千葉の里山散策  第1部

                      
2015年3月~5月


                  
      キジ  都川沿いの林にて  2015.4.6

           

     私は定年後の1~2年ぼんやりしていた。これといった趣味がなかったのである。しかしある
    きっかけで植物を知るようになってからは、頻繁に千葉近郊の里山に出かけるようになった。
    自転車で出かける時もあるが、電車を利用して低い山に囲まれた田園風景の中を歩くことが多い。
    もちろん山道に入ったり、谷津と呼ばれる湿原の近くを通ることもある。徒歩の場合はふつう
    7~8km、時には10km、自転車では20km~25km位になる。
     のどかな里山には四季折々可憐な花々が咲き誇り、田んぼには♪コロロ、コロコロ♪とカエルが
    合唱し、野鳥のさえずりが心地よく響く。千葉県は全国有数の農業県、ちょっと足を伸ばせばどこ
    にでも田園風景が広がっている。
     私の散策コ-スの中からいくつかを紹介させてもらう。植物が中心になるが、野鳥や昆虫も眼に
    触れれば入れていきたい。

      千葉郊外都川沿い~いずみ自然公園~鹿島川沿い農道   2015.3.30

     そろそろスミレが咲きはじめる3月の終わり、私は自転車で都川沿いから”いずみ自然公園”、
    さらにその裏側に廻り鹿島川沿いを走った。
     自宅から15分程で”都川水の里公園”を通り過ぎると、枯れたヨシやオギが埋める原が広がって
    くる。道端にはホトケノザ、ヒメオドリコソウ、オオイヌノフグリなどが眼につく。いずれも
    冬越しする2年草である。

                 ヨシやオギが原を埋める都川沿いの風景

             

     都川から一旦離れ林の小路を通りぬけると、クワ、エノキの木々が群落するところに出る。
    道沿いに民家点々。小高い丘上に集落も見える。そこからほどなく、湿地の中にハンノキの疎林
    が見えてくる。若葉をつけはじめたハンノキは、雄花の長い穂を垂れ下げ前年の実を残していた。
    この辺り4月中旬頃にはサワオグルマが生えてくるところ。輪生状に葉を立てたいくつかの株が
    眼についた。あと10日もすれば黄色い花を見せてくれるだろう。
     木々に覆われた暗い道から明るい田園に出たところで、白い花びらをいっぱい広げたコブシ
    (辛夷)が出迎えてくれた。早春にいち早く咲き、山野を彩る樹木だ。清楚な白が清々しい。
    秋に実をつけるが噛むと非常に辛い。辛夷は漢名で本来はモクレンの称。

                        白い花を広げたコブシ

                 

     時々キジの鳴き声が聞こえてくる。恋の季節を迎えているのだ。林の縁には鮮やかな赤い花を
    咲かせたヤブツバキや、葉の付け根に淡い黄色の小さな花をびっしりとつけたヒサカキが見られ、
    タンポポ、ハナニラ、ルリムスカリ、オオイヌノフグリなどが道端を縁どっていた。
     やがて”いずみ自然公園”に着く。出迎えてくれたのはオオカンザクラ(大寒桜)、薄紅白色の
    花びらがとても美しい。

                        オオカンザクラ

           

     ここで自転車から降りて、辺りをぶらぶら散策した。眼の前の池にはカルガモやバンが気持よさ
    そうに泳ぎ、ガチョウは池畔でポツンと座っていた。このガチョウ以前は2羽いたが、どういう
    わけか1羽になっていた。いつもなら人間の姿を見ると、ガアガアと鳴きながらパン切れなどを
    求めてやってくるのだが、この日は元気がないように思われた。私が近寄っても知らん顔していた。
     双眼鏡で対岸の暗い木陰を覗くと色鮮やかな鳥が見える。オシドリのようだ。あわててカメラを
    向け、レンズをいっぱいに伸ばすが遠い。揺れて焦点が定まらない。そのうち木陰に入ってしまっ
    た。しかし、オシドリのぼんやりした形らしきものは撮ることができた。夕方になれば活発に動く
    はずだが、やむをえない。オシドリはカモ類の中ではズバぬけて美しい。

                      木陰の下で泳ぐオシドリ

           

              池で泳ぐバン            池畔で日なたぼっこするガチョウ

          

     春の柔らかい日差しが暖かい。池畔にはイロハモミジの若葉が吹きはじめ、対岸には紅色の花を
    無数につけたカツラ(桂)がその影を水面に落としていた。いよいよ春がやってきた...そんな雰囲
    気を感じさせてくれる風景だ。

                      紅色の花をつけたカツラ

           

     この先の草原でアマナ(甘菜)の花が一輪、草叢から顔をのぞかせていた。アマナには地中に
    ラッキョウのような鱗茎があり、甘くて食用になることからこの名がつけられたという。

                         アマナの花

           

     さらに行くと、山の斜面いっぱいに群落をつくっているカタクリ(片栗)が見られた。大勢の
    人たちがカメラを向けている間に入って私も撮らせてもらう。
    カタクリの花は下向きにつき、開くとクルリとそり返る。カタクリは発芽から開花まで7~8年
    かかる。その間は地中で1枚の葉で過ごし、鱗茎が大きくなり2枚目の葉が出てから花をつける。
    早い地域では3月頃から、雪国では雪解けの4月半ばから後半にかけて見頃を迎えるように思う。
    日本海側のカタクリの花は色が濃く鮮やか。
    市販されている片栗粉の多くはジャガイモから造られているようだが、カタクリの地中にある
    鱗茎のでんぷんから造ったものが本物の片栗粉。

                       カタクリの花

           

     湿地になっているところにミズバショウウの花が数株咲いていたが、これは植えられたもの
    らしい。
    イロハモミジが広がる池畔にカメがいた。首を出し辺りの様子を窺っている。傍まで近づいた
    ところ首を引っ込めてしまった。しかしそのしぐさは何とも可愛い。クサガメのようにも思えるが…
    よく分からない。

