色づいたカラマツやダケカンバに包まれている。赤く紅葉した落葉樹 はまれに出会うナナカマドやサラサドウダンぐらい、その他の落葉樹はほとんど見られない。眼のさめるよう な紅葉を期待してきたのに少しガッカリした気分。 ダケカンバの中のサラサドウダン 葉を落としたナナカマド それでも黄色一色の風景のなかに赤く色づいた、サラサドウダンやナナカマドは眼に鮮やかに映る。 気をとりなおして歩いて行くと、足元に紅葉したイワカガミとクロマメノキが眼に入ってきた。 そういえばこの辺り、夏場にはイブキジャコウソウ、シオガマ、リンネソウ、ツガザクラ、シモツケソウ などの高山植物がたくさん見られるところ。 紅葉したイワカガミ クロマメノキ イワカガミはその名のとおり、明るい日差しに照らされて鏡のように光り輝いていた。高山の岩場や樹林の なかなどに生える常緑の多年草だが、紅葉するのだ。あまり色彩のない岩場にあってよく目立ち美しい。 イワウメ科に属し花期は4~7月。 クロマメノキはブル-ベリ-と同じ仲間。白い粉をかぶった濃い藍色の実を口に入れてみたが、甘酸っぱい 味がして美味しかった。高山の日辺りのよい岩場などに生える、ツツジ科の落葉小低木。よく似たクロウズコ は、果実の先端にオヘソのようなへこみがある。 やがて5メ-トル四方はあろうかと思われる大きな岩の前に出た。その左側の道をとる。真下は断崖の キレット。足許に注意しながらトラバ-スしていくと、水ノ塔の山頂が間近に見えてきた。 水ノ塔山への山道 しかし山頂は前方の山の向う側にある。この山を乗り越え下って、また上って行かねばならない。 かなり急登になってくる。岩場の間に足を踏み入れ、ときに岩の上を這うように登って行き水の塔の山頂に 着く。時計を見ると丁度12時。ここは標高2202m。 休憩はあきらめて、すぐに右側の藪道に入って行く。木々の根が張りだした歩きづらい道を下り、また上って 行くとふたたび稜線に出た。ここからは平坦な道がつづく。しばらく行くと大きく削り取られた赤い山肌が見え てくる。真下は鋭く切れ落ちた大キレット。そこから木々が生い茂る暗い道に入り、下ってまた上って行くと、 藪が切れたところで東篭の塔山があった。ここは標高2227m。時計は12時50分。ここで弁当を開く。 黒斑山の向うに頭を出しているのは浅間山 ここからの展望はさらに大きい。さえぎるものは何もない。北側に越後の山々、北西に北アルプス、南に 八ヶ岳連峰が望めるが、遠くにあってぼんやりしている。東側の浅間山は近くにあるため、山頂だけでは あるが比較的はっきり見えている。浅間山の標高は2568m。 昼食後、池の平に向かう。岩の破片がゴロゴロと散らばる道を下って行くと、まもなく森の中に入る。暗い道 から明るいカラマツ林に出たところで、紅葉したムシカリに出会った。太陽の光をうけて青空によく映えている。 紅葉したムシカリ ムシカリは葉の”虫食われ”がなまってこの名がついたといわれる。山地に生えるスイカズラ科の落葉低木。 4月から6月にかけて花を咲かせるが、白く見えるのは多数の小さい花を包んでいる装飾花。果実ははじめ 赤く、やがて黒く熟す。別名オオカメノキともいう。 まもなく兎平から池の平の湿原に出た。草原は見渡す限り薄茶色に染まり、華やかな色彩は見られなか ったが、落ち着いた秋の風情を感じる。頬をかすめる風が心地よい。 池の平湿原の風景 樹木はカラマツ 湿原の遊歩道を渡りきり見晴らし台に向かう。ゆるやかな坂道の周りには、緑のシャクナゲやシラビソの中 にムシカリとササラドウダンが鮮やかな色彩を放ち気持を和ませてくれる。ふり返ると、今まで歩いてきた 水ノ塔山から篭ノ塔山の稜線がクッキリと姿を見せていた。 遠く高峰高原 右は水ノ塔山 左は篭ノ塔山 14時30分、見晴らし台に着く。標高2100m、ここから湯の丸地蔵峠まで下りの道に入って行く。標高差 約300m。道はシラビソなどの針葉樹が覆う暗い道になったり、ダケカンバやミズナラ、カラマツなどの木々 の間から光が差し込む明るい道になったりする。この辺りにくると静かである。