栗駒山の紅葉 2014年10月3日~4日 栗駒山 昭和湖付近の紅葉 ![]() 秋の紅葉は北海道から始まり、本州の北から南に移って行く。北海道や東北では9月中旬から下旬 頃にピ-クを迎え、関東から中部地方の山岳地帯では、それよりやや遅い9月下旬から10月中旬頃 になる。同じ山でも紅葉は上から下に降りてくるため、見頃も山頂と山腹、さらに山麓では随分 違ってくる。 私は今年の10月3日から4日にかけて、ある旅行社によるハイキングツァ-で栗駒山に出かけた。 もちろん、秋の紅葉に染まる栗駒山の風景を見たかったからである。 栗駒山の標高は1626m、宮城、秋田、岩手の3つの県にまたがっている。その名前は、初夏に 南東面に現れる駒形(馬の形)の雪渓に由来していると言われる。春から夏にかけてはイワカガミ、 ワタスゲ、ヒナザクラ、ミズバショウ、コバイケイソウ、タテヤマリンドウ、イワウメ、ムシトリ スミレなどが咲き乱れ、秋には、サラサドウダン、ミネザクラ、ミネカエデ、ウラジロヨウラク などの紅葉が美しい。 山麓には高層湿原も随所に見られる。コ-スは8本ぐらいあるらしいが、私たちは一番やさしいと いわれるイワカガミ平から須川高原に到る中央コ-スをとった。 天気は台風18号の影響を受けていたためだろう、1日のうちに晴れ、曇り、雨、強風のすべてを 経験した。山の天気とはいえ、これだけ目まぐるしく変わる天気に遭遇したのは初めてだった。 早朝千葉を立ち、津田沼からバスに乗ってから約8時間、午後3時前に世界谷地と呼ばれる湿原の 入り口に着く。先程までは晴れ間が見えていたが、次第に雲が多くなってきた。辺りにはダケカンバ の森に囲まれたススキの原が広がり、その遙か向うに東北の山々の連なりがぼんやりと見える。 山道に入ると、青い花を咲かせたノコンギクとトリカブトが出迎えてくれた。里山のノコンギクは 白色のものが多いが、ここに咲いていたのは清楚な青色を帯びていた。猛毒をもつトリカブトは 嫌われものだが、花は鮮やかな青色をしていてなかなか美しい。 世界谷地入り口付近の風景 ![]() ノコンギク トリカブト ![]() ![]() ススキの原が広がる道をゆっくり上って行く。道脇には紅葉したヤマブドウや黄色く色づいた 木々が生い茂る。ほどなく森の中に入ると、辺りはブナの原生林に覆われるようになる。 ところどころ木漏れ日が射しこみ、林内は明るい。その日差しをうけてムシカリやトチノキが、 赤く色づいている。 ブナの原生林に覆われた林道 ![]() ムシカリ トチノキ ![]() ![]() さらに歩いて行くとヤマウルシに出会う。赤く染まっているものもあれば、黄色く染まっている ものもある。ヤマウルシはカエデ類とともに紅葉期が早く、その鮮やかな色がよく目立つ。塗料に する漆をとるために栽培されるウルシは、中国、ヒマラヤ原産の落葉高木。どちらもカブレやすい。 ヤマウルシの紅葉 ![]() ![]() 湿原に出たところでいきなり目に入ったのが、サラサドウダン。見渡すと湿原の中には数多くの サラサ ドウダンが紅葉していた。ただ色は濃くなりすぎている。もう少し早ければ、明るい赤色が 見られたかもしれない。サラサドウダンの下にある青い葉はシャクナゲ。 紅葉したサラサドウダン ![]() 湿原は草紅葉になり、その中に赤く染まったレンゲツツジやサラサドウダン、ウラジロヨウラク などが鮮やかに映え、イワショウブ、オヤマリンドウ、アキノキリンソウなどがわずかに花を残して いた。 しかし、風景はすでに晩秋を思わせた。