夏の高山植物  西吾妻山

                               
2014年7月1日~2日、 8月5日



                               
岩場に咲くコイワカガミ

             

     百名山の吾妻山は一つの山を指しているのではない、山形県から福島県の県境にまたがる広大な
    山塊群の総称である。この山群には西吾妻山をはじめ東大顚、烏帽子山、一切経山、東吾妻山など
    の2000m前後の山々が連なっている。冬はスキ-で賑わい、夏は様々な高山植物が咲き誇り眼を
    楽しませてくれるところだ。この山麓には湯量豊富な温泉も数多く湧き出している。

      7月1日~2日

     私は7月初めに、この山群の最高峰である西吾妻山を訪ねた。8月初めに予定されている歩こう会
    の下見を兼ねてということもあったが、7月から8月にかけての1ヶ月の間に、高山植物がどのよう
    に変化しているかを見たかったからでもある。ちなみにこの”歩こう会”は、もと会社のOB仲間と
    現役から続けているもの。

     初日はは生憎の雨模様、山の鞍部に広がる残雪に足をとられて滑ってころび、山頂からの帰りに
    は濡れた岩の割れ目に両足を突っ込み、抜こうとしたがなかなか抜けない、雨は激しくなり
    マイッタ、マイッタ、やむをえず靴ひもをほどいて足を抜き、靴は両手で左右に動かしながら
    何とか引き抜くことができた。今年初めての山歩きとはいえ、体力の落ちていることを痛感する。
     ところが翌日はウソのような快晴、まっすぐ帰るつもりだったが雲ひとつない青空に腹を立て?、
    もういちど同じ道を歩いた。この日のハイキングは快適だった。

     早朝千葉を出て東京から新幹線に乗り米沢で下車、バスで白布湯元に着き、ロ-プウエイで
    天元台へ、さらに3本のリフトを乗り継いで、1810mの北望台まで運ばれる。
     ロ-プウエイの目線の高さにはダケカンバ、オオシラビソ、ナナカマド、ミネカエデなどが茂り、
    リフト下にはニッコウキスゲ、ヤマハハコ、ネバリノギラン、タニウツギ、ハクサンチドリ、
    コバイケイソウ、ムシカリ、ノビネチドリなどの花々を見ることが出来た。

        オオシラビソが茂る森  リフトより     ダケカンバが茂る森  リフトより

          

     北望台からは山道に入り、大小の石や岩の破片がころがる斜面を登りはじめる。コメツガや
    オオシラビソが樹林帯を形成して辺りを覆い、山道はやや暗い。左右に眼を配りながら歩いて行く
    と、最初に出迎えてくれたのがサンカヨウ、暗い周りの中で白い花が鮮やかだ、清楚でなかなか
    美しい。森の奥にムシカリも白い花を咲かせていた。春に咲く花だが、まだ残っていたという感じ。

               サンカヨウ                  ムシカリ

          

     サンカヨウ(山荷葉)は深山に生えるメギ科の多年草。葉は2個つき大きく、幅は20cm~30cm
    ぐらい。葉の上に出る花は白色でとても清楚な感じ。花が終わると鮮やかな藍色のまるい液果を
    つける。

     ムシカリは、葉の虫食われがなまってこの名がついたといわれる。山地に生える落葉低木。
    白く見えるのは装飾花で、この中に小さな両性花が多数集まっている。果実ははじめは赤く、
    やがて黒く熟す。スイカズラ科のガマズミ属。

     20分ほどで”かもしか展望台”に出ると視界大きく広がる。前方遠くに梵天岩が望め、眼下には
    湿原が見えてくる。木道をゆるやかに下って行くと、辺りにはチングルマ、コイワカガミが群落を
    なし、アカミノイヌツゲが赤い小さな実をつけていた。

           かもしか展望台からの展望        オオシラビソやササが広がる木道

          

                         チングルマ

             

     チングルマは漢字では稚児車と書く。チゴグルマがチングルマに転じたものらしい。花が終わり
    果実となっても、花柱が残って長く伸び、これが車輪状に多数集まる姿をイメ-ジして、この名が
    つけられたといわれている。北海道や中部地方以北の高山の雪田地帯に多く見られる落葉小低木。
    バラ科のダイコンソウ属。

              コイワカガミ               アカミノイヌツゲ

          

     コイワカガミ(小岩鏡)は、より低いところに分布するイワカガミの高山型で全体的に小さい。
    高山の雪田や湿原に多い。その葉は鏡のように光沢を放っていることから、岩鏡とつけられたもの
    だという。色鮮やかな赤い花がよく目立つ。虫媒花で、種子は風により散布される。イワウメ科の
    常緑の多年草。

     アカミノイヌツゲは、山地から亜高山まで見られるモチノキ科の常緑低木。ふつう6~7月に白い
    花を咲かせるということだが、すでに赤い実をつけていた。

     さらに下り人形石との別れ道を過ぎたところで、大きな残雪が立ちはだかり木道をふさいでいた。
    ゆるやかな斜面を上るまではよかったが、下りになったところで滑ってころぶ。立ち上がり体を
    横向きにして降りようとしたが、またスッテンコロリン。

                       山の斜面を覆う残雪

             

     ほどなく大凹と呼ばれる鞍部に着くと、ヒナザクラ、チングルマ、コイワカガミ、ミツバ
    オウレン、イワイチョウショウジョウバカマなどが湿原を埋めていた。私にとっては心和む風景、
    夢中でカメラを向ける。

                          ヒナザクラ

             

     ヒナザクラ(雛桜)は小さいサクラソウの花だが、とても可愛い。夏の強い日差しを浴びて、
    小さい花びらをせいいっぱい広げていた。東北地方の八甲田から八幡平、朝日連峰、吾妻連峰
    の高山の湿った草地に生え、他では見られない花なのである。この西吾妻山が南限だそうだ。

             チングルマとイワカガミ            ミツバオウレン

          

     ミツバオウレン(三葉黄蓮)は亜高山~高山の針葉樹林のふちや湿原などに生える常緑の多年草。
    白い花のように見えるのは萼片。小葉は3個ある。ひっそりと咲いていてあまり目立たないが、
    すっくりと立っている白い花はなかなか可憐。
    根は黄色の染料や、干して健胃剤などにされるらしい。キンポウゲ科のオウレン属。

             イワイチョウ                ショウジョウバカマ

          

     イワイチョウは漢字では岩銀杏と書く。腎臓のような形をした葉が、イチョウの葉に似ている
    ことからつけられたものらしい。日本と北アメリカ北西部に分布し、雪田の湿った草原や湿原など
    に群生する。ミツガシワ科の多年草。