                        池畔にいたカメ

           

     池畔からスギやヒノキが茂る樹林の中を走っている時、アオキが眼に止まり自転車を止めた。
    暗い中でも、光沢のある赤い実がよく映える。そのそばでは雄木が白い花を咲かせていた。
    このアオキは日本でけでなく、世界各地で庭木として植えられているという。

     1690年、長崎のオランダ商館の医師として来日したドイツ人ケンペルは、その美しさに魅せられ
    アオキをヨ-ロッパに持ち帰った。しかしケンペルが愛でた赤い実はつかなかった。その後雄種が
    必要と気づいた英国王室園芸協会は、それを日本から取り寄せ1864年真紅の実を結実させた。
    なお、この日本固有種のアオキを学会に報告したのは、1775年長崎に派遣されたスウェ-デン
    の植物学者ツンベルクである。また1823年同じくオランダ船で医師としてやってきたドイツ人
    シ-ボルトも、アジサイをはじめ日本の植物を世界に広めた。
    私たちにはどこにでも見られるアオキだが、常緑広葉樹の少ないヨ-ロッパではとても人気の高い
    樹木なのだ。

                        アオキの赤い実

           

     いずみ自然公園を離れ、暗い樹林帯をぬけて明るい田園地帯に出た。そこから東金街道を越え、
    さらに大きな田園風景の中に入る。そこには真中に小さな鹿島川が流れ、周りに耕された田んぼ
    が広がる。水はまだ張られていない。
    道端や畔にはタチツボスミレ、ハルノゲシ、カラスノエンドウ、遅いフキノトウなどが春の陽光を
    浴びていた。

                   いすみ自然公園近くの田園風景

           

     その後長い農道をひたすら走って御殿街道に入り、高いゴミ処理場を左に見ながら進んで再び
    都川沿いの道をとり、千葉市内に戻った。距離は約25km位。

     1週間後(2015.4.6)墓参のため、また都川沿いの道を走った。といっても今回は平和公園近く
    まで。

    空は青く澄み渡り柔らかい春の日差しがふりそそぐ。遠く近くサクラや芽を吹き始めた落葉樹が、
    緑の常緑樹の中でまだら模様に白く染まっている。ヨシの原を過ぎハンノキの林のそばに来た時、
    草叢から首を出していたキジが眼に入った。チャンスだと思い、自転車から降りてそろそろと
    近づく。そして木陰からカメラを向けた。ところがキジは少し動き、藪のそばで立ち止まった。
    幸いにも全身を現してくれたのだ。距離は20m位か。キジは辺りをキョロキョロ見廻していたが、
    突然ケン、ケ~ンと体を震わせながら鳴き声を上げた。しかし相手はまだ気づいていない。木蔭に
    いる私の姿が見えていないようだ。レンズを伸ばし焦点を当てようとするがユラユラと揺れる。
    しかし、じっとしていてくれたお陰で何とかキジの姿をカメラに収めることができた。
    キジの足は速い、近くで人間の姿に気づくと、たちまち藪の中に入ったり飛び立ったりする。
    こうしたチャンスはめったに出会えないものである。


                藪のそばで辺りを見回す雄のキジ  2015.4.6

             

                   藪のそばで辺りを見回す雄のキジ

          

     再び自転車に乗ってほどなく、黄色い花を咲かせたサワオグルマ(沢小車)が眼についた。
    1週間前には見られなかった花である。まだ咲き始めで群落するほどではなかったが、湿地の
    一角に黄色い花を散らばせていた。あと一週間もすれば辺り一面に広がり、1ヶ月近く眼を楽し
    ませてくれるだろう。サワオグルマも珍しくなった。私が千葉県で出会うのはここだけである。

                        サワオグルマの花

           

     暗い樹林の道をぬけてのどかな農道に出る。竹やぶのそばでは小花を密集させたニワトコ
    (庭常)が風に揺れ、その下でクサイチゴ(草苺)が白い花びらをなびかせていた。ニワトコは
    別名セッコツボク(接骨木)とも呼ばれ、枝や幹の黒焼きは骨折、打ち身などの薬になるらしい。
    庭常は庭木によく使われるという意味か。クサイチゴの果実は赤く熟し食べられるが、さほど
    美味しくはない。

              ニワトコの花               クサイチゴの花

          

     墓参からの帰り、横道に入った山の斜面にモミジイチゴ(紅葉苺)が白い花をヒラヒラさせていた。
    4月から5月にかけて花を咲かせ、花期が終わると黄色い果実をつける。キイチゴとも呼ばれる。
    果実はとても美味しい。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。イチゴの王様と言いたいほどだ。

                       モミジイチゴの花

           

     そこからしばらく走ったところに小川が流れる小路がある。やはり横道に入ったところだ。
    いくつかの小さな田んぼも見られるが、大半は休耕田になっている。辺りには白く染まった
    ヤマザクラ、コブシ、芽を吹き出したばかりのコナラやイヌシデなどが見られる。水路脇には
    タネツケバナ、ノミノフスマ、ノヂシャなどの小さな花々が繁茂していた。

                        小川が流れる小路

           

     カラスノエンドウが眼についた。瑞々しい緑の葉に赤い花がよく映える。どこか少女のような
    可憐さを思わせる。とても愛らしい。

                     カラスノエンドウの花

           

     都川水の里公園に近づいたころ、ムラサキケマン(紫華鬘)が群生していた。華鬘は仏殿の欄間
    などに飾る仏具のこと。それなりに美しさはあるが、これだけ群落していると可愛いとは言い難い。

            都川水の里公園              ムラサキケマンの花

          