ハイカ-たちとすれちがう こともなくなった。すこし足を早めながら急坂を下って行くと、紅葉したウリカエデと少し黄色を帯びたミズナラ に出会う。 ウリカエデ ミズナラ ウリカエデ(瓜楓)の樹皮は緑色を帯びるこちが多いが、これをウリの皮にに見立ててこの名があるという。 山地に生える落葉小高木。以前はカエデ科になっていたが、カエデ科はなくなりムクロジ科に改定されている。 雌雄別株。紅葉は黄色になることが多いが、日当りのよいところでは橙色~赤色に色づくこともある。 ミズナラは山地に生えるブナ科の落葉高木で、コナラよりも標高の高いところに多い。葉柄がほとんどないの が特徴。紅葉はコナラよりも黄色が強く、やがて橙色~褐色を帯びる。 さらに歩いて行くと、西日を浴びたレンゲツツジの群落が広がっていた。レンゲツツジの紅葉はふつうやや くすんだ赤褐色をしているが、光が当るとなかなか美しい。 レンゲツツジの群落 レンゲツツジは山地の日当りのよいところに生えるツツジ科の落葉低木。6月頃、この辺りからレンゲツツジ の花が、湯の丸高原一帯を朱色に染める景観はすばらしい。 次第に道の傾斜もゆるやかになってくる。周囲が明るくなるにつれて、紅葉した落葉樹も多く見られるように なる。そして見事に色づいたミネカエデに出会った。西日に照らされて金色に光り輝いている。眼を見張るよう な美しさだ。 紅葉したミネカエデ ミネカエデは、中部以北の高山に生えるムクロジ科の落葉低木~小高木。よく似ているコミネカエデは葉の 切れ込みがさらに深く、裂片の先もミネカエデより長く、尾状に鋭くとがる。ミネカエデの紅葉は黄色~橙色 だが、コミネカエデは鮮やかな朱色~赤色になる。 この近くにも数株のミネカエデ、シラカバ、ナナカマドなどが紅葉していたが、高峰高原の稜線付近では見ら れなかった落葉樹の風景である。 ミネカエデ ナナカマド やがて美しいシラカバ林をぬけると湯の丸地蔵峠に出た。ここから鹿沢温泉までは約3km。 いつもなら車道をとるのだが、山道のほうに足が向いた。この道からでも鹿沢温泉に行けると思ったからで ある。ゆるやかな下り道を歩いて行く。道脇に夕日をうけたバライチゴと思われるものが鮮やかに眼に映る。 かなりの群落だ。紅葉していてこれもまた美しい。 バライチゴ バライチゴはミヤマイチゴともいう。山地の日当りのよい林のふちなどに生えるバラ科の落葉低木。葉は 奇数羽状複葉で側脈の目立つ小葉が2~3対ある。6~7月に白い花が下向きに咲く。果実は赤く熟し食 べられる。関東地方以西に分布する。 日は沈みかけていたが、そのまま山道をどんどん歩いて行く。早く宿に着きたいという一心で足を早める。 ところが、それまでゆるやかな下り道であったものが急に登り道になった時、”アレッ、ヘンだな?と思った。 鹿沢温泉はずっと下の方にあるはず。方角も右にそれすぎている、どうもおかしい…その時はじめて道を 間違っていたことに気づいたのである。すでに1.5km位は歩いてきている。ヤレヤレ、随分ソンしたと思った がまあしかたがない、また来た道に引き返すことにした。湯の丸地蔵峠に戻り、それから約3kmの九十九 折りの車道を下って鹿沢温泉に着いたのが18時前。日はとっぷりと暮れていた。 鹿沢温泉の紅葉館は、こうこうと灯りがともる新館につくりかえられ、随分前に泊まったイメ-ジとはまったく 違っていた。新館になったのは今年の6月らしい。ただ一部工事中のところもある。 案内されたのは別館の10畳の部屋。窓際にはテ-ブルと二つの椅子が置かれ、入口付近に手洗い場と トイレがついていた。風呂は道を挟んだ向かい側にあった。浴場は天井も床も浴槽もすべて木造りでつくら れており、昔ながらの湯治場の雰囲気が残されていた。湯は熱めでよく温まる。 一風呂浴びてレストランに行くと、二組の老夫婦がいた。昨日は満員だったらしいが、今日の客は私を含め て5人。食事は懐石料理。品書がテ-ブルに置かれ、さしみ、松茸入りの茶碗蒸し、湯豆腐、煮物、てんぷら、 焼き魚など10品の料理が出された。それを宿の女将が、頃合いをみて一品づつ運んでくれるのである。 女将の愛想もよい。