     ショウジョウバカマは猩猩袴と書く。猩猩とは酒をよく飲むという想像上の動物、また大酒飲み
    の意にも用いられる。赤い花を猩猩の赤い顔に、地面に広がった葉を袴に見立ててこの名がついた
    という。この名前をつけた人はかなり想像力豊かな人にちがいない…それにしても面白い名前を
    つけたものだ。
     全国に分布し、ふつう4月から5月にかけて見ることが多いが、この高山ではまだ残っていた。
    シュロソウ科の多年草。

     ここから先は木道が消え、急登になる。斜めに横たわった大きな石が次から次に現れ、濡れて
    滑りやすい。這い上がるように登って行く。かなりキツイ。30分後ようやく”いろは沼”に出ると
    展望広がり、ホット一息。見渡すと辺りにはいくつもの池塘が点在、足許にはチングルマ、
    コイワカガミが風に揺れていた。ハイマツやガンコウラン、コバイケイソウも眼につくようになる。
    コバイケイソウは3~4年周期で一斉に花開くとされているが、今年はその周期にあたっていない
    せいか、花はまったく見られなかった。

                           いろは沼に点在する池塘

             

     梵天岩に近くなったところで、こんもりとマット状に広がる小さな花を見つけた。ミネズオウだ。
    岩場にへばりつくように広がり、風雪に耐える逞しさを感じる。紅色のオシベがよく目立ち可愛い。

                        ミネズオウ

             

     ミネズオウ(峰蘇芳)は、北海道や本州の中部地方以北の高山の草地や礫地に生えるツツジ科の
    常緑小低木。茎は地面を這い、枝分かれする。葉は長さ5~10ミリの線状長楕円形で対生、
    ふちは裏面に巻く。花は直径約3ミリ~5ミリの釣鐘形で、枝先に数個上向きにつく。

     梵天岩(標高2005m)にさしかかり岩を這い上がっていたとき、岩の割れ目に壺型の小さな花が
    眼に入った。枝先に沢山の花をつけている。コメバツガザクラだ!…初めて出会う花だった。
    岩にしゃがみこみカメラを向ける。

                        コメバツガザクラ

             

     コメバツガザクラは北海道、本州の中部地方以北、大山の砂礫地や岩の割れ目に生えるツツジ科
    の常緑小低木で、ミネズオウと群落をつくることもある。長さ1センチ足らずの米粒のような葉が
    3個輪生するのが特徴。花も枝の先に3個ずつ下向きにつける。虫媒花で種子は風により散布。

     さらに眼を転じると、ゴゼンタチバナが群落をなしていた。林下ではよく見かけるが岩場で見る
    のは珍しい。

                        ゴゼンタチバナ

             

     ゴゼンタチバナ(御前橘)の御前は石川県白山の最高峰の名。白山で最初に発見されたのに因む。
    葉は、花のつく茎には6個、花のつかない茎には4個輪生状につき、広楕円形で3脈が目立つ。
    4個の白い花びらに見えるのは総苞片で、花はその真ん中に多数集まってつく。果実は球形で赤く
    熟す。ミズキ科の常緑多年草。

     梵天岩の周りは赤い花をつけたハイマツが縁どり、クロウズクは藍色に白い粉をかぶったような
    実をつけていた。

          赤い花をつけたハイマツ         藍色の実をつけたクロウズコ

          

     ハイマツ(這松)は、北海道や本州の中部地方以北の高山の岩場や岩礫地などに生える常緑低木。
    風が弱いところでは高さ1m以上にもなるが、尾根筋や風の強い斜面では丈が低く、横に這うように
    広がる。厳しい自然環境の中で生きているためか、1cm伸びるのにも長い年月を要するらしい。

     クロウズコ(黒臼子)は、亜高山~高山や針葉樹林のふちなどに生えるツツジ科の落葉低木。
    6~7月、葉のつけ根に長さ約5ミリの壺型の花をつける。果実は直径1センチ、先端にオヘソのよう
    なへこみがある。このへこみを臼の形に例えて、黒臼子と名づけられたのかもしれない。藍色の実
    は食べられるそうだ。

     2日目はすばらしい天気に恵まれ、笠のように林立するオオシラビソが青空に映えて美しい。頬を
    切る風も心地よい。初日登った山頂もくっきりと見えている。ここで弁当を開く。

           青空に映えるオオシラビソ          梵天岩から見た西吾妻山の山頂

          

     梵天岩から一旦下り、また鬱蒼とした樹林の山道を登って行くと、やがて山頂に着く。山頂の
    周囲はオオシラビソなどの樹林に囲まれ、展望は得られない。ポツンと2035mの標識がつけられた
    柱が立ち、山頂を示していた。雨が激しくなったため、写真を撮ってすぐに引き返す。

     やぶ道を下って行くと、ベニバナイチゴが眼についた。ひっそりと真紅の花を下向きにつけた姿
    が愛らしい。ただ雨にぬれているせいか、少ししおれて見える。

            西吾妻山の山頂               ベニバナイチゴの花

          

     ベニバナイチゴは、雪の多い日本海側の亜高山から高山の林のふちや、渓流沿いに生える
    落葉低木。全体に刺はまったくなく、枝先に赤い花が1個づつ咲く。果実は赤く熟し食べられる。
    バラ科のキイチゴ属。

     2日目は梵天岩から引き返す。途中いろは沼で山岳ガイドらしい人に出会い、
    お互い「こんにちは」と声をかけた。振り返ると、数人の男たちが彼のうしろ姿を撮っていた。
    NHK「日本百名山」の撮影だったらしい。それはあとで出会った人から聞いたもの、その時
    分かっていれば、もう少しいい写真を撮りたかったのだが…。


         梵天岩の手前を歩く山岳ガイド        NHK「日本百名山」の撮影班

          

      8月5日

     8月5日は、歩こう会の仲間3人と私の4人でハイキングした。この会のメンバ-9人のうち7人位を
    予定していたのだが、どういうわけか参加者が少なかった。まあ小人数のほうがまとまりがよい。
    この日もすばらしい天気に恵まれ快適なハイキングを楽しんだ。
     参加してくれた最年長のOさんは、喜寿を過ぎ傘寿に近い大先輩だがこの会切っての健脚者、
    体は大きいがガッシリした体格。国内はもちろん世界各地のウオ-キング大会に出かけたりして、
    年間3000kmは歩いているというから驚きだ。急坂になると仲間のS・Sさんに足の置き場を指示
    したり手を貸したり…親切に指導されていた。

     S・Kさんは私と同年輩だがこれまたスゴイ健脚者…長距離のウオ-キングに参加したり、
    仲間を連れて毎年のように富士山に登っているのではないか…。長身で足が長い、彼の1歩は
    私の2~3歩位に思える。今回は最後尾につき、S・Sさんをサポ-トしてくれていた。
     この二人は梵天岩から山頂まで、ふつう往復1時間以上かかるところを30分で往復、梵天岩から
    引き返したS・Sさんと私は、たちまち追いつかれてしまったのである。