      都川水の里公園から千葉市内に戻った。次は電車を利用しての里山散策に移りたい。

      四街道郊外~物井郊外  2015.4.2

      その日もぬけるような青空が広がっていた。ソメイヨシノが満開となった四街道総合公園の通りを
    ゆっくりと歩いて行く。山の斜面にカタクリの花が散らばり、タチツボスミレや、オオイヌノフグリ、
    トウダイクサ、などが道端を縁どっている。
    春に咲く花はスプリングエフェメラルと呼ばれ、”春の妖精、春のはかない命”というような意味が
    ある。これらの植物群は雪解けを待ちかねたように地上に姿を現し、華やかに野山を彩ったとあと
    は地上から姿を消す。いつのまにかなくなっている。影も形もなくなってしまうのだ。

     オオイヌノフグリは冬から早春に顔を出しはじめ、3月に入るとさらに広がり道端や田んぼの畔を
    青色に染める。その姿はキラキラと星が煌めいているようにも見える。とても美しい。
    しかし名前がオオイヌノフグリとは…私なら”スプリング・スタ-”とでもつけてあげたいのだが…。

                      オオイヌノフグリ

           

      ほどなく丘の斜面を埋めるかのようにスイセン畑が見えてきた。風の中に匂うスイセンの香りが
    爽やかに感じる。柔らかい春の日差しが気持よい。やがてのどかな里山が広がってくる。
    この辺り一部に田畑は見られるものの、やはり休耕田になっているところが多い。小高い丘に
    農家点々。

                   四街道運動公園から続く里山の風景

           

     時々ウグイスの鳴き声が聞こえる。林の小枝を飛び交う小さな野鳥もチラホラ。アオジのようだ。
    その時、突然林の中から一羽の野鳥が飛び出し、眼の前の樹木に止まった。シメと思われる。
    この野鳥、木に止まったままじっとしていてくれたお陰で何とかその姿を捉えることができた。

                        野鳥  シメ

           

     辺りにはシジュウカラも飛び交っていた。枯れ草の原を行ったり来たり、時に木に飛び移ったり
    する。近寄ってもすぐに逃げたりはしない、人間をさほど恐れていないようだ。今はチッ、チッと
    鳴いているが、初夏になるとスピ-ク、スピ-クと鳴きはじめる。その声は体のわりに非常に
    大きい。姿は白と黒のツ-トンカラ-、小さくてもよく目立つ。ただいつもチョロチョロと動き
    回っているため、なかなか捉えにくい。すこし遠かったが、木枝に止まったところをパチリ。
    ホオジロも眼についた。スズメに似ているが顔に黒と白の模様があり、尾が少し長い。千葉県の
    田畑でよく見かける。枯れ草の中にいたところをパチリ。

              ホオジロ                 シジュウカラ

          

     明るい林道を通り抜けて車道を越え、その先でもう一つの車道手前で右に曲がり、約1kmの
    谷津の道を歩いて行く。ここも一部は田んぼになっているが、そのほとんどは休耕田。最奥部は
    茫々と草木がさえぎり、行き止まりとなっている。行き交う人はまったくいない。辺りはシンと
    している。聞こえてくるのはウグイスのさえずりと、カエルの鳴き声だけ。稀に空を舞うノスリを
    見かけることもある。

     最奥部に近い畔道の上にはタチツボスミレが群落をなし、間にノジスミレ(野路菫)が点々と
    咲いていた。ノジスミレはその名の通り野路や田畑の縁などに生えることが多い。花は小ぶり
    だが、色は濃い赤紫色。葉は短毛が密生、葉裏は紫色を帯びるものもある。

                        ノジスミレ

           

     畔道に沿って続く林の斜面には、キジムシロ(雉筵)がマット状に広がっていた。放射状に葉を
    広げた姿を、キジの座る敷物に見立ててこの名があるというが、なるほどそうしたイメ-ジがなく
    もない。それにしても、この名付け親はかなり想像力豊かな人だと思われる。

                        キジムシロの花

           

     田んぼにはレンゲ畑が広がり、その傍で群生した黄色いコオニタビロコの花が顔を出していた。
    レンゲ畑にはどこか郷愁を感じさせてくれるものがある。かっては春になると田畑いっぱいに
    レンゲソウ(蓮華草)が咲いていたが、最近そうした光景はあまり見られなくなった。堆肥として
    栽培する農家が少なくなっているからだろう。花はポツンポツンと咲き始めたばかり、それでも
    緑の葉の中で鮮やかに映えていた。
     コオニタビラコ(子鬼田平子)は単にタビラコともいう。田起こし前の水田などで平たく葉を
    広げた様子から田平子の名がついたという。春の七草のひとつホトケノザはこのコオニタビラコの
    こと。若葉は食べられる。

                レンゲソウ                コオニタビラコ

          

     最奥部から引き返し歩きはじめると高いゴミ焼却塔が見えてくる。広大な田園地帯には鹿島川が
    流れ、印旛沼まで続く。田園を取り囲む丘陵にはところどころ集落が見られ里山が広がっている。

                    クリ-ンセンタ-付近の田園風景

           

     今回はこの辺りからみそら団地を経て物井駅まで歩き、電車に乗って千葉に帰った。

      土気町 北方面里山散策  2015.4.16

     4月中頃土気町の北方面の里山を散策した。土気駅北口から右手に歩き始めてほどなく、左手の
    小道に入って調整池のそばにある公園に出たところでヤマモモの花が咲いているのが眼についた。
    果実は6月の梅雨の時期につけるが、味は甘酸っぱくてとても美味しい。ヤマモモが自生している
    のは房総半島の南から中部地方以西になる。関東地方の公園などに見られるのはほとんどが植え
    られたもの。私は島根県の田舎育ち、よく海岸近くのヤマモモの木に上って果実をむさぼり食べた
    ものだ。その味が忘れられなく、今でもヤマモモの実を見つけると口にほおばることがある。
    ただ、この果実をそのまま食べている関東地方の人はあまり見かけない。

              ヤマモモの雄花        ヤマモモの実  行徳野鳥公園  2013.6.23

          