眼の前には黄褐色に染まった草紅葉が広がり、ダケカンバ は葉を落とし、ところどころ点在する木々の葉も、濃い赤から茶褐色に変わりつつあった。冬はそこ まで来ている・・・そんな思いを抱かせる風景だった。ここの標高は670m位しかないが、湿原の 冬仕度は早いのかもしれない。緑の針葉樹の木々の向うに栗駒山が見える。 紅葉した谷地湿原 ![]() 谷地湿原から栗駒山を望む 紅葉したサラサドウダン ![]() ![]() この湿原の春から夏にかけては、ミズバショウ、ショウジョウバカマ、コバイケイソウ、ワタスゲ、 レンゲツツジ、ムラサキヤシオ、ウラジロヨウラク、、サラサドウダンなどの花々が見られ、夏の 最盛期にはニッコウキスゲが一面に湿原を埋め、サワラン、トキソウ、ツルコケモモ、キンコウカ、 イワショウブ、ミズギク、タテヤマリンドウなどが咲き誇り、夏の終わりから秋口にかけては サワギキョウ、コバギボウシ、オヤマリンドウなどが花を咲かせるという。花の時期に一度訪ねて みたいところだ。 その日は世界谷地に近い”くりこま荘”に泊まった。栗駒山の宮城県側にある山荘である。 湯量豊富な温泉が湧き出しているところで、食事もよかった。この周辺で採れた山菜とイワナ料理 だったが、温かい ものはころ合いをみて出してくれ、なかなかの味だった。 翌日私たちはバスに乗り、15分後中央コ-スの出発点である”いわかがみ平”に着く。 ここから山頂を越え、須川温泉に向かう。辺りは紅葉の見頃を迎えていた。ただやや窪みにあり、 山全体を見渡すことはできない。眼の前の紅葉したミズナラをカメラに収める。 紅葉したミズナラ ![]() ![]() ふつうミズナラは黄色く色づくのだが、この若木は鮮やかな紅色に輝いていた。人間の子供と 同じく新陳代謝が活発で、元気いっぱいなのだろう。 私たちのメンバ-は24人、添乗員と山岳ガイドを含めれば26人になる。ここの標高は 約1100m、山頂は1625m、その標高差は500m余り。 7時20分スタ-ト。メンバ-は第1班から4班に分けられた。私は第3班。その順番はガイドの 指示により時々変わる。灌木の中を歩きはじめる。ゆるやかな坂道だ。山道にしてはよく整備され ている。道幅も広い、2人並んで歩けるぐらい。 道脇には様々な落葉樹が紅葉していた。歩きながらその方に眼がいくが止まるわけにはいかない。 それでも時々道脇にそれてカメラを向ける。ほんの数秒だが、たちまち先に行かれてしまう。 あわてて走るようにして追いつく。 黄色いミネカエデ、赤いコミネカエデが眼に入る。瞬時にカメラを向ける。同じ仲間でも、紅葉する とこんなに色が違ってくるのである。 ミネカエデ コミネカエデ ![]() ![]() さらにサラサドウダン、ムシカリ、見事に紅葉したマルバマンサクが眼につく。やや遠くにミネザクラ と思われるものが見えるが、すぐには判別できない。どんどん通り過ぎていく。緑の木々は ヒノキ科のクロベだ。ハイマツも見られる。 マルバマンサク ![]() ムシカリ サラサドウダン ![]() ![]() 標高が高くなるにつれて、紅葉の色もくすんでくる。褐色になっているものが多い。すでに葉を 落としている木もある。空も怪しくなってきた。晴れていた空が黒い雲に覆われ始めて小雨が 降り出し、風も強くなってきた。上から猛烈な風が灌木の道に吹き下ろしてくる。ただ、さほど 寒さは感じない。カッパを着て歩きはじめる。しばらくすると、上の方から下りてくる若い男女の カップルに出会う。誰かが 「山頂まで行ったのですか?」