     S・Sさんは私よりも一つ先輩だが、日頃あまり運動していないのだろう、しばらく見ないうち
    にタヌキ腹になっていた。当初はこのコ-ス大丈夫かな、と心配していたが、”ああシンドイ、
    もうダメだ、俺は引退だ”などとボヤキながらも何とか歩き切ってくれた。上りは苦手なようだが
    下りは得意、うしろから見ているとバランスはいいように思えた。

     私のほうは7月半ばにも志賀高原をハイキングして体が慣れていたせいか、1ヶ月前のような
    キツイ感じはなかった。久しぶりに夏の山歩きを楽しめた。

          風景を撮っているOさん        S・Sさん(前)とS・Kさん(後)

          

      花の様相は、1ヶ月前とはまったく変わっていた。
    リフト下に見られたタニウツギ、ハクサンチドリ、ノビネチドリはすっかり姿を消してしまい、
    ヤマハハコ、ヤマブキショウマ、イワオトギリ、モミジカラマツなどが高原を埋めていた。
     ハイキングコ-スの周りも、ヒナザクラ、ショウジョウバカマ、ミツバオ-レン、ベニバナ
    イチゴの花々は見事に消えてなくなり、湿原いっぱいに広がったワタスゲ、ミヤマリンドウ、
    アキノキリンソウ、イワオトギリなどが眼を楽しませてくれた。

                     湿原に広がるワタスゲ

           

     ワタスゲ(綿菅)は亜高山~高山の湿原に群生するカヤツリグサ科の多年草。芽を出してすぐに
    茎の先に小穂を1個だけつける。花が終わると、子房の基部からたくさんの白い毛がのびてきて、
    まるい綿毛のかたまりのようになる。湿地を渡る風に、白い綿毛が舞う景観はなかなか風情がある。
    ワタスゲは誰からも親しまれているのだろう、他の植物は知らなくても、ワタスゲを知らない人は
    いない。

                       ミヤマリンドウ

             

     ミヤマリンドウ(深山竜胆)は、北海道や本州の中部地方以北の高山の草地に生えるリンドウ科
    の多年草。
    ひたすら光を求めて、花びらを上向きに開いている姿は何とも愛らしい。曇りや雨の日、夜間など
    は花を閉じている。この花は見頃を迎えていたのか、ハイキングコ-スのいたるところで見られた。
    虫媒花で種子は風によって運ばれる。リンドウの根は非常に苦く、生薬の竜胆(リュウタン)とし、
    煎じて健胃剤にしたという。

             アキノキリンソウ               イワオトギリ

          

     アキノキリンソウが咲きはじめていた。漢字では秋の麒麟草または秋の黄輪草と書く。
    黄色い花が輪生状に咲く「キリンソウ」にたとえてこの名があるといわれている。ただ、黄色の
    花が多数集まって咲くところは共通しているが、キリンソウはベンケイソウ科、アキノキリンソウ
    はキク科、それぞれの姿かたちは違っている。山地や丘陵の日当りのよいところに生える多年草で、
    北海道~九州に見られる。花期は8~11月。

     イワオトギリ(岩弟切)は亜高山~高山の草地や礫地などに生えるオトギリソウ科の多年草。
    葉を透かして見ると黒い点が多く、明るい点もすこし混じっている。
    オトギリソウ(弟切草)は、この草を鷹の傷を治す秘薬としていた鷹飼いが、その秘密をもらした
    弟を切り殺したという伝説により、この名前がつけられたものらしい。全草を乾燥して止血剤、
    うがい薬にされるという。

     1ヶ月前華やかに花を咲かせていたチングルマは花期を終え、花柱が長くのびて羽毛状になり、
    コイワカガミも花が消え、種子に変わりつつあった。

            チングルマの花            羽毛状になったチングルマ

          

             コイワカガミの花         花から種子をつけはじめたコイワカガミ

          

     サンカヨウも白い花から藍色の果実をつけていた。アカモノはそろそろ果実をつける頃だが、
    まだ花を咲かせていた。

               サンカヨウの花              サンカヨウの果実

          

             アカモノの花            アカモノの果実(本白根山)

          

     アカモノ(赤物)は果実が赤く熟し食べられるので、アカモモ、これがなまってアカモノに
    なったといわれる。イワハゼとも呼ばれる。ツツジ科の植物で、山地~高山の草地や林のふちに
    生える常緑小低木。

     そして梵天岩にあったコメバツガザクラも花を終え、種子に変わりつつあった。

           コメバツガザクラの花         種子をつけはじめたコメバツガザクラ

          

     大凹の鞍部には、マルバシモツケやネバリノギラン、モミジカラマツが幅を利かしはじめ、
    シラネニンジンも草原に点々と咲いているのが見られた。

            マルバシモツケ              ネバリノギラン

          

     マルバシモツケ(丸葉下野)は、北海道から中部地方以北の高山の岩場などに生えるバラ科の
    落葉低木。
    下野は旧国名で今の栃木県。下野で最初に見つかったか、あるいはこの地方に多いからこの名が
    つけられたものと思われる。枝先に小さい白い花が多数集まって咲く。

     ネバリノギラン(粘り芒蘭)は花穂が粘り、ノギ(芒)のあるランという意味だが、芒がある
    わけではない。オシベが長くつきだし、花びらの先がとがって見えることから芒の名がついたもの
    らしい。またランではなく、ノギラン科の多年草。以前はユリ科になっていたが、最近ノギラン科
    という新しい科が設けられ改定されている。山地の草地や砂礫地に生える。

            モミジカラマツ              シラネニンジン

          

     モミジカラマツ(紅葉唐松)は、葉がカエデの仲間のように切れ込んでいるのでこの名があると
    いう。
    亜高山~高山の湿った草地に群生するキンポウゲ科の多年草。花には花弁はなく、白いオシベが
    まるく集まってついている。

     シラネニンジン(白根人参)は、北海道や中部以北の高山の草地や岩場に生えるセリ科の多年草。
    葉は細かく裂け、ニンジンの葉に似ている。花びらには柄がない。

     これで西吾妻山のハイキングは終わった。
    7月から8月にかけての3日間の山歩きだったが面白かった。7月には春と夏の高山植物が同時に見ら
    れ、8月に入るとすでに秋の雰囲気を感じる植物に変わっていた。移り行く季節とともに植物も変化
    しているのだ。パット開いてパット散っていく…可憐な花びらをヒラヒラさせながら
    ”今が私の番なのよ”…そんな声が聞こえてきそうだ。
     山も9月半ばには紅葉が始まり冬支度に入る。やがて落葉樹は葉をすべて落として身を守り、
    高山植物は地中深くに眠る。そして、来年はまた美しい姿を見せてくれるにちがいない…。

     山麓には湯量豊かな温泉が待っていた。宿泊したのは、静かな山間にある白布温泉の中屋別館
    不動閣。

                    白布温泉  中屋別館不動閣

          