     公園を過ぎると、のどかな田園風景が見えてくる。まだ田植えはされていない。耕された
    田んぼが多少うねりながら続いている。辺りに人影はほとんどない。いつものように右手の農道を
    歩いて行くと、葉影から白い花を覗かせたオドリコソウが眼に入った。そばにはヒメオドリコソウ
    も繁茂していた。
    どちらも、花の形が笠をかぶって踊る踊子の姿をイメ-ジしてつけられた名前らしい。たしかに
    その形は、幼い少女が踊る姿に見えなくもない。オドリコウソは古くから日本にあるものだが、
    ヒメオドリコソウはヨ-ロッパ出身、繁殖力が非常に強い。

                        土気付近の田園風景

             

              オドリコソウ              ヒメオドリコソウ

          

     道沿いにはヒメオドリコソウの他にハナニラも帯のように続く。こちらは南アメリカ原産、
    やはり繁殖力が強い、花壇に植えられていたものが逃げ出し野生化している。タチツボスミレも
    生命力が強いのだろう、竹やササの縁にもたくさん見られる。
     明るい林内にはコナラの若葉が萌えだし、眼に瑞々しい。辺りにウグイスやカエルの鳴き声も
    聞こえるが、いずれも姿は見えない。どんなカエルだろう…と思って近づくとたちまち鳴き声は
    やんでしまう。危険な気配を感じているのだろうか…。
    遠く袋を持って田んぼの畔道を歩いて行く男女連れの姿があった。セリでも摘んでいるのかも…。

     しばらく行くと、農道下の湿地に白い花が見られた。小さな塊りであちこちに散らばっている。
    もしかしたら…と思って近づくとやはりそうだった。随分前にこの辺りでかなりたくさん咲いて
    いたが、この2~3年見られなくなり、廃れてしまったのかと心配していたアリアケスミレ
    (有明菫)である。
     さほど珍しいスミレではないが、千葉ではここしか見たことがない。花の色は白色から淡紅紫色
    まで変化に富む。この花の色を「有明の空」にたとえてこの名がついたというが、この名付け親は
    想像力豊かなロマンチストにちがいない。

                          アリアケスミレ

           

     田んぼで農作業する夫婦。まだ水は張られていない、田植えは4月末から5月に入ってからだろう。
    右手杉林の下に帯のように広がる菜の花畑、鮮やかな黄色が眼にしみる。やがてビニ-ルハウス
    が見えてくる。イチゴの栽培らしい。車道に出るが行き交う車はほとんどない。前方に民家点々。
    静かな農村風景である。

          杉林の下に広がる菜の花畑          イチゴ栽培のビニ-ルハウス

          

     車道を通り過ぎ再び農道に入ったところで、黄色い花が咲いていた。春から夏にかけて、道端や
    草地のいたるところで見られる花だ。しかし、通り過ぎないで私を撮ってと言っているように
    思えた。クサノオウ(草の黄、瘡の王)である。名前については、茎や葉を切ると黄色い汁がでる
    ので草の黄という説と、丹毒(皮膚病)に効くので瘡の王だとか、薬草の王様という説もあると
    いう。黄色い汁は有毒だが、鎮静や鎮痛の作用もあり、尾崎紅葉が胃がんの痛み止めに使ったとも
    言われている。そういえば私は10数年前、耳に丹毒を患い病院に通ったことがある。

                         クサノオウ

           

     農道から畔道に降りたとたん、白い花が眼に飛び込んできた。イチリンソウ(一輪草)だ。
    水路の上で涼しそうに花びらを揺らせていた。
    イチリンソウは1本の茎に花を1本つけ、柄のある葉が3個輪生し小葉が細かく切れ込む。よく似て
    いるニリンソウは葉に柄はなく、小葉の切れ込みが粗い。

              イチリンソウ                 ニリンソウ

          

     畔道から車道をとって前方へ進めば東金街道に出るが、その日は車道から再び農道に入り、左へ
    左へと曲がりながら牧場そばにある貯水池脇から森の小道を上り、集落をぬけて土気駅に戻った。

      誉田郊外~高田方面  2015.4.12 2015.4.25

     誉田駅は千葉から外房線で4つ目にある。近いということもあって私はこの界隈をよく散策して
    いる。
    今年の4月はすでに2度訪ねた。誉田駅から集落をぬけて下って行くと山間に出る。低い丘陵が
    縦横に連なり、間をぬうように小さな田園地帯が続く。
     4月半ば車道から山間に入ったとき、いきなり田んぼの中で私を見つめている男女数人が眼に
    飛び込んできた…一瞬ビックリした…と思ったのは私の錯覚、案山子だったのだ。それにしても
    この案山子よくできている。人間が間違うほどだから、ましてやカラスや野鳥は近寄ってこない
    だろう。

                         田んぼ脇に立つ案山子

             

     藪道を歩きはじめてほどなく、ハルジオン(春紫苑)が出迎えてくれた。まだ咲きはじめで
    花びらは淡いピンク色。この時期のハルジオンは可愛い。北アメリカ原産だが大正時代に日本に
    もちこまれて野生化し、今ではどこにでも眼につくようになった。
     その先では、道端の斜面から畔道にかけてジロボウエンゴサク(次郎坊延胡索)の群落が
    見られた。ふつうは林下や草地に咲いている場合が多いが、ここは居心地がいいのかもしれない。
    しかし、なかなか面白い名前だ。その昔、伊勢地方で子供がスミレを太郎坊、この花を次郎坊と
    呼んで、うしろに突きでた距をひっかけて遊んだことから、この名が生まれたそうだ。延胡索は
    この仲間の中国名。

                ハルジオン              ジロボウエンゴサク

          

     さらに進んで行くと細い溝にツボスミレ(坪菫)が、その上にツクバキンモンソウ(筑波金紋草)
    が咲いていた。いずれもひっそりと…どこか風情を感じる。そして名前もその風姿にふさわしい。
    ツボスミレは湿地を好み、茎や葉は柔らかくみずみずしい。花は小さいが唇弁の細かい紫色のすじ
    が目立つ。
    ツクバキンモンソウは、日本海側の山地に多いニシキゴロモ(錦衣)と同じ仲間。紫色の葉の模様
    を金の紋章にたとえて名づけられたものか…。

