モロッコで見かけた人たち

      2014年3月、スペインからジブラルタル海峡を渡ってモロッコ最北部の街タンジェに入り、
     そこからリフ山脈の麓にあるティトアンを訪ねた。スペインのアンダルシアとモロッコの文化
     が入り混じるのどかな街である。
     路地に入ると肉、野菜、オレンジやナツメヤシ、果物屋、パン屋などが建ち並ぶバザ-ルに
     なっていた。
      果物屋のオヤジにカメラを向けると、両手にミカンをもってポ-ズをとってくれた。
     撮った写真をオヤジに見せていると、若い男がやってきて覗きこみ、オオッ、グッド!…
     思わず笑ってしまった。写真の出来栄えではなく、オヤジのポ-ズをほめていたのかもしれ
     ない。モロッコ人はなかなか陽気である。

            ミカンをもつてポ-ズをとってくれた果物屋のオヤジ 2014.3.9

           

      ティトアンから南下してシャウエンに入る。ここも山の斜面に白とブル-の家々が建ち並び、
     メルヘンティックな雰囲気を感じる街である。
      昼食後のひと時、マクゼンと呼ばれる広場でぶらぶらして歩いた。かなりの人が出ており、
     カフェの前に出されたテ-ブルでお茶を飲む人、モスクの前でひなたぼっこをしている老人
     たち、暇そうに店番をしている男、散策している人に声をかけている売り子などがいた。
      そして賑やかな音楽が聞えるので近寄ってみると、そこには大道芸人と一緒に太鼓や弦楽器、
     タンバリンを叩きながら、唄い踊っている若い女性たちの姿があった。実に楽しそうだ。
     その明るい表情を見ていると、「モロッコは平和な国だ」...そんな想いをもつ。

                 大同芸人と唄い踊る若い女性たち 2014.3.9

           

      マクゼン広場から坂を下って行くと、辺りはすべてブル-の世界、家々の壁から、屋根に
     いたるまですべて青一色にに包まれている。まるで明るい光が降りそそぐ海の中に迷い込んだ
     ような気分である。
      路地の奥を覗くと、幼い子供が階段の石に座り、何か手にもって遊んでいた。

                路地の階段の石に座り、遊ぶ幼い子供 2014.3.9

           

      フェズのメディナ(旧市街)は街そのもがバザ-ルである。道は迷路のようになり、縦に横に
     斜めに網の目のように張り巡らされている。細い路地には、肉、野菜、果物、香辛料、日用品、
     絨毯、陶器、靴、貴金属などがところ狭しと並べられている。メディナにはこうした店が15万
     店あるというからスゴイ。大勢の人たちが行き交い、ぶつかりそうになるほど。時には大きな
     荷物を積んだロバに出会うこともある。
      そうした情景に立ち止まってカメラを向けようものなら、すぐに置いて行かれる。歩きながら
     カメラを向けるが、どうしても人の頭が入ってしまう。
      真鍮の職人街に出て休憩。手作りで物をつくっている職人の姿を見ていると、どこか郷愁を
     感じる。
                   真鍮で金物をつくる職人 2014.3.11

           

      その後革製品の染色場を、屋上から見られるところに案内してもらった。
     レンガでつくられたと思われる丸い大きな桶がいくつも並べられ、職人たちはその中に革を
     投げ込み手を入れて作業していた。革を染めるにはアンモニアを混ぜるという。そのため
     鳩の糞が多く使われるらしい。

                  革を染めている職人たち 2014.3.11

            

      メディナの一角にあるマドラサを訪ねた。14世紀につくられたイスラム神学校である。
     イスラム圏の子供や若者たちはこうした神学校でコ-ランを暗誦し、イスラムの学問を
     勉強するという。私たちはここの中庭に集まった。ぶらぶらしながらカメラを向けていると、
     頭からイスラムの民族服に正装した男が、中程のア-チ型の入り口を背に立っているのに
     気づく。よく見ると現地ガイドの彼ではないか!、なかなかのパフォ-マンスだ、絵になる、
     礼拝堂か神学校のイマ-ム(イスラムの指導者)に見える。その姿に思わず笑ってしまう。
     そのうち何人かが一緒に写真を撮ってもらいたいという者が現れ、カメラに収まった。
     私もその1人である。

              イマ-ムの姿に扮した現地ガイドの彼と 2014.3.11

            