…と聞くと 「いやあ~、この風で下りて来ました、諦めが肝心だと思って…」まだ20歳代だと思われる男の 方が、そう言いながら通り過ぎて行った。 灌木の道から広い稜線に出ると、風はさらに強くなってきた。台風18号の影響だろう。視界も ほとんどきかない。しかし雲は激しく流れているが時に雲が切れて視界が広くなり、山腹に見事な 紅葉が現れる瞬間がある。その瞬間にカメラを向ける。あまりうまく撮れていないが、すでに葉を 落として白い木肌が見えるダケカンバと、周りの黄や赤の紅葉がよく映えている。 栗駒山山腹の紅葉 ![]() 栗駒山山腹の紅葉 ![]() ![]() 依然小雨は降り続いている。風は益々強くなり止む気配はない。広いスペ-スに出て見上げると、 山頂付近から下にかけては、ところどころ赤や黄色のかたまりが点在しているものの黒く染まり、 紅葉の見頃は完全に過ぎているように思えた。それでもハイカ-たちは山頂を目指している。 私たちもゆるやかにうねる山道を登って行く。辺りにさえぎるものは何もない。風は容赦なく吹き つけてくる。時々視界が明るくなり、右前方に東栗駒山が姿を現すときがある。ほぼ同じ高さに ある山容は、やさしい稜線を描いていた。 東栗駒山(山頂は1434m) ![]() 山頂近くになると、紅葉を終えたウラジロヨウラクやコメツツジが群落をなして広がり、常緑樹の キャラボクも緑の葉を茂らせ、チシマザサの中に鮮やかに紅葉したサラサドウダンが眼を惹く。 さらに唯一花をつけた、それもほとんど終わりかけてはいたが、シロバナトウウチソウがポツンと 立っていた。シロバナトウウチソウは、東北だけに見られるバラ科ワレモコウ族の植物である。 ウラジロヨウラクの群落 キャラボク ![]() ![]() チシマザサの中に映えるサラサドウダン シロバナトウウチソウ ![]() ![]() 山頂は濃い霧がたちこめ、視界はほとんどきかない。見えるのは、ぼんやりと浮かぶ標高1626m を示す標識塔と祠だけ。依然強い風も吹き荒れている。天気さえよければ見えるはずの鳥海山や 月山も、まったく望むことは出来なかった。 栗駒山山頂の標識塔 栗駒山山頂の祠 ![]() ![]() ほどなく下山開始、須川温泉方面へ向かう。霧に包まれたチシマザサが広がる道を歩いて行く。 風をさえぎるものは何もない。体冷え込んでくる。 やがて樹林帯の中に入るが道狭く足場も悪い。さらに雨でスベリやすくなっている。用心しながら 下りて行く。前方の須川方面からは大勢のハイカ-たちが登ってくる。彼らの多くは私たちと同じ 団体のツア-、次から次にやってくる、切れるときがない。また、下りのハイカ-たちも足の速い 連中は追い抜いて行く。その度に道を譲らなければならない。しかし、こうした立ち止まった瞬間が シャッタ-チャンスなのだが…。 気がつくと風はやわらぎ、雨も止み、空も明るくなってきた。暗い道をぬけると視界大きく広がる。 その時、私は思わず息を飲んだ。前方に燃えるような紅葉が眼に飛び込んできたのである。紅葉が 山全体を埋めていたのだ。しかしまだ遠い。その形が近づくにつれて次第にはっきりしてくる。ただ シャッタ-チャンスはなかなかやってこない。ハイカ-たちはどんどん登ってくる。それでもカメラ を向けようとするが、どうしても人の頭が入る。しばらく待っていると、人の波が切れるときが やってきた。すばやく道脇によけてカメラを構える。構図なんかかまっていられない、遠く近く やたらにシャッタ-を押す。1枚位いいのがあるだろう…そんな気持で…その間10秒くらいか。 