             ツボスミレ              ツクバキンモンソウ

         

     藪道から集落を通り林道を下って行く。道沿いにはオオジシバリ、ミヤマキケマン、シャガ、
    ツルカノコソウ、などがやたらに眼につく。林道をぬけるとオギやススキの原が広がってくる。
    大きな展望だ。
    右手遠く車道が走り、その先に民家もチラホラ。杉林の下には村田川の小さな流れがある。

                    藪道から林道を下って出たところ

           

     村田川を横切りゆるやかな坂道を上って行くと、スギとタケの林が混在したところに出る。
    私はこの林の中に生える、ある植物の花に期待していた。4月20日前後に見られるクマガイソウの
    花だ。やはり今年も咲いていた。竹林、杉林、さらに近くの草地の中にも…夢中になってカメラを
    向ける。
     クマガイソウ(熊谷草)は源平の合戦で、平敦盛を討った熊谷直実の名をとっている。
    アツモリソウは大きくふくらんだ唇弁を平敦盛の母衣(ホロ)に見立ててこの名があるという。
    母衣は鎧の背中につける布袋で、流れ矢をよけるためのもの。いずれもランの仲間。

                       クマガイソウ

           

                       クマガイソウ

          

     ちなみに私は、日本で自生しているアツモリソウは見たことはないが、中国の四川省では何回か
    出会っている。下の写真で左は黄龍の流れの中で、右は神仙池の草原で見たもの。種類の違う
    アツモリソウである。入笠山に生えている釜無ホテイアツモリソウは、右のアツモリソウによく
    似ているように思われる。

        アツモリソウ 黄龍 2010.7.6       アツモリソウ 神仙池 2010.7.5

          

     私は夢中になって写真を撮っていたが、ふと顔を上げるとそばに高齢の人が立っていた。
    私の様子をじっと見ていたのだろう…どうやらここの地主らしい。

    「こんにちは、いや~随分咲いていますね!」…私が話しかけると、
    「とんでもない、今は3分の1位になっている。前はこの辺り一面に生えていたが、この中に入って
    花を踏み荒らしたり、盗掘されたりして減ってしまったのだ。何回お願いしてもダメだ。エビネも
    あった。たくさんあった。しかし、根こそぎ掘り起こされて持っていかれてしまったのだ…」
    地主は憤懣やるかたない面持で言った。
    そう言えば随分前、私もここの草地でエビネを見たことがある。ところがその後はまったく眼に
    しなくなった。心ない人がいるものだ。この地主と同様、私も強い憤りを覚える。植物の花は
    自然の中で眺めるものだと思う。植物はそこを選んで生きているのだから…。

     杉林を出ると、山の斜面を埋めるようにイカリソウが広がっていた。イカリソウは他の千葉の
    里山でも見られるが、これだけの群落をなしているところは知らない。長い距のある花の形を、
    イカリに見立ててつけられた名前だという。なるほど、そう言われればこの花はイカリの形に
    見えてしまう。

                        イカリソウ

           

     道沿いには民家が2~3軒。その先の林道をぬけて車道に出る。高田公民館のそばを通り、再び
    田園が広がる農道に入って行くと、溝川の上にひと際目を引く青いスミレが咲いていた。
    ニオイタチツボスミレ(匂立坪菫)だ。タチツボスミレより濃いブル-、とても鮮やかだ。花に
    芳香があるのでこの名がついたというが、ほとんど匂いはないように思われる。

                       ニオイタチツボスミレ

           

     この道の先は橋が崩れ落ち長い間通行止めになっていたが、今は通れるようになっている。
    道脇の休耕田はタンポポで埋まり、道沿いにはオニタビラコ、セリバヒエンソウ、ハルジオン
    などが点々。しばらく行くと視界開け、小沼が眼に入る。その周りをススキ、ササ、ツル性の
    植物が取り囲み、その向うにはスギや竹が繁茂…のどかな風景と言いたいが、大地はかなり
    荒れている。
    それにしても千葉県はタケやササが多すぎる、どこに行っても眼につく。タケは勢力が強く、その
    周りの植物は追いやられてしまうのだ。これは長い間休耕田が放置されていることにも起因する。
    人間が手入れをしなければ里山の自然は保たれない。耕作放棄地が増えれば野山は荒れる。
    田畑の作物を食い荒らす動物も増える。県は有害鳥獣を駆除する前に、環境整備に本腰を入れる
    べきだと考える。東京都の丘陵から山岳地帯にかけては落葉樹が中心となって形成する森、つまり
    雑木林が数多く見られるが、千葉県は少ない。これは自然を愛する千葉県人としての提言である。


                      荒れた大地が広がる風景

           

     農道から車道に出る。五井本納線だ。今使われているかどうか知らないが、高倉入り口のバス停
    があったように思う。車道を横切り、学校グラウンドそばを通って藪道に入る。
    左下に小さな田んぼを見ながら歩きはじめてほどなく、山側のふちに赤い小さな花が咲いている
    のに気づいた。見たことのある花だ。しかしすぐ名前が出てこない。頭をめぐらすこと数分、
    やっと思いだした。ヒメハギ(姫萩)だ!。この藪道は何回か通っているが、ヒメハギに出会うの
    は初めて。
    ヒメハギは花の色や形がハギに似ていることからつけられた名前だというが、ハギの仲間ではない。
    ヒメハギ科の多年草である。小さな紅紫色の花びらが何とも愛らしい。

                        ヒメハギ

           