      3月14日の早朝メルズ-ガの砂丘を目指す。サハラ沙漠から昇る日の出を見ようというのだ。
     5時40分ホテル裏から出発。まだ辺りは真暗、懐中電灯の灯りをたよりにガイドたちのあとに
     ついて行く。ゆるやかな砂丘を上っていたが急に傾斜きつくなり、足をとられるようになる。
     砂に足を踏み入れると深くはまり込み、ズルズルと滑り落ちてしまうのだ。気がつくと私の腕
     を支え上げる者がいた。一緒についてきたベルベル人の男らしい。
      やがて辺りが明るくなりはじめ、砂丘の稜線が見えてきた。思わず息をのむほどに美しい。
     ほどなく稜線に出て日の出ポイントに着く。
      ベルベル人の彼らにカメラに向けると、気軽にポ-ズをとつてくれた。民族衣装を着た彼ら
     の表情を見ていると、まさに”沙漠の民”という印象を受ける…。

                  民族衣装をまとったベルベル人の男たち

       

      私は歩いて上ったが、ラクダに乗ってきたメンバ-もいる。帰り道後ろを振り向くとラクダの
     一団が近づいてきた。そしてまた離れて行く。ラクダは砂丘をジグザグにうねりながら下って
     いるのだ。その光景は沙漠を旅するキャラバンをイメ-ジする。
      前を歩いているのは道案内人の従者、ラクダの先頭は赤いスカ-フをした沙漠の王女様?、
     (添乗員)そのあとにキャラバンの商人がつづく?…なかなかの光景である…

               沙漠を行く王女様とキャラバン隊? 2014.3.13

             

      砂漠の稜線では、逆光で彼らの姿が黒いシルエットになって映っている。まさに砂漠を行く
     キャラバンの一団に見える。

                 砂漠の稜線を行くキャラバンの一団 2014.3.13

           

      車は茫々たる沙漠の中を走り、やがてベルベル人が住む家に案内された。
     その家は広大な沙漠の中にポツンと佇んでいた。四方どこにも家らしきものは見えない、茫々
     たる沙漠が広がっているだけだった。そこにはフェルトの屋根の下に敷物が置かれたテントと、
     そのそばに乾燥させた草のようなもので囲まれた小屋があった。そのテントで留守番をして
     いた女性にお茶をごちそうになる。
      彼女の温かいもてなしに感謝。そばの小屋の中には竈がつくられ、土間に鍋などの食器類が
     置かれていた。炊事場らしい。
      家族は羊の放牧に出かけているという。彼らはこのテントに定着し、羊の放牧で暮らし
     ているという。冬の寒さは想像を絶する。この地を愛し、この地で生きようとしているのだ…
     ましてやビルが立ち並ぶ街に出て生活しようなどとは、夢にも思っていないにちがいない…。

                  お茶を入れてくれるベルベル人の女性 2014.3.13

            

      マラケシュのジャマ・エル・フナと呼ばれる広大な広場を訪ねた。まだ昼間ではあったが、
     オレンジを山のように積み重ねたジュ-ス屋、肉屋、カフェ、土産物屋などの屋台があちこち
     に建ち並び、大道芸人が輪をつくってパフォ-マンスを繰り広げていた。
      私はそうした賑わいの中を一人でブラブラしていたが、太鼓やタンバリンの音が鳴り響く
     大道芸人の輪の方に引き寄せられて行った。中をのぞくと、フランス人の男女が大道芸人と
     一緒にタンバリンを叩きながら踊っているではないか!そして若い女性がおどけながら帽子
     を上向きにして見物人の前を廻っていたのだ。チップを帽子の中に入れてくれというのである。

                大道芸人と一緒に踊るフランス人の女性たち 2014.3.15

            

      私は若い大道芸人に、わずかばかりのチップを差出しカメラを向けると、誇らしげに
     ポ-ズをとってくれた。

                 ジャマエルフナ広場の大道芸人 2014.3.15

            

      夜になると広場は驚くほど賑わっていた。昼間には見られなかった店が新たに軒を連ね、
     大道芸を見る丸い人だかりの輪がさらに増えていた。まるでお祭りのような賑わいである。
      エスカルゴ?を売る屋台があったので一つつまんでみたが、貝の味ではなかった。ビ-ル
     のつまみにはいいかもしれない。

                       エスカルゴ?の屋台 2014.3.15

           

      人だかりの輪のなかでは、笛や太鼓をたたきながら、猿回しが、へび使いが、小劇団が、
     何かやっていたようなので中を覗こうとするが、なかなか見れない。頭越しにカメラを向け
     るとたちまち見張番が現れる…チップに使う小銭は持っていない。しかしその隙をねらって
     何枚かカメラに収めることができた。

                 踏み台を高々と上げる大道芸人 204.3.15

             

      その後私たちはバスに乗り、夕食をかねてファンタジアショ-なるものを見に行った。その
     会場は広大な平原の中にあった。
      バスを降り門をくぐって行くと、暗闇の中から白いアラブの民族衣装をまとった騎乗の男
     たちが現れた。私たちを出迎えてくれていたのである。まるで宮殿の衛兵のように…

               私たちを出迎えてくれた騎乗の男たち 2014.3.15

           