     建物は木造の純和風旅館。古い歴史があるのだろう、老舗の雰囲気を感じる。標高800mにあり、
    温泉はかけ流しの硫黄泉。サワグルミ、トチノキなどに囲まれた大浴場からは、渓流に流れ落ちる
    滝が見られる。下に流れる渓流は最上川源流の樽川。早朝には正面の山肌に朝日が当り光と影の
    コントラストが鮮やか、なかなかの風情を感じる。
     従業員の応対も良い、素朴で心温まる思いがする。7月初めに一人で泊まったときには、部屋まで
    食事を運んでくれた。今時珍しいサ-ビスだ。8月初めに歩こう会の仲間と泊まった時には、大広間
    の座敷に案内されたが、足が降ろせるようになっていた。大きなテ-ブルには米沢牛の鉄板焼き、
    鯉の洗い、そばの小鉢、山菜料理など10品が出され味も良かった…酒がすすむ。
     階段の壁に伴淳三郎、森繁久彌の写真が掲げられてあった。昭和40年、ここで映画が撮影された
    らしい、古い映画好きの私は、懐かしさのあまりしばらくその写真を見つめる。


                   夏の高山植物  志賀高原

                               
2014年7月15日~18日 


                           
    クルマユリに止まる蝶

             

     志賀高原は上信越高原国立公園のほぼ中央に位置し、横手山をはじめ笠ヶ岳、赤石山、志賀山、
    東館山、岩菅山などの2000m級の山々が連なる。周囲には火山活動によってできた湖沼や高層湿原
    が数多く点在、高原のさわやかな風を感じながら、咲き乱れる高山植物が楽しめるところだ。

     私は旅行社のツア-を利用して志賀高原の高天原を訪ね、一人で周辺の高原を散策した。
    3泊4日の7月15日から18日までの間はすべて自由行動だったからである。

     初日はホテル前から奥志賀方面へ続く渓流沿いの道を歩いた。生まれたばかりの小川が、地を
    這うように森の中を、時には草原に出たりして流れ走っている”せせらぎ渓流”と呼ばれるところで、
    2キロ位の木道が続く。
     木道脇には様々な花が眼を楽しませてくれた。いきなり出迎えてくれたのがヒオウギアヤメ、
    草原いっぱいに群落をなして広がり、色鮮やかな青紫の花びらが風に揺れていた。まさに
    ”今が私の番なのよ”と言いたげである。

                        ヒオウギアヤメ

             

     ヒオウギアヤメ(檜扇菖蒲)は葉がヒオウギに、花はアヤメに似ているためつけられた名前
    らしい。
    檜扇は、ヒノキの薄板を重ね合わせてつくられた扇のことだろう。亜高山~高原の湿地に群生する
    アヤメ科の多年草。

     次に現れたのがハクサンチドリ、ポツンと立っているものもあれば、かたまって咲いているとこ
    ろもあった。紅紫色の花びらが美しい。幼い踊子があでやかな衣をつけて、
    ”ようこそ”と言っているようにも見える。

                        ハクサンチドリ

          

     ハクサンチドリは北海道から中部地方の高山に生えるラン科の植物。花は10個前後から20個位
    穂状になってつく。高さ10cm~40cm。唇弁の中央が鋭くとがるのが特徴。チドリは花の形から
    千鳥を連想したものらしい。

     やぶ道に入ると、モミジカラマツがたくさん眼につくようになる。あちらにもこちらにも、
    さらに道脇の先々にも…西吾妻山では8月に見られたが、こちらの方が半月早い。やや暗い小路を
    抜けると明るい湿原に出た。

                   ダケカンバの森に囲まれた湿原

             

     湿原に入ると、黄色い花の群落が眼に飛び込んできた。ニッコウキスゲの広がりだ!、周りの
    緑に映えてとても鮮やか、今がいちばん見頃を迎えているように思える。

                       ニッコウキスゲの群落

             

     ニッコウキスゲ(日光黄菅)の名の由来はよく分からないらしいが、ニッコウキスゲの名所と
    して知られる日光戦場ヶ原を、中禅寺の庭に見立ててつけられたという説がある。本州の中部地方
    以北の山地から亜高山にかけての草原や林のふち、湿地などに生えるワスレグサ科の多年草。
    朝開花し、夕方閉じる。

     よく似たユウスゲ(別名キスゲ)は、夕方咲き始めて間夜中に満開になり、翌日の朝日が昇る
    ころにはしおれはじめ、同じように夕方から咲きはじめるエゾキスゲは、翌日の午後にしおれると
    いう。いずれも太陽の強い光が嫌いなのだろう、ふしぎな植物だ。

     この辺りの標高は1700m弱、湿原を取り囲む木々のほとんどはダケカンバ、中にミズナラ、
    ナナカマドなども混じる。木道は湿原の中を真っすぐ貫いている。湿原を渡る高原の風が心地よい。
    ここはむし暑い下界とは別世界なのだ。

                        湿原の風景

          

     のんびり木道を歩いていると、バイケイソウが眼につく。明るい陽光を浴びてスックリと立って
    いた。そばにコバギボウシも咲き始めていたが、まだ時期的に早いのか見られたのは数株だけ。

                バイケイソウ                   コバギボウシ

          

     バイケイソウの漢字は梅蕙草。名前は花が梅に似て、葉が蕙蘭に似ていることによるものらしい。
    蕙蘭は台湾、中国を原産地とし、古くに日本に渡来、園芸種として栽培されているという。山地の
    林内や湿原の中に生えるシュロソウ科の多年草。コバイケイソウとともに毒性が強い。

     コバギボウシは小葉擬宝珠と書く。ギボウシはつぼみを橋の欄干の擬宝珠にたとえたものだと
    いう。私は亜高山などで群生しているのを見かけることが多い。花はやや下向きに咲く。
    キジカクシ科の多年草。

     さらに歩いて行くとヤセウツボに出会ってビックリ、こんなところにも入ってきているのか…
    と思ったからだ。千葉の農道脇で見られるものはせいぜい30~40センチ位だが、ここのは
    1メ-トル位はある。一瞬オニノヤガラかと思ったほどだ。ヨ-ロッパ、北アメリカ原産の
    寄生植物だが、ここではヨツバヒヨドリなどのセリ科の植物から養分を得ているのかもしれない。
     湿原を通り過ぎ一ノ瀬に出た時、草原にウツボグサが小群をつくっていた。

             ヤセウツボ                   ウツボグサ

          

     ヤセウツボ(痩靫)はハマウツボよりほっそりした感じで、花穂が矢をいれるウツボに似ている
    ことによる。葉緑素をもたず、マメ科のシロツメクサや、キク科、セリ科などに寄生し、根を宿主
    の根にくいこませて養分を吸収する。日本の関東地方から近畿地方にかけて帰化しているという。
    ハマウツボ科のハマウツボ属。