     さらに奥に入ったところにフデリンドウ(筆竜胆)が咲いていた。フデリンドウもここで出会う
    のは初めて。
    この時期、1昨年も来ているが、気づかなかった。林の縁や、勇敢にもササ林の中まで生えている
    ものもあった。なかなか健気である。いや、フデリンドウが生えていたところにササが広がって
    きたのかもしれない。そのためか個体は非常に小さい。元々フデリンドウの花は小さいが、
    さらに小ぶりだ。色も薄い。
    ササ林のものは周りの養分を吸い取られ、いずれは消えてしまう運命にあるのかもしれない。
    この名前は、つぼみの形が筆の穂先に似ていることからつけられたという。

     足元には黄色い花びらをせいいっぱい広げ、明るい春の光を浴びたオオジシバリ(大地縛り)が
    群生していた。まだ咲きはじめなのに元気がよい。ふしぎな名前だが、細長い茎が地面をはい、
    ところどころで根を下ろしてふえ、まるで大地を縛るように見えることからこの名がつけられたと
    言われる。それほど強靭な植物には思えないが、この名付け親もまた想像力豊かな人なのだろう。

              フデリンドウ                 オオジシバリ

          

     藪道を引き返して農道への道をとり、右手奥に続く谷津に入って行く。左は山、右は湿地となり
    ヨシ、ススキなどが地面を覆っている。以前は田んぼだったところだろう。しばらく進んで行くと、
    山の壁に小さいブル-の花をキラキラさせたホタルカズラ(蛍葛)があった。
    青紫色の花をホタルの光に例えてつけられた名前だというが、どこにあってもよく目立ち美しい。
    ワスレナグサと同じ仲間で、一度見たら忘れることが出来ないほど印象に残る花だ。

                       ホタルカズラの花

           

     谷津から引き返し農道を経て車道を横切り、集落をぬけて再び山間の農道に入る。休耕田には
    ヨシやススキの原が広がり、奥に行くにしたがい田んぼが見られるようになる。頭上にはヤマブキ
    (山吹)の黄色い花が華やかに垂れ下がり、クロモジ(黒文字)も控えめに花を咲かせていた。
    ヤマブキはしだれた枝が風になびく姿から、古くは山振の字をあて、これが山吹になったという
    説があるという。この名付け親もまた風流な人だと思われる。
    クロモジは樹皮が緑色で黒い斑点がたくさんあり、それを文字に見たてたのが名前の由来らしい。
    しかし私は想像力が乏しいのか、この斑点を見て文字をイメ-ジすることはとても出来ない。
    改めて名付け親の想像力の豊かさに驚く。樹木には独特の香りがあり、楊枝や細工物に使われる。

             クロモジの花                ヤマブキの花

          

     山の斜面にはサルトリイバラ(猿捕茨)が黄緑の花をつけ、ミツバツチグリ(三葉土栗)も
    マット状に黄色の花を広げていた。サルトリイバラは、茎に刺があるのでこの名がついたらしい。
    しかし猿を捕えるほど多くの刺はない。現代人ならこんな名前はとても思いつかないだろう。
    平和でのどかな時代が偲ばれる。
     私は子供の頃、端午の節句には母親がサルトリイバラの葉を巻いた餅をつくってくれた。
    米ではなくメロケン粉をふかしてものだったが、当時としてはご馳走だった。私の田舎では、
    この餅を”マキ”と呼んでいた。今から60年以上前の話である。
    ミツバツチグリは、西日本に分布するバラ科の多年草であるツチグリに似ていて、葉が3個ある
    のでこの名がついたと言われる。よく似ているキジムシロは、小葉が5枚以上ある。

           サルトリイバラの花               ミツバツチグリ

          

     曲がり角に来たところで1軒屋が見えてきた。一瞬廃屋かと思ったがそうではない。近づくと
    犬が吠えたてる。孤独な佇まいだ…こんなところにも人が住んでいる…そんな感慨を覚える…。
    しかし、住人はここを選んで家を建てたのにちがいない。静かな環境の中で畑を耕し稲作しながら
    生活を営んでいるのだろう。

                     山間にひっそりと佇む1軒屋

           

     そこから引き返し車道手前に来たところで、草地にヒラヒラ飛んでいるチョウがいた。花から
    花へ、草から草へ、忙しく飛び移っているがすぐに止まる。ベニシジミのようだ。しばらく見て
    いると、ハルジオンの花に止まった。そして間をおいて枯れ草の上に移動した。非常に小さいが
    その姿もしぐさも可愛いチョウだ。

            枯れ草に止まるベニシジミ       ハルジオンの花に止まるベニシジミ

          

     車道を越え今度は左側の農道を歩いて再び車道に出る。高田公民館の先から集落をぬけて畔道を
    通り、村田川沿いの藪道に入ろうとしたとき、地面にじっとしているカエルが眼についた。
    大きさ3~4cmの小さいカエルで肌は青い。ニホンアマガエルのようだ。カメラを向けると気配を
    感じるのか、葉蔭の中に飛び移ったりする。田んぼでグエッ、グエッと鳴くのはこいつかな…?。
    随分前になるが、このカエルがヘビに追いかけられ、ピョン、ピョンと凄いスピ-ドで跳びはね
    ながら藪の中に逃げていった光景を見たことがある。ヘビもまた、こんなに速く走れるのかと思う
    ほど凄いスピ-ドだった。

                         ニホンアマガエル

           

     藪の中に入って行くとミヤマハコベ(深山繁縷)が出迎えてくれた。小さな流れや草叢に咲いた
    無数の白い花びらが、暗い藪道を華やかに縁どっていた。奥に行くほどその数は多くなる。
    小さな群落があちこちに見られる。そしてタニギキョウ(谷桔梗)もたくさん咲いていた。ここに
    ミヤマハコベが咲くのは知っていたが、タニギキョウに出会うのは初めてだ。時期的にタイミング
    がよかったのだろう。

              ミヤマハコベ                 タニギキョウ

          

     村田川沿いの暗い道をあとにして車道に入り、瀬又倉庫横から右に折れてゆるやかな坂道を
    上って行く。田んぼでは何かを撒く人の姿があった。この日は4月25日、あと1週間もすれば
    田植えが始まるだろう。その後団地の間を通りぬけて誉田駅に着く。