幸いこのあとガイドが立ち止まってくれた。しばしの休憩。さらに何枚かの写真を撮る。 栗駒山 天狗岩付近の紅葉 ![]() 栗駒山 天狗岩付近の紅葉 ![]() ![]() この辺りすでに周りの木々の葉はややくすんだ赤褐色、低い草木は草紅葉になっていた。紅葉の 見頃はすでに下の方に移っている。遠くに見える紅葉はすばらしいにちがいない…そんなことを 思いながらひたすら下って行く。晴れ間も見え始め、ゆるやかな弧を描いた栗駒山の西側の稜線が くっきりと浮かび上がる。前方からもまだ大勢のハイカ-が登ってきている。彼らの多くは山頂を 往復してくるのだろう。 栗駒山の西側の稜線 ![]() 前方からやってくるハイカ- ![]() ![]() やがて栗駒山の山腹に広がる鞍部が眼に入ってくる。その中に小さな池も見える。さらに下ると乳泊 色の昭和湖が現れてきた。昭和19年のガス爆発で生じた湖沼だそうだ。その周りの紅葉も美しい。 昭和湖上の岸壁に広がる紅葉 ![]() 栗駒山の山腹に広がる鞍部 昭和湖上の紅葉 ![]() ![]() 栗駒山の鞍部に下りてきたとき、私は辺りの紅葉の美しさに思わず息を飲んだ。鮮やかな色彩に 覆われた周りの風景に魅せられてしまったのである。右も左も前も後ろも、眼に入る風景のすべてに… すばらしい、見事な紅葉だ!…山が燃えている!…これは自然が織りなす色彩の饗宴だ!…。 私は夢中になってカメラを向けた。時間は10分しかない、とにかく撮ろう…やたらにシャッタ-を 押した。 栗駒山 昭和湖付近の紅葉 ![]() 栗駒山 昭和湖付近の紅葉 ![]() ![]() 栗駒山 昭和湖付近の紅葉 ![]() ![]() 赤や黄色に色づいたカエデやツツジの中に、白い木肌を見せたシラカバが青空にすっくりと立って いる。実に鮮やかなコントラストだ。錦絵をみるような風景である。 昭和湖の対岸に眼を向けると、切り立った岩盤に紅葉した落葉樹が張りついている。右側の丘陵 遠くに頭を出しているのは東栗駒山の稜線か…。 栗駒山 昭和湖付近の紅葉 ![]() 栗駒山 昭和湖付近の紅葉 ![]() ![]() 後ろをふり返ると、山々は眼の覚めるような紅葉に彩られていた。山は燃えていた。見渡す限り 全山華やかな紅葉に染まっていた。この美しさは日本の植物の豊富さにある。言葉を変えれば、 紅葉する多様な落葉樹と緑の常緑樹が織りなす自然の美しさである。 栗駒山 昭和湖付近の紅葉 ![]() 栗駒山 昭和湖付近の紅葉 ![]() ![]() 栗駒山 昭和湖付近の紅葉 ![]() ![]() 休憩を終えて昭和湖をあとにし、須川温泉へと歩きはじめる。しばらく行くとそれまで見えていた 青空は消え、急に黒い雲が空を覆ってきた。ほどなく雨が落ちはじめ本降りになってきた。急いで カッパを着る。 辺りの紅葉は濃い霧のためぼんやりとかすんでいる。しかしまあよい…いちばんいいところで青空が 広がり、すばらしい紅葉が見れたのだから…。 この辺りの紅葉もまもなく終わり、周りの木々はすべての葉を落とし長い冬ごもりに入ってゆく。 そして深い雪に埋もれながら春を待つ。やがて春を迎えると、また瑞々しい若葉を見せてくれる にちがいない。さらに夏になると、華やかな高山植物の花々で彩られることだろう。 栗駒山は田中澄江の「花の百名山」の一つに挙げられている。いつかこの山に広がる高山植物を 訪ねてみたい…そんなことを思いながら須川温泉へと足を早めた。 2014.10.19. 記 ― 了 ― 私のアジア紀行 http://www.taichan.info/ |