     ウツボグサ(靫草)も、やはり花穂を矢を入れるウツボに見立ててこの名がある。乾燥した花穂
    を煎じて利尿剤として使われる。山野の日当たりのよいところに生えるシソ科の多年草で、この
    仲間は世界の温帯各地に分布し、私も天山山脈の山麓でウツボクサの仲間を見たことがある。

     一ノ瀬から車道に入り志賀高原プリンスホテル方面に歩いて行くと、さらに大きな湿原の広がり
    が見えてきた。車道から下に降り湿原の木道を歩いて行く。一帯は生い茂ったオニシモツケで埋め
    つくされていたが、ところどころヨツバヒヨドリやヤマオダマキの花が咲いていた。

          プリンスホテル近くの湿原             オニシモツケ

          

     オニシモツケ(鬼下野)は見上げるほど大きくなることから、鬼シモツケと名づけられたの
    だろう。高さ1~2メ-トルになり、群生することが多い。奇数羽状複葉だが頂小葉がとくに大きく、
    側小葉はごく小さいため掌状葉に見える。山地~亜高山の沢沿いや湿地に生えるバラ科の多年草。

               ヨツバヒヨドリ               ヤマオダマキ

          

     ヨツバヒヨドリ(四葉鵯)は葉が4個づつ輪生するのでこの名があるというが、3個のものや
    5~7個つくものもある。またヒョドリがよく鳴く頃にこの花が咲くという意味もあるらしい。
    本来ならば8~9月頃に花の盛りを迎えるが、すでに花を咲かせようとしていた。この花にあの大
    旅行するアサギマダラが止まっているのをよく見かける。この蝶は奄美大島から福島県まで、直線
    距離で1000kmの長距離飛行が確認されているという。

     ヤマオダマキは山苧環と書く。オダマキはその昔、つむいだ麻糸を巻いた菅のことで、距の立っ
    た花の形がこれに似ていることからつけられた名前らしい。花のうしろにつきでている距に密が
    入っている。山地の草地や林のふちなどに生えるキンポウゲ科の多年草。

     広い草原の中にひと際映える花が見えてきた。クルマユリだ!…花を1~2個つけているものも
    あれば3~4個つけているものもある。眼の覚めるような花びらを見せて昆虫を呼びこんでいるの
    だろう…”いらっしゃい、いらっしゃい、どうぞ、どうぞ”というように…周りには数羽の蝶が飛び
    交い、花に止まって蜜を吸っているものもいた。蝶には赤茶色の羽根に、たくさんの黒い斑点模様
    がある。ヒョウモンチョウの一種かと思われる。白い蝶は羽化したばかりかもしれない。じっと花
    にさばりついて微動だにしないのだ。

                     4個の花をつけたクルマユリ

             

                     クルマユリの蜜を吸う蝶

          

     クルマユリ(車百合)は、茎のなかほどに輪生状についている葉を車輪に例えたもの。
    花は下向きにつき、6個の花弁は強くそり返る。華やかな姿のクルマユリは、高原のお花畑を彩る
    主役のひとつと言っていいだろう。亜高山~高山の草地に生えるユリ科の多年草。

     翌日の7月16日も快晴だった。高原を渡る朝の風が清々しい。ホテル庭から右手遠くに笠ヶ岳
    (2076m)、左手に志賀山(2036m)と裏志賀山が見えている。山を眺めていると随分前に大沼池
    や渋池のある志賀山の山中をハイキングしたことを思い出した。山頂もわりと楽に登れるところに
    ある。

               笠ヶ岳               志賀山(右)と裏志賀山(左)

          

     この日は東館山に行くことにした。ホテルを8時30分に出て、ロ-プウエイのある発哺温泉方面
    へ歩いていると、車道脇の藪になにやら白いものが見える。何だろう?…近よってみると
    センジュガンビだ!珍しい、めったにお目にかかれない植物である。暗いところが好きらしい、
    それだけに白い花がよく目立つ。

                        センジュガンビ

             

     センジュガンビ(千手岩菲)の名前の由来は、日光の千手ガ原で発見されたことによる。岩菲は
    同属の中国原産の植物。茎はやわらかく花弁の先が細かく切れ込んでいる。深山の林内に生える
    ナデシコ科の多年草。

     さらに行くと道端にミヤマシグレの花が咲き、そして葉を繁らせたクロヅルが小さな白い花を
    多数つけていた。

              ミヤマシグレ                  クロヅル

          

     ミヤマシグレのシグレはガマズミの方言というから、深山に生えるガマズミという意味か?、
    山地~亜高山に生えるスイカズラ科ガマズミ属の落葉低木。高さは50センチ以下。母種のヤマシグレ
    は近畿地方以西に生え、高さが2メ-トル位になる。

     クロヅル(黒蔓)は落葉つる性木本。つるが赤褐色なのでベニヅルと呼んで生け花に使うという。
    花弁は5個。果実には3個の大きな翼があり、軍配に似た形をしている。雌雄同株。

     道端にはトリアシショウマ、クサフジなども眼についたが通り過ぎて行く。そしてロ-プウエイ
    に乗って東館山に上がった。最初に眼に入ったのがイブキジャコウソウ、赤い小さな花をいっぱい
    つけてマット状に地面に広がっていた。日辺りのよい岩場を好む植物である。そのそばには、
    これまた黄色い小さな花をいっぱいつけたカワラマツバが岩上にへばりつくように咲いていた。
    この花は名前の通り河原に多いそうだが、私は高山でしか見たことがない。

             イブキジャコウソウ             キバナカワラマツバ

          

     イブキジャコウソウ(伊吹麝香草)は最初に発見されたのが伊吹山で、葉にさわると麝香のよう
    な良い香りがあるのでこの名があるという。
    ジャコウは中央アジア、中国東北部にすむジャコウジカの雄の分泌物から採る香料のことらしい。
    茎はよく分枝してマット状に広がる。枝先にごく小さい唇弁花を密につける。山地~高山に生える
    シソ科の半落葉小低木。

     キバナカワラマツバ(黄花河原松葉)は、細い線状の葉を松葉に例え、河原などに多く見られる
    ことからつけられた名前。7~8月黄色い泡のような花をいっぱいつける。花が白いものを
    カワラマツバという。アカネ科の多年草。

     ロ-プウエイそばの草地に眼を向けると、ハクサンフウロ、グンナイフウロ、ムカゴトラノオ
    などが
    見られた。
     ハクサンフウロはまだ咲きはじめなのだろう、数は少ない。グンナイフウロには羽根のある昆虫
    が止まっていたが蜂かどうか…。ムカゴトラノウも、イブキトラノウと共に高山に生えるタデ科の
    代表的な植物。

                       ハクサンフウロ

             