                      瀬又倉庫から誉田駅に向かう途中の田園風景

             

      印西牧の原~印旛医大村  2015.5.2

     千葉県の北部に位置する印西市~本埜村~印旛村周辺は、日本の原風景を見るような田園地帯
    が広がる。千葉市からはかなり遠く離れているが、年に何回かこの界隈を訪ねることがある。
    北総線の下車駅は歩くコ-スによって違う。千葉ニュウタウン中央だったり、印西牧の原、時に
    印旛医大村だったりする。今年は5月の初め、印西牧の原から印旛医大村の田園地帯を散策した。
    さほど長い道のりではないが、里山らしい雰囲気が感じられるところだ。
    印西牧の原の北口を出て、新興住宅が広がる街並みを見ながら調整池横の道を通り、橋を渡った
    ところで下の農道に降りる。山を背にして右に道をとれば成田線の木下駅に続くが、今回は左への
    道をとって歩きはじめた。

                    木下方面へ続く里山の風景

           

     しばらく行くと学習林という標識が見えてくる。中に入るとポツンと咲いたキンラン(金蘭)が
    出迎えてくれた。ところがキンランは広い範囲で散らばっていた。あちらにもこちらにも…先へ
    進むほどにキンラン、またキンラン、またまたキンラン…これだけキンランがまとまって生えて
    いるところも珍しい。ここはコナラ、クヌギ、ケヤキ、イヌシデ、アカシデ、エノキ、エゴノキ、
    サクラなどの落葉樹の森が形成され、適度な明るさが保たれているからだろう。

                       キンランの花

           

      1昨年の4月半ばに来た時には、見事なフデリンドウが咲いていた。キンランほどではなかった
    が、それでも林内に点々と鮮やかなブル-の花を見ることができた。ただここも地面はササで広く
    覆われているため、この可憐な花がいつまで見られるのか心配している。

                       フデリンドウ

           

     学習林を離れて山沿いの道を歩き、車道から杉林に入り下って行くと里山が見えてくる。
    東西に走る山々の間を、田園が曲がりくねながら続いている。田んぼには水が張られ、すでに
    田植えは終わっていた。辺りに人家はない、遠くにチラホラ農作業している人影が見られる。
    静かな里山だ。日本の原風景を見るような思いがする。
     辺りにはトンボやチョウが飛び回り、山裾には白いシャガの花や赤い実をつけたアオキが春の
    日差しに照り映え、山々には落葉樹の若葉が萌えだし、その間にフジが紫色の花穂を垂れ下げて
    いた。この時期にしか見られない、新緑の美しい風景だ。時々頬をなでる風が心地よい。

           印旛郡本埜村里山の風景          紫色の花穂を垂れ下げたフジ

          

     その後ゆるやかな坂道を上り、杉林に入ったところでギンラン(銀蘭)が眼についた。暗い林道
    だったがそこだけはこぼれ日が射しこみ、つぼみのように見える花びらを光の方へ向けていた。
    キンランの花は鮮やかな黄色だが、ギンランの花は白い。それぞれにふさわしい名前をもらって
    いる。
    杉林を通り抜け、集落の階段を降りて再び農道を歩いて行く。こちらも道は大きくうねりながら
    続いている。山裾に沿って大きく迂回しながらいくつかの曲がり角にきたとき、ふと林のふちに
    垂れ下がる白いものに気づいた。ハンショウヅル(半鐘蔓)のつぼみだ。花はほんのりと赤味を
    帯びているが、もう少しすればもっと赤くなる。
    ハンショウヅルは、下向きに咲く鐘形の花を半鐘に見立ててつけられた名前らしい。

               ギンランの花              ハンショウヅルのつぼみ

          

      この辺り、1昨年の4月半ばには華やかに野山を彩るヤマザクラやウワミズザクラが見られた。
    今年訪ねたのは5月2日、半月違うだけで山の色も植物の様相も、辺りの風景はすっかり変わって
    いた。移り行く自然の営みを感じる。
    その後ゆるやかな坂道を上り、街中に入って印旛医大村駅に着く。

                 ウワミズザクラが咲く印旛村里山の風景

           

      土気~昭和の森公園~林道~農道~大網  2015.4.9 2015.5.1

     4月初旬と5月の初め、土気駅から昭和の森を経て林道に入り、里山の農道から大網駅までを
    散策した。5月に入ると道脇に群生していたタチツボスミレは姿を消し、代わりにハルジオンが
    幅をきかすようになっていた。植物はそれぞれに自分の番をもっている。その消え方も潔ければ、
    現れ方も見事である。
     昭和の森はみずみずしい若葉が萌えだし、いよいよ新緑の季節を迎えていた。
    昭和の森入り口から階段を下って湿性花園に出ると、トンボが飛び交い、小さなチョウが草の上を
    リズミカルに舞っていた。トンボはシオヤトンボ、チョウはヒメウラナミジャノメのように思える。
    いずれも春いちばんに出てくる昆虫だそうだ。シオヤトンボはカメラを向けても逃げない、じっと
    している。ヒメウラナミジャノメも頻繁に草に止まる。

              シオヤトンボ             ヒメウラナミジャノメ

          

     足元にはニガナ(苦菜)が咲きはじめ、ホウチャクソウ(宝鐸草)も林の縁からいくつかの花を
    覗かせていた。
    ニガナは茎や葉を切ると苦味のある乳液を出すことからこの名があり、ホウチャクソウは、神社や
    五重の塔に吊るす大型の風鈴に見立ててつけられた名前だという。たしかに花の形は似ていない
    こともないが、それにしてもあの大きな風鐸をイメ-ジするとは…この名付け親もまたスケ-ルが
    大きい。そういう私も、風鐸といえばあの敦煌莫高窟の北大仏殿を思い出す。
    あそこには、西域の沙漠の涯からやってきた隊商たちを迎える、大きな風鐸が吊るしてあるに
    ちがいないと…。風に揺られて、チリンチリンと鳴る風鐸の音を聞いたような気がする。夢の中
    だったかもしれないが…。