料理もなかなか美味しい。宿の晩酌は、いつもならビ-ル1本と日本酒2本にとどめて おくのだが、料理の美味しさと女将の笑顔につられて3本目の日本酒を追加した。久しぶりに温かいもてなし をうけて、幸せな気分になれた。 翌朝は8時30分に宿を出て、斜め向かい側にある「雪山讃歌の碑」にカメラを向ける。 ここは「雪よ岩よ われらが宿り・・・」で始まる、あの懐かしい抒情歌の発祥の地なのである。 雪山讃歌の碑 碑のそばには「雪山讃歌のおこり」として次のように書かれていた。 「大正15年1月京都帝国大学の山岳部が鹿沢温泉でスキ-合宿された。合宿が終わってから後に第1回 南極越冬隊長をされた西堀栄三郎氏、京大カラコルム遠征隊長となった四手井綱彦氏、アフガニスタン 遠征隊を勤めた酒戸弥二郎氏、並びに東大スキ―部OBで後にチャチャヌプリ遠征隊長をされた渡辺漸氏 の4名にてスキ-で新鹿沢へ下って宿泊されたが翌日天侯が崩れ宿に閉じ込められた。 一行は、退屈まぎれに「山岳部の歌」を作ろうと言うことになり、曲をアメリカ民謡 「いとしのクレメンタイン」としこれに合わせて上の句、下の句と持ち寄って作り上げたものであると言う。 戦後京大山岳部員が当時の資料に記載されていたこの歌を寮歌に加え歌われ始めたのが急速に一般にも 愛唱されるようになったが、作者不詳となっていたものを作詞の状況を知った、京大教授桑原武夫氏が 作詞は西堀だと著作権の登録をされたもので、この印税は同山岳部の活動の大きな資金源になっていると 言う。 「雪よ岩よ」で山を愛するものに親しまれているこの歌こそ粉雪舞う鹿沢温泉角間峠付近にピッタリで有り、 その自然は今も昭和初期と全く変わっていないと思う。今回地元でこれを記念し「雪山讃歌の碑」として、 台字を西堀氏直筆にて鹿沢温泉に建立した。 (原文のまま) 昭和57年4月 群馬県吾妻郡嬬恋村 私は紅葉館を訪ねる度に、西堀栄三郎氏の墨字による雪山讃歌の額が休憩室に飾られていたのを眼に していたが、今回は見当たらなかった。宿の女将に尋ねたところ、今工事中なので倉庫に仕舞ってあるという ことだった。雪山讃歌は私の愛唱歌、今でも馴染みのスナックで、気分のよいときにこの歌を唄うことがある。 なお、西堀栄三郎氏は1903年生まれ、1989年86歳で没している。 雪山讃歌の碑を離れ、九十九折りの道をゆっくりと上って行く。昨日は暗くてよくわからなかったが、この 辺りの山々は見事に紅葉している。ただ今日は曇り空、光が当っていないのが残念。 鹿沢温泉付近の紅葉 今日はまた高峰温泉まで上って行かねばならない。そこまで行かないとバスがないのである。バス発は夕方 16時過ぎなので時間は十分にあるが、昼ごろから雨の予報、急がねばならない。今日は全行程車道をとる ことにした。しかしこの車道の風景もなかなかよい。昨日よりも山全体の紅葉を見渡すことができる。 しばらく行くと、林の中に真紅のヤマウルシが眼に入った。この曇り空でもひと際鮮やかである。 ヤマウルシの紅葉 鹿沢温泉付近の紅葉 ヤマウルシは山地に生えるウルシ科の落葉小高木。5~6月ごろ、葉のつけ根に黄緑色の小さな花を 多数つける。雌雄別株。他の落葉樹よりも早く色づきはじめ、橙色や黄色になるものも多い。樹液が肌に つくとかぶれる。 右に左に折れながら上って行き湯の丸峠近くになると、シラカバ林が見えてきた。霧に包まれたシラカバも なかなか風情がある。 シラカバ林 シラカバは山地に生えるカバノキ科の落葉高木。雌雄同株。ダケカンバよりも低いところに生え成長も早い。 紅葉はきれいな黄色になるが、このシラカバは天気がよくないせいか色がぼんやりしている。シラカバの下に 赤く紅葉しているのはレンゲツツジ。 9時40分湯の丸地蔵峠に着く。しばらく休憩のあと、ひきつづき車道を歩きはじめる。坂道ではあるが、急坂 ではない。ゆるやかな上り道がつづいている。この車道もいろいろな落葉樹の紅葉が見られる。しばらく行くと 道そばにイタヤカエデが生えていた。イタヤカエデの成木の紅葉は黄色になるが、若木は橙色や淡い赤色に なるというから、このイタヤカエデもそうかと思われる。 