            グンナイフウロ                 ムカゴトラノオ

          

     ハクサンフウロ(白山風露)の風露とは何だろうと思って辞書でひくと、涼しい風と露とある。
    風渡る高原の中で生きながらも、露のように消えていくはかない命?…という意味か.…。
    中部地方以北の亜高山~高山に生えるフウロソウ科の多年草。草原の中で群生することが多く、
    鮮やかな赤い花がよく目立つ。

     グンナイフウロ(郡内風露)の郡内は、山梨県東部の桂川流域の地方名だそうだ。北海道と
    本州の中部地方以北の山地~亜高山の草地に生えるフウロソウ科の多年草。花は紅紫色、または
    淡紫色で茎の先につく。葉は掌状に大きく切れ込む。

     ムカゴトラノオ(零余子虎の尾)は、花序の下に赤褐色のムカゴがつくのでこの名がある。
    根生葉は細長い楕円形で、花茎の上部に円錐形の花穂を多数つける。北海道や中部地方以北に
    生えるフウロソウ科の多年草でイブキトラノオ属。

     ここには高山植物園があるが、あとまわしにして山道を歩いて行く。藪の中ではミヤマカラマツ、
    カニコウモリ、ユキザサ、草原に出たところでミヤマニガイチゴの花が眼につく。

            ミヤマカラマツ                カニコウモリ

          

     ミヤマカラマツ(深山唐松)は山地~亜高山の林のふちなどに生えるキンポウゲ科の多年草。
    白い花序を散房状につける。長いオシベが目立つ。カラマツソウに似ているが、カラマツソウは
    小葉の基部に托葉があるのに対し、ミヤマカラマツは小葉の基部に托葉はない。

     カニコウモリ(蟹蝗幅)は、亜高山の針葉樹林のなかなどによく生えるキク科の多年草。
    葉はカニの甲羅のような形で、ふちに不ぞろいの切れ込みがあり、先端は短くとがる。葉の基部は
    ハ-ト形。茎の先に白い頭花を散房状につける。

                ユキザサ                 ミヤマニガイチゴ

             

     ユキザサ(雪笹)は白い花を雪に、葉を笹に見立ててこの名がある。山地の林内に生える
    キジカクシ科の多年草。茎先に白い小さな花を円錐状に多数つける。花はすでにピ-クを過ぎて
    まだ残っていたという感じ。

     ミヤマニガイチゴ(深山苦苺)は、ニガイチゴより高い山地の日あたりのいいところに生える
    バラ科の落葉低木で、キイチゴ属。小さい白色の花が咲き実は赤く熟す。名前の通り、やや苦みは
    あるが甘酸っぱくておいしい。

     草原の前方に鳥居が見えてきた、神社があるらしい。鳥居をくぐりしばらく山道を登っていくと
    急に視界開け、明るい草原に出て来た。大きな眺めである。前方に信州の山々が連なり、眼の前に
    はヒオウギアヤメやニッコウキスゲのお花畑が広がっている。頬をかすめる高原の風が気持よい、
    何とも清々しい気分だ。

                     ニッコウキスゲが広がる高原

           

          ヒオウギアヤメが群生する高原            ヒオウギアヤメ

          

     ほどなく山頂に着くと、360度さえぎるもののない展望が広がっていた。少し雲が出てきたため
    か、遠くの山々はやや霞んでいる。ふと気がつくと眼の前に小さな祠が立っていた。これが山の神
    として祀られている神社なのだろう…。
     帰り道、上るときには気づかなかった赤い実が眼に入る。ポツンと一つだけ…鮮やかな真紅色だ。
    何だろう?….どうやらスノキの仲間らしい、持っていた図鑑で調べてみるとヒメウスノキと分かっ
    た。

                          ヒメウスノキ

             

     ヒメウスノキ(姫臼の木)は、果実の先端のへこみを臼にイメ-ジしてつけられた名前。
    ウスノキのように果実の先端に角はない。葉が開く前に緑白色の花が咲く。花は壷形で下向きに
    咲くが、果実は上を向く。亜高山~高山の針葉樹林のふちや林床に生えるツツジ科の落葉小低木。

     山道を下り湿原の方へ向かい、別れ道のところで右手に歩いて行くと、ミズナラや針葉樹林に
    囲まれた沼の中にたくさんのミツガシワが咲き、沼のそばにはマイヅルソウが群落をなして広がっ
    ていた。

               ミツガシワ                 マイヅルソウ

          

     ミツガシワ(三槲)は山地~高山の湿原や沼などに生える多年草の水草。葉は3個の複葉からなる。
    ミツガシワの葉はブナ科のカシワの葉に似ていないが、カシワは「炊ぐ葉」からきたもので、昔は
    食物を包んで調理したり、盛ったりする大きな葉はすべてカシワと呼んでいたらしい。そういえば
    このミツカシワもそんなイメ-ジがないともいえない。

     マイヅルソウ(舞鶴草)は湾曲した脈が目立つ葉を2個広げた姿から、鶴が舞う姿を連想してつけ
    られた名前だという。針葉樹林の下に群生することが多い、キジカクシ科の多年草。果実は球形の
    液果で赤く熟す。

     来た道を戻り広々とした草原の中に入って行く。ここでもニッコウキスゲやヒオウギアヤメが
    広がり、風に揺れていた。オニシモツケも繁茂している。このゆるやかな斜面は、冬になると
    大勢のスキ-ヤ-で賑わうところになるのだろう。
     のんびり歩いていると、木道の上に止まっている蝶に気づく。どうやらクジャクチョウのようだ。
    赤い羽根に4つの孔雀紋が鮮やか、なかなか美しい。

                        クジャクチョウ

             

                    ニッコウキスゲが群生する草原

          

     草原から引き返し高山植物園を見てまわったが植えられたものが多く、シナノキンバイと
    ミヤマダイコンソウ、そして岩穴に輝いていたヒカリゴケだけをカメラに収めた。ロ-プが張られ
    自然らしさが感じられなかったからである。

                          ヒカリゴケ

           

     ヒカリゴケは、北海道と中部以北の洞窟や岩陰、倒木の陰などの暗く湿ったところに見られる。
    自力で光を発しているのではなく、ヒカリゴケがもつレンズ状細胞が暗所に入ってくるわずかな
    光を反射して、エメラルド色に輝くという。コケの中では非常に貴重なものらしい。私は八ヶ岳
    山麓の唐沢鉱泉裏の岩穴でもヒカリゴケを見たことがある。

               シナノキンバイ              ミヤマダイコンソウ

          