                        ホウチャクソウ

           

     湿性花園にはまだ花は見られない。4月初めに来た時には、あずま屋付近で土を手入れしている
    ボランティアの人たちの姿があった。6月頃にはハナショウブが一斉に咲きはじめ、眼を楽しませ
    てくれることだろう。

                      あずま屋が建つ湿性花園

           

      湿性花園から下夕田池に出る。その日は連休中とあってか、女学生たちがグル-プになって池畔
      でスケッチしていた。清々しい気分になる。周りの新緑も美しい。

              下夕田池の風景             スケツチする女学生たち

          

     地畔の端からゆるやかな坂道を上って行く。3週間前にはヤマザクラが咲いていたところだ。
    見頃を迎えていたヤマザクラは、折からの風に白い花びらをたおやかに揺らせていた。日本を
    代表する桜で山地に広く自生する。ソメイヨシノと違って葉が開くと同時に花が咲く。
    道脇にはアケビも薄紫色の小さな花びらを覗かせていた。秋には実をつけるが甘くてとても
    美味しい。若芽も食べられる。私は新潟県の六日町で、主婦たちがアケビの若芽を摘む風景を
    見たことがある。その夜、旅館でアケビの若芽をおひたしを出してくれたが、オツな味で酒が
    すすんだ。

            ヤマザクラの花               アケビの花

          

     坂道を上りきりテニスコ-ト横を過ぎると広い草原に出る。草原をぬけてしばらく林道を進み、
    左側の細い藪道に入って行く。何か珍しい花でも咲いていないかと思ってこの道を歩いてみたが、
    カキドオシやツルカノコウソウが眼につくぐらいで、とくに目新しいものはなかった。あきらめて
    引き返そうとしたとき、コナラの倒木についたキノコが眼に入った。色は鮮やかな朱色、なかなか
    美しい。触ってみたがコルクのように固い。帰宅して調べたところ、ヒイロタケと分かった。
    サルノコシカケ科に属すキノコらしい。

                         ヒイロタケ

           

     藪道の下は草茫々となった谷津が広がっていたが一部では田んぼもつくられ、畔道やその
    周りで草刈りに精をだす人の姿があった。辺りに人は誰もいない…こんなところに田んぼを…
    私はしばらくの間彼のうしろ姿を眺めていた。

                   田んぼの周りで草刈りに精を出す人

           

     藪道を離れて林道に引き返し、女ヶ池のところから左への藪道に入って行く。その入り口で
    何匹かのトンボに出会った。辺りを飛んだり地面に下りたり、ときには私の肩や腕に止まって
    じっとしているのもいる。触ったり揺らしたりしないかぎり離れない。なかなか人なつっこい
    トンボだ。よく分からないが、ハラビロトンボの雌かもしれない。

                       ハラビロトンボ

          

     藪道は細い流れがあり湿地になっていた。ヘビでも出そうなところだと思っていたら、ホントに
    出てきた。アオダイショウだ。あわててカケラを向けようとしたが、すぐ藪の中に姿を消した。
    あまり気持のいいものではない。

     湿地をぬけると里山が見えてくる。その道脇にゼンマイ(薇)があった。まだ胞子葉をつけて
    いる。食用にするのは綿毛に包まれた芽立ちのときだが、すでに姿かたちはまったく変わっている。
    知らない人に、これがゼンマイと言ったら驚くにちがいない。
    渦巻状の新芽を「銭巻き」にたとえたことから、転じて薇になったそうだ。機械の発条は、薇に
    似ていることからつけられたというが、たいていのシダは芽出しの頃、発条仕掛けになっている。

             ゼンマイ 穂状に立っているのが胞子葉、緑の葉は栄養葉

           

     里山には細長い田んぼが続いている。山裾の道を歩いていると、足元にキランソウ
    (金瘡小草)が眼についた。マット状に紫色の花をたくさんつけ、”どうぞ私を撮って”と言って
    いるように見えた。よく眼にする花でさして珍しくはない、通り過ぎようとしたが思いなおして
    カメラに収めた。そのそばではハハコグサ(母小草)がこれまた”私も!”と言わんばかりに
    黄色い花を見せびらかせていた。
     キランソウは葉が放射状に広がり、地面にふたをしたようにへばりついていることが多いこと
    から、”地獄の釜の蓋”とも呼ばれるが、これまた奇想天外な連想だ。この可憐な花に
    ジゴクノカマノフタをイメ-ジするとは…名付け親に敬服したい。
    金瘡(キンソウ)は刀・槍など金属製の武器で受けた傷という意味があるが、この漢字が当て
    られている理由はよくわからない。もしかしたら、あちこちに散らばった切り傷を赤紫の花に
    たとえたのかも…。

     ハハコグサはゴギョウと呼ばれる春の七草のひとつ。名前の由来については、冠毛がほおけだつ
    ことからホオケグサと呼ばれ、それが転じてハハコグサになったという説があるらしい。

               キランソウ                 ハハコグサ

          

     山裾の道から林道をぬけると田園風景が広がってくる。大きな展望だ。山間に民家も覗く。
    さらに行くと団地も見えてくる。大網への道を歩いていると、田んぼの畔にキジがいた。ときどき
    体を震わせながらケ~ン、ケ^ンと鳴いている。私が近づくとその分だけ離れるがまた止まる。
    周囲に隠れるところはどこにもない。当然私に気づいてるはずだが、すぐ飛び立って行く様子は
    ない。さらに近づくとまたその分だけ離れる。距離は30mぐらいか。やむをえない、そのまま
    立ち止まりカメラに収める。

                     田んぼの畦にいたキジ

             

     やがて大網の町が見えてくる。車道を横切り農道を歩いて大網の駅に着く。

                              千葉の里山散策  第1部 了

                                    2015.5.3  記

      この続きは千葉の里山散策  第2部へどうぞ

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