      中に入って行くと、ライトアップされた宮殿のような建物が眼に飛び込んできた。広大な
     広場があり、その周囲を白い建物がとり囲んでいる。千一夜物語をイメ-ジしたホテルらしい。
     広場では、民族衣装に身を包んだ男女の芸人たちが踊りながら笛を吹き、タンバリンや太鼓を
     叩きつづけていた。見ていてなかなか楽しい、客人への歓迎の音楽なのだろう。
      さらに彼らはレストランのテ-ブルにもやってきた。リズムよく唄い踊りながら客席をまわ
     っていく。ヨ-ロッパ系の人たちは手拍子しながらそれに合わせていたが、そうする日本人は
     ほとんどいなかった。日本人はシャイなのか、それとも民族性なのか...。

                レストランに入って唄い踊る芸人たち 2014.3.15

             

      夜も深まり始めた10時過ぎ、いよいよファンタジアショ-が始まろうとしていた。闇を
     通して遠く20人位の騎乗の男たちが見える。セレモニ-の音楽が鳴り響くと、華やかな衣装に
     身を包んだ大勢の女官や侍女?たちが現れ場内を行進して行く。そのうしろに馬上の男たちも
     ついている。

                    場内を行進する芸人たち 2014.3.15

           

      彼らが一周したあと、遠くにいた騎乗の男たちがライトアップされた…と思う間もなく、
     彼らはもの凄いスピ-ドでこちらに突進してきたのである。私の眼の前に来たところで
     突然”バン!バン!”大きな爆音にビックリ…銃に見立てた長い棒の中に仕掛けた火薬を、
     空に向けて爆発させたものらしい。
      息つく間もなく次にやってきたのが若い男が乗った一騎、左手から柵沿いに走ってきて
     眼の前を通り過ぎ、右手に周ったところで馬の腹に体を倒しながら闇に消えて行った。さらに
     もう一騎、今度は右手に周ったところで体を反転させながら走り去って行った。馬の走る方向
     とは逆の姿勢をとったのである。
      ショ-とは言え、そのすばらしい馬術に驚いた、感動した、その迫力に圧倒された…やはり
     彼らは騎馬民族の子孫なのだ…そんな思いを抱いた。あまりのスピ-ドにその姿をカメラに
     収めることはできなかった。

                 突進してくる騎乗の男たち 2014.3.15

             

      馬術が終わったあとに現れてきたのが若い女性ダンサ-、野外につくられた壇上で、腰を
     くねくねさせながら妖艶に踊っている…ベリ-ダンスだ。昔の王宮ではこうした催しが行われ
     ていたのかもしれない。

              ベリ-ダンスを披露する若い女性ダンサ- 2014.3.15

           

      そろそろフィナ-レのようだ。王宮の女官や侍女たちが、芸人たちが、そして騎乗の男
     たちが広場に集まってきた。場内を一周しながらこちらに手を振っている。観客も大きな
     拍手で応える。

                      観客の方にやってくる騎乗の男たち

            

      そして最後を飾るかのように大きな花火が夜空に舞いあがった。花火は次々に打ち上げ
     られる。その度に様々な形をした花火が夜空を照らし消えていった…。
      見事な演出だった。時を忘れるほどのひと時だった。まるでアラビアンナイトの世界に迷い
     込んだきたかのような気分だった…華やかなマラケシュの夜の祭典は終わった…。

      3月17日訪ねたエッサウイラの通りは静かで、みやげ物屋、木工細工店、絨毯、衣類、CD
     ショップ店、食料品店が軒を連ねていた。
      その中でいちばん眼を惹いたのが木工細工店の奥に飾られてあった弦楽器。
     共鳴部の板はアトラス杉が使われ、それに螺鈿が嵌めこまれていた。店番をしていた店主が
     つくったものだという。なかなか美しい。

                     木工細工店の店主 2014.3.17

             

      シルクロ-ドから渡来した奈良東大寺正倉院の国宝「螺鈿紫檀五絃琵琶に見習えば、
     「螺鈿アトラス杉三弦楽器」ということになるだろう。
      螺鈿とは、漆器あるいは木地などの面に真珠色の光を放つ、アワビや夜光貝などの薄片を
     嵌めこんで装飾とするものをいう。ちなみに紫檀は熱帯産のマメ科の常緑高木のこと。

              アトラス杉に螺鈿がはめこまれた弦楽器 2014.3.17

           

      モロッコの首都ラバトの王宮近くにモハメッド5世廟を訪ねたとき、正門前で馬に乗った
     衛兵の姿があった。カメラを向けても微動だにしない、眼はまっすぐ前方を向いている。
     真紅の服を纏い、なかなか凛々しい。

                     モハメッド5世廟前の衛兵 2014.3.19

            


                                   ― 了 ―