     シナノキンバイ(信濃金梅)は、北海道や中部地方の高山の草地などに生えるキンポウゲ科の
    多年草。花びらに見えるのは萼片でふつう5個。葉は掌状に深く裂ける。

     ミヤマダイコンソウ(深山大根草)は北海道や近畿以北、四国の高山の岩場や岩礫地に生える
    バラ科の多年草。葉は奇数羽状複葉だが、粗い鋸歯のある丸い大きな頂小葉がよく目立つ。
    私は八方尾根の岩礫地で見た、シナノキンバイとミヤマダイコンソウの群落が印象に残っている。

     帰りは高天原まで歩いて降りることにした。ロ-プウエイそばから草地に出た時、シロバナノ
    ヘビイチゴが白い花を咲かせていた。そのそばにオオヤマフスマとオオバキスミレが見られた。
    さらに下ったところにはシロバナノヘビイチゴが赤い実をつけていたので、2-3個口に入れてみた。
    ほの甘い香りが口いっぱいに広がり、とてもおいしい。

          シロバナノヘビイチゴの花          シロバナノヘビイチゴの実

          

     シロバナノヘビイチゴ(白花蛇苺)は、山地~亜高山の日当りのよい草地に生えるバラ科の
    多年草。葉は根生し、長い柄の先に小葉を3個つける。花と果実が同時に見られてよかった。

              オオヤマフスマ              オオバキスミレ

          

     オオヤマフスマ(大山衾)は、山地の草地や道端などに生えるナデシコ科の多年草。
    衾はかけぶとんのことだが、オオヤマフスマの名前は意味不明。

     オオバキスミレ(大葉黄菫)は、主に日本海側の低地から亜高山にかけて生えるスミレ科の
    多年草。葉は上部に3~4個つき、先は急に短くとがり、基部はハ-ト形。色鮮やかな黄色の花が
    よく目立つ。

     明るい林道に入りしばらく行くと、眼の前にヒラヒラと飛んでいる蝶が眼につく。私の歩きに
    合わせるかのようについてくる…見ていると地面に止まった。今まで見た蝶とは違っている。
    写真をパチリ、
    あとで調べてみるとヒオドシチョウと分かった。ニレ科のエノキ、ハルニレ、ヤナギ科のオオバ
    ヤナギなどを食草にしている蝶らしい。

                        ヒオドシチョウ

             

     林道をぬけると広々とした草原に出た。ゲレンデだ。やや遠くに高天原のホテルも見えている。
    私は眼の前に広がる志賀高原の山々を眺めながら、ゆっくりとゲレンデを下っていった。

     7月17日もぬけるような青空が広がっていた。この日はバスで木戸池まで行き、ここから蓮池
    までの遊歩道をハイキングした。
     静かな面をたたえた木戸池をあとにしてゆるやかな坂道を上っていくと、爽やかな草原に出た。
    辺りにはニッコウキスゲ、ヒオウギアヤメ、、オニアザミ、ハナニガナ、シロバナハナニガナなど
    が咲き誇り風に揺れていた。草原に座り込み、辺りを眺めてみる。すばらしい景観だ。遠く幾重
    にも重なった信州の山々が望め、眼下には田の原湿原が広がっている。ときどき吹けぬける風も
    心地よい。

                     静かな面をたたえた木戸池

          

                    丘陵の草原から田の原湿原を望む

             


                ハナニガナ                シロバナハナニガナ

          

     ハナニガナ(花苦菜)はニガナの頭花がふつう5個あるのにに対し、8-10個と多い。葉を
    切ると苦味のある乳液を出す。山野に見られるキク科の多年草。シロバナハナニガナは頭花が
    白色のものをいう。

     草原から下に降りてみると、白い花の群落が湿原を覆っていた。見事なワタスゲの広がりである。

         田の原湿原に群生するワタスゲ            ワタスゲの果穂

          

     そして小橋にさしかかりふと小川に眼をやると、群生する赤い小さな花が水面を覆っていた。
    アレ、何だろう?…見たことがある…そうだツルコケモモだ、川べりに下りて夢中でカメラを
    向けるが、背丈が低いため撮るのが難しい。うっかりすると泥に足をとられそうになる。

                       ツルコケモモ

             

     ツルコケモモ(蔓苔桃)は亜高山~高山の湿原に生える常緑小低木。茎は針金のように細く、
    ミズゴケの中を這って分岐する。高さは5-10センチ。葉は互生、長さ約1センチの楕円形で、
    質はかたくて厚く光沢がある。花は長さ1センチほどで、開くと4個の花弁がクルリとそり返る。
    実は液果で赤く熟し食べられる。ジャムなどに利用されるらしい

     木道脇にはシナノオトギリだろう、明るい日差しを浴びて点々と生えている。黄色い花びらが
    鮮やかだ。湿原に眼を向けると、細長い葉に丸い実がついている植物に気づく。かなりたくさん
    見られる。ただ非常に小さい、見た記憶がない、ハテ何だろう?…持っていた図鑑でようや
    くヒメシャクナゲと分かった。球形の実はあまりに小さく、色も淡い。すでに花期を終え、果実に
    なっているのだろう、花は下向きにつくが、果実は上向きになる。

                  シナノオトギリ              ヒメシャクナゲの果実

          

     シナノオトギリ(信濃弟切)は、中部地方の高山に生えるオトギリソウ科の多年草。
    葉のふちに黒い腺点があり、全体にまばらに明るい点がある。よく似たイワオトギリは葉の全体に
    黒い点があり、明るい点も混じる。

     ヒメシャクナゲ(姫石楠花)は、亜高山~高山の湿原などに生えるツツジ科の常緑小低木。
    茎の下部はミズゴケなどのなかを這い、枝先は立ち上がって高さ10~20センチになる。葉は長さ
    1~4センチの細長い楕円形で、先はとがり、厚くてかたい。6-7月、枝先に淡いピンクのつぼ型
    の花が数個ずつ下向きに咲く。

     さらに湿原にはマット状に群生したモウセンゴケが見られた。しかも小さな白い花を咲かせて
    いる。珍しい。モウセンゴケはよく眼にしているが、花を見るのは初めてだ。

                        モウセンゴケの花

          

     モウセンゴケ(毛氈苔)は、山地~亜高山の日当りのよい湿地に生える食虫植物.。白い花で
    虫を誘い、葉に密生した腺毛から粘液を出して虫を捕まえ、消化酵素を分泌して溶かしてしまう。
    食虫植物は蚊のような小さな虫を栄養源にいるのだ。コケのように見えるが多年草である。
    この名前は葉に赤味を帯びた腺毛が密生しているので、群生すると赤い毛氈を敷いたように見える
    ことからつけられたといわれる。

     田の原湿原からやや暗い林道に入り、左手に三角池を見ながら歩いて行く。静かな水面には周り
    の木々が映っている。そこを通り過ぎ、しばらく行くと小さな湿原に出た。ここにもワタスゲが
    散らばり、爽やかな高原の風に揺れていた。

                三角池                   小さな湿原

          