イタヤカエデ イタヤカエデ(板屋楓)は山地に生えるムクロジ科の落葉高木。葉のふちにはほとんど鋸歯がない。 4~5月ごろ葉が開く前に黄緑色の小さな花が多数集まって咲く。 板でふいた屋根のように葉がよく茂り、そのため雨がもらないということからつけられた名前だという。 車道に行き交う車はほとんど見られない。道の両側はうっそうとした樹木が生い茂り、深山の趣を感じる。 通りは明るく静かである。上って行くにつれて紅葉したサラサドウダン、ミズナラ、ナナカマドなどが眼に映る。 サラサドウダン ミズナラとナナカマド 日本の紅葉は世界でいちばん美しいといわれるが、それは植物の種類の多さにあるだろう。緑の針葉樹と 常緑広葉樹を主とする照葉樹林、そこに様々な落葉樹の紅葉が織りなす美しい風景は温帯性気候にある。 日本はその中心に位置しているのだ。私はアジアの各地を旅してきてつくづくそれを感じる。改めて日本の 自然の豊かさを想うのである…。そんなことを考えながら歩いて行くと、タラノキ、そしてシラカバ林の なかにミネカエデが眼についた。林のふちは日当りがよい。低い落葉樹が華やかに紅葉を見せている。 タラノキ シラカバ林のミネカエデ タラノキはウコギ科の落葉低木。枝や葉には鋭い刺が多い。早春の若芽は、タラの芽と呼ばれ人気のある 山菜のひとつ。テンプラにするとおいしい。また樹皮は糖尿病の予防になるという。 さらに上って行くとカラマツの下にヤマブドウが生えていた。ヤマブドウは木にからみついていることが 多いが、地上に這っているのは珍しい。森が切れたところで湯の丸山が見えてきた。1時間半前はその山麓 を歩いてきたのである。 ヤマブドウ 湯の丸山 標高 2103m ヤマブドウは山地に生えるウコギ科の落葉つる性木本。6月頃、葉と対生して細長い花序をだし、黄緑色の 小さな花を多数開く。果実は秋に黒紫色に熟し食べられる。 再び森の中に入る。道端にゴゼンタチバナの赤い実や、シラタマノキの白い実がやたらに眼につきはじめる。 どちらも高山に生えるツツジ科の常緑低木で、紅葉することはない。 アカモノの実 シラタマノキの実 やがて道は平坦といえるほどにゆるやかになり、木々の間から遠く近く延々とつづく山々が見えてくる。そして 見渡す限り広大なカラマツ林の中に入ってきた。カラマツは成長が早いため植えられることが多いが、ここは 天然カラマツの国有林らしい。林の中には特別母樹林と表示された看板が立てられ、「この林は緑の山をつく るのに種子をとる大切な林です」と書かれていた。この看板にあるように、ここは標高2055m。 天然カラマツと表示された看板 天然のカラマツ林 まもなく兎平の駐車場に着く。時計は11時.35分。ここで林の中に置かれた長椅子に座り、宿でつくってくれた 弁当を開く。しばらく休憩。 そろそろ雨が降りはじめてきて肌寒くなってきた。昼食後カッパを着て傘をさし、砂利道の車道をとり高峰温泉 に向かって歩きはじめる。山腹につくられた標高差約100mのゆるやかな下り道である。本降りの雨になり足を 早めるが、美しい紅葉に眼がふれるとついカメラを向けたくなる。 シラカバとシラビソの間に見えるのはサラサドウダンらしい。そして左側に赤い山肌が見える大キレットの下に 出た。昨日はこの山の上の稜線歩いてきたのである。丁度水ノ塔と篭ノ塔の中間にあたるところ。 赤く見えるのはサラサドウダン 高峰高原の山 右側の眼下には幾重にも重なりあった峡谷が落ち込んでいる。山々は折からの紅葉に覆われているが、 雨のためぼんやりしている。しかし霧にむせぶ紅葉もまた秋の趣を感じさせてくれる…高峰温泉は近い。 高峰温泉近くの紅葉 13時15分高峰温泉に着く。ここで入浴と休憩しながら3時間を過ごし、16時17分発のバスに乗る。 1泊2日の短い旅ではあったが、やはり山はいい、来てよかった、いつかまたこのコ-スを歩いてみよう… そんなことを思いながら、佐久平から東京経由で20時過ぎ千葉に帰宅した。 2013.10.21 記 私のアジア紀行 http://www.taichan.info/ |