     小さな湿原から山道に入ろうとしたとき、白い花が眼に飛び込んできた。初めて出会う花で
    ある。葉の形からモクレン科の木らしい…図鑑を開いてみると、オオヤマレンゲだった。名前の
    通りハスの花のようにも見える。ただこの花は下向きに咲いている。

                       オオヤマレンゲの花

             

                      オオヤマレンゲの花

          

     オオヤマレンゲ(大山蓮華)は、深い山に生えるモクレン科の落葉小高木。高さは3~4メ-トル
    になり、よく枝分かれする。花には芳香があり、花弁6個とやや小型の萼片が3個ある。関東地方
    以西から九州に分布。

     山道を歩いてまもなく上の小池に出ると、標高1570mの標識が眼につく。周りはシラカバや
    ダケカンバが茂り、針葉樹は見られない。さらに行き明るい林道に出ると、また沼が見えてきた。
    長池の入り口らしい。

              上の小池                長池の入り口付近

             

     ここで林のふちにスックリと立っている植物に気づく。またヤセウツボかと思って通り過ぎよう
    としたが、どうも違う.…どうやらアオオニノヤガラのようだ。めったに出会えない植物である。
    私は随分前に斑尾高原で一度見た記憶しかない。

                        アオオニノヤガラ

             

     アオオニノヤガラ(青鬼の矢柄)はアオテンマともいう。まっすぐにのびた花茎を鬼の矢柄に
    例えて、この名がつけられたらしい。同じ仲間のオニノヤガラは葉緑素をもたないが、アオオニノ
    ヤガラは葉緑素をもっている。
    6~7月、茎の上部に青黄褐色の壺状の花を多数つける。雑木林のなかなどに生えるラン科の多年草。

     ほどなく信大自然教育園の前に出る。ビジタ-センタ-の建物は工事中で見学できなかったが、
    山斜面に植えられていた花々は見ることができた。咲いていたのは、エゾシオガマ、ベニバナ
    イチヤクソウ、アカモノ、キンコウカ、ハクサンフウロ、ミヤマホツツジ、キバナノヤマオダマキ、
    アオヤギソウ、クサボタンなど。このうち形のよいものだけをとりあげてみた。

                       エゾシオガマ

             

               ミヤマホツツジ                キンコウカ

          

     エゾシオガマ(蝦夷塩竃)は、北海道から中部以北の高山に生えるハマウツボ科の多年草。
    葉は三角状披針形で先はややとがり、ふちに重鋸歯がある。茎の上部の葉のつけ根にクリ-ム色の
    花がⅠ個ずつつく。
     塩竈とは海水で塩を煮詰めてつくるカマドのこと。塩竈を浜で美しいということから
    ”葉まで(浜で)”美しいにかけた名前だというが、この名付け親もかなり想像力豊かな人に
    ちがいない。

     キンコウカ(金黄花)は、鮮やかな黄色の花が咲くことからこの名がある。北海道から中部以北
    の高原の湿原に生えるノギラン科の多年草。葉は細長い線形で、先は剣状にとがる。
    7~8月、茎の上部に星形に開いた花を多数つける。

     ミヤマホツツジ(深山穂躑躅)は、亜高山~高山の林のふちや低木林に生えるツツジ科の落葉
    低木。
    ホツツジはオシベの先端がやや上を向いているだけだが、ミヤマホツツジは象の鼻のように上に
    大きく曲がっている。

     信大自然教育園から下の池を通り過ぎ、ゆるやかな坂道を上っていくと大きな高原に出た。
    ゲレンデである。ここにもニッコウキスゲ、オニアザミなどが群生していた。前方に志賀高原の
    山々が望める。

                下の池           ニッコウキスゲやオニアザミが群生する高原

            

     高原ではたくさんの蝶が舞っていたが、他の草花よりもオニアザミが好きなのだろう、この花に
    止まっているヒョウモンチョウの仲間が数多く見られた。

                          オニアザミ

             

                オニアザミに止まるヒョウモンチョウの仲間

             

     オニアザミ(鬼薊)は、鬼の名前がつくように茎は太くて豪壮、葉は羽状に深く切れ込み、ふち
    には長い刺が多い。6~9月、紅紫色の大きな頭花が下向きにつく。山地~亜高山の草地に生える
    キク科の多年草。

     草原の中には群生したウツボグサが青紫色の花を、ヨツバヒヨドリが明るい赤色の花を咲かせて
    いた。

           群生したウツボグサ             ヨツバヒヨドリ

          

     ゲレンデを下っていくとヤナギランが眼につく。まだ咲きはじめなのだろう、下半分だけに花を
    つけていた。今はまだ数も少ないが、これから8月にかけて、この高原一帯を華やかなピンク色に
    染め上げていくにちがいない。

                        ヤナギラン

               

     ヤナギラン(柳蘭)は細長い葉をヤナギに、花をランに例えた名前。花は下から上に咲いていく。
    種子には白い毛があり、風によって散布されるからだろう、群生することが多い。山地~亜高山の
    日当たりのよい草地などに生えるアカバナ科の多年草。

     蓮池に着き周囲を一周してみた。池面には白いスイレンの花やコウホネの黄色い花が、ところ
    どころかたまって浮いていた。蓮池の名にふさわしい水草の広がりである。

                     多くの水草が浮く蓮池

             

               スイレン                  コウホネ

          

     スイレン(睡蓮)の仲間は北半球の沼沢に広く自生している。春から秋に基部に切れ込みのある
    円形の葉を水面に浮かべ、冬には枯れて休眠する。スイレン科の多年草。

     コウホネ(河骨)は、太くて白い地下茎が白骨のように見えることからつけられた名前だという。
    大きな葉は光沢があり、基部は深く切れ込む。長い花柄を水面より高くのばし、黄色い花を1個
    ずつつける。花弁のように見えるのは萼片で5個あり、花が終わると緑色を帯びる。池や沼などの
    浅い水中に生えるスイレン科の多年草。

     私は蓮池から15時過ぎのバスに乗り、高天原のホテルへと向かった。ホテルには疲れた体を癒し
    てくれる、湯量豊かな温泉が待っている。

     志賀高原の高山植物も、想像した以上に私の眼を楽しませてくれた。花の種類は西吾妻山より
    多かったように思う。しかしそれぞれにそこにしか見られない花があった。西吾妻山は岩場と湿原
    に咲く花が多く、志賀高原は草原と湿原に咲く花が多かったが、同じ湿原でも花の様相はかなり
    違っていた。もちろん共通したものもあった。やはり同じような標高でも、季節、地域、地形、
    気候、温度差、湿度など環境が変わるとそこに生える植物も違ってくる、別の言い方をすれば、
    植物はそれぞれに自分の住む場所を選んでいる…ということを、私は今回の山旅で感じることが
    できたように思う。


                                   ― 了 ―

                                  2014.8.20 記

                            私のアジア紀行 http://